薄田泣菫の詩「つばくら」から学ぶ - 蛇腹式に書く -
このシリーズでは近代~昭和初期にかけて活動した文士の作品から、「詩のどこが良いのか」「どう書けば詩なのか」を探していく。
どの記事も一本で完結している。
今回は薄田泣菫氏『泣菫詩抄』の「つばくら」をうつして学ぶ。
はじめに、薄田泣菫氏とは
薄田泣菫氏は、明治10年生まれの詩人。
「ああ大和にしあらましかば」と聞いてピンとくる人も中にはいるかも知れない。
「荒城の月」でおなじみの土井晩翠や「初恋」で知られる島崎藤村の後続とも呼ばれる、浪漫派・象徴派のひとりだった。
浪漫派と象徴派は丸っきり違う性質を持つが、どちらも書いたということはつまり、色々な作風で書いた詩人ということだ。
同じく詩人の蒲原有明氏とは、当時の双璧として扱われたと言っても過言ではない。
つばくら
紺の法被に白ぱつち、
いきな姿のつばくらさん、
お前が來ると雨が降り、
雨が降る日に見たらしい
むかしの夢を思ひ出す。
蛇腹のような詩
この詩で特徴的なのは、前の行の一番最後にある単語と、次の行の一番最初にある単語が同じものを差していることである。
紺の法被に白ぱっち
いきな姿のつばくらさん、
一行目全体は、二行目の「いきな姿」を指す。
ぱっちとは男性用の股引のこと。
たしかに江戸の風があって粋な様子である。
いきな姿のつばくらさん、
お前が来ると雨が降り、
二行目の「つばくらさん」は、三行目の「お前」を指す。
このように行の最初と最後に同じものを表す語が使われており、繋がって、蛇腹状の詩になっている。
紺の法被に白ぱっち、
いきな姿のつばくらさん、
お前が来ると雨が降り、
雨が降る日に見たらしい、
むかしの夢を思ひ出す。
小さな燕が見える低さで飛んできて、「燕が低く飛ぶと…」と言われている通りに雨が降り出す。
空には雨、泣菫氏には雨降りの日に見たと思しき夢を連れて来るのが、燕というわけである。
最初に泣菫氏を象徴派・浪漫派と紹介したが、この作品は思考を率直に書いているものなので、浪漫派の側面を持っている。
(象徴詩は、たとえば命を命と書かず、蝋燭と書くような詩であるので、浪漫派とは逆の位置にいる)
まとめ
このような詩を書くことは連想ゲームの一種だ。
連想ゲームができる人なら、誰でも簡単に書ける詩なのである。
ただし、簡単なのは書くところまで。
その連想からどのような表現をするか、どう自他の心を動かすかは腕にかかってくる。

《参考および一部引用:薄田泣菫『泣菫詩抄』、岩波文庫、岩波書店、平成十一年》
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(2024年10月投稿・2117文字)
同時期に詩の基礎を築いた二人による、まったく同じ題名の詩です。
島崎藤村らに影響を受け、北原白秋など多くの詩人に影響を与えた、いわば “始め寄りの真ん中” な世代の二人。
それぞれの個性が見えてきました。
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