レトロ詩「展示臺」
小さな箒を持つて、硝子の外れた展示臺に上る。
──なるほど、見世物は此のやうに。
仄かなる電燈の下、絡繰のやうに臺を掃くのだ。
慎ましく、くるふわりと、飾られてゐるが如く、しおらしく掃くのだ。
小さな箒を持つて、高みの見物を氣取つた風で見下ろす。
──なるほど、客人は彼のやうに。
ぼうと霞む暗がりの中、生氣の無い史料たちが見てゐる。
奇妙な形で、嘲るやうに、人よりも人らしく此方を見てゐる。
小さな箒を置いて、ぽつかりとした展示臺から降りる。
──其れでは、ご機嫌麗しう。
仄かなる電燈を背に、絡繰のやうに史料を持つのだ。
しめやかに、敬々しく、神のアトリビウトと思ひて淡々と持つのだ。

追記:令和七年十一月
ただいまお読みいただいた作品は、令和六年の作です。
当時は詩の心を知りたくて、近代詩の模倣をしていました。
この「レトロ詩」の時期を経て、 “そもそも詩の何に惹かれるのか” を考え始め、今は考察記事の連載をしています。
この「展示臺」を読んで下さった方に、こちらの記事をおすすめさせて下さい。
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