見出し画像

日本近未来話 第二話 一寸法師2.0

 さて、日本国は難波というところにある夫婦が住んでおりました。その夫婦には子供が無く住吉の明神さまにお願いして指ほどの小さな男の子をさずかりました。夫婦はその男の子に一寸法師と名付けました。

 十六歳になってもなお指ほどの背しかなかった一寸法師でしたが出世がしたいとのことで京都にのぼり、そこで出会った姫と鬼ヶ島に渡ったところ二匹の鬼と出会います。

 姫を襲おうとした二匹の鬼を一寸法師が退治し、鬼が逃げ出すのですが、その時忘れていった打ち出の小槌。この打ち出の小槌を振ることで一寸法師はあたりまえの背になり、金銀などの財宝を打ち出し、鬼ヶ島から日本に帰ります。この鬼退治の噂はたちまち世間に広まり、天子様の耳に入り、天子様より一寸法師は位をさずかり楽しく世の中を送っておりました。

 さて、その日本なのですが最近たちの悪い病が流行りはじめておりました。かかると多くの人は風邪に似た症状を示し、その中のごく一部の人が呼吸が困難になったりで症状が重くなり、その中からわずかな人が死に至るという病です。

 若者は軽症ですみ高齢者ほど重症化するという特徴がありました。聞くところによると日本だけでなく世界中でこの病が流行っておりました。なにぶん治療法がわからないこの新しい病を人々は恐れました。

 人々ができることといったら家にこもって人と会わないようにしたり、頻繁に手指消毒やうがいをすることで感染の機会を減らすことしかありません。誰もがこんなことをずっと続けたくはありませんでした。

 そんな時、東京の政府から一寸法師に声が掛かりました。鬼ヶ島の一件のうわさを聞きつけたに違いありません。東京に呼び寄せられた一寸法師はある研究者に引き合わされました。

 その研究者は、政府の流行り病対策本部の分科会に所属する〝魚見〟と名乗りました。魚見先生の専門は感染症対策です。あいさつもそこそこに魚見先生は一寸法師に言いました。

「さてあなたの手柄を聞きました。私が注目したのは以下の二点です。なんでも一匹目の鬼に飲み込まれたあなたは鬼の腹の中をやたらにかけずりまわりながら針でつつき回して苦しめたそうですね。その後確か苦し紛れに鬼がかっと息をするはずみに、ぴょこりと鬼の口から出たんでしたよね」
魚見先生は一息ついた。

「そしてもう一匹の鬼に飲み込まれたあなたは、のどの穴から鼻の穴に抜けて、それから目のうしろにはい上がって、同じく針でさんざん目のうしろをつつき回ったのでしたっけ。その後あなたは目から地べたに飛び下りたそうですね。これが本当であればですね、流行り病のウイルスのふるまいそのものです」

「いかにも。私が呼ばれたのはそのことですか?」

「いえその他にもあなたに期待することがありまして。今回は打ち出の小槌をお持ちですか?」
「もちろん。最近は悪い輩が多くてこのような対策をとっておりますが」
一寸法師は手錠につながれたアタッシュケースから打ち出の小槌を取り出しました。魚見先生は目を輝かせて言いました。

「早速で恐縮なのですが、これを使ってお願いしたことがあります。ずばり言いますね。この打ち出の小槌から流行り病に効く治療薬やワクチンを振り出してはいただけませんでしょうか?」
 
 今度は一寸法師の方が目を大きくして、ため息をついた後言いました。
「先生、それはちと難しいのではないでしょうか。いまや日本国が大変なとき。私に声がかかった時から、この病退治のためにはどんな事もいとわない覚悟で上京してまいりました。ですがこれだけは無理かと思います」
「そこを何とか」
「しょうが無いですね。そこまで言うならためしにやってみましょう」

 一寸法師はなにやら唱えながら打ち出の小槌を数回振りました。するとどうでしょう。小槌からなにやら書かれた紙がひらひらと舞い降りました。もしや薬の製造法のヒントでも?と魚見先生は慌ててそれを取り上げましたがそこに書かれていたのはただの数字でした。

「404。何ですかこれは?」
一寸法師はやれやれという表情で答えました。
「ノット・ファウンドという意味のエラーコードです。だから言ったでしょう?無理だって。私も何度も試しましたがどうやら打ち出の小槌の守備範囲は人類が既知の事だけで未知の出来事には対応できないようです」

「未知のウイルスに対応できないってことですか」
 魚見先生はがっくりと肩を落としました。

「そのようです。未知のことまで対応してしまうと大きく人類の歴史が変わってしまうためだと思われます。例えば数学の難問である『リーマン予想』などの証明はこの打ち出の小槌をいくら振り回しても出てきません。その代わり物理の重力波の検知は、数年前のアメリカのLigoによる重力波検知成功からこの打ち出の小槌でもできるようになりました」

「アップデートされてるということですか?」
「そのようです。見かけはかなり昔のものですが、中身は最新かもしれません。たまに夜中に目を覚ますと小槌からかすかな唸るような音が聞こえます。自動アップデートのようです。鬼が忘れていったものなので製造元など分からないのですが、アフターサービスはしっかりしていて好感がもてます」
 一寸法師は先生をなぐさめるように言いました。そしてさらに付け加えました。

「先生。私を呼び出したのはそのことだけが目的ではないでしょう?実は私も素人ながら秘策を考えて参りました」
魚見先生は、はっとして言いました。
「そうだ、あなたには鬼の体内に入ったという経験がある。そして体のサイズを自在に変えられる小槌もある。そして何らかのプランもお持ちとか」
 魚見先生は一寸法師の方に向き直りました。
「あなたにぜひ流行り病の感染症対策本部の分科会に参加していただきたい」
 
 一寸法師が広い会議室に入っていくとコの字型に並べられている机に二十名ものメンバーがおりました。各人一定の距離を保って座ってます。流行り病に一定の効果があるとされるソーシャルディスタンスです。各人の自己紹介から、微生物、ウイルス学者、医師会幹部などに限らず、弁護士、地方自治体の首長、旅行業界、商工会の代表など様々な専門家から分科会が構成されていることがわかりました。

 分科会の会長でもある魚見先生は一寸法師をメンバーに紹介し、これより一寸法師も分科会に加わると宣言しました。挨拶を求められた一寸法師はこれを機会に、上京が決まってから考えに考え抜いた秘策も披露してみました。

 「おおっ!」これを聞いたメンバーから驚きの声が多数あがりました。一寸法師、打ち出の小槌なしには考えられないプランです。ですが、いかんせん感染症の素人が考え出したもの。洗練もされてなく詰めも甘いおよそプランとも呼べないしろものでした。

 しかし一寸法師のひらめきに一筋の光明を見いだしたメンバーはこれをたたき台にして活発な意見を交換し、揉みに揉み、練りに練り上げて立派な現実的なプランに仕上げました。このプランが成功すれば完璧に流行り病を退治できるに違いありません。
 
 さてこの計画の骨幹は「ウイルス干渉」を利用するというものでした。

 「ウイルス干渉」というのは様々な要因が考えられますが、一つの細胞に二つのウイルスが感染した場合にウイルス同士が競合し、一方が一方を抑制したり、一方に対する免疫システムがもう一方にも作用して二つとも抑制されるということをいいます。ウイルス干渉は細胞壁侵入時や、細胞内の増殖時におこることが知られています。

 これを利用した今回の計画を大雑把に言うと、流行り病のウイルスに勝てる、既知のウイルスを見つけるというものでした。そしてその既知のウイルスは治療法が確立している種であること、弱毒化されていることが条件とされました。この治療法が確立させているウイルス感染症を流行り病にぶつけて退治する。まさに毒をもって毒を制すといえましょう。

 しかしいくら有効性が頭の中で分かっていても、実際にヒトに複数のウイルスを感染させてどちらのウイルスが勝つかなんて実験はできっこありません。ましてや実際に季節性インフルエンザと流行り病のどちらが勝つか観察してと自然にまかせる方法では何年かかるかわかりません。

 ところが一寸法師、打ち出の小槌の登場はこの実現可能性を一気に高めました。そして、危険に対して危険で迎え撃つこの計画は同じ意味合いでバックファイヤー計画と名付けられすぐに実行に移されました。バックファイヤー計画の第一段階は、流行り病のウイルスより強いウイルスを見つけることです。

 まずはバックファイヤー計画の土台となる被験者選びからでした。人道的見地からも誰でもいいという訳ではありません。魚見先生がこの被験者に自ら名乗りをあげました。ところが魚見先生は七十歳を超えるご高齢。いくらなんでもリスクが高すぎるということで分科会全員の反対に遭いました。かといって他の分科会のメンバーから名乗りを上げる者は1人もおりません。    

 計画の第一段階から早くも暗礁に乗り上げるかと思いきやここでも一寸法師の発案により頓挫を免れました。
「私の友人に箱根は足柄山出身の金太郎というものがおります。屈強な少年で、熊や鹿、猿などとも仲が良いので最近ありがちな動物由来のウイルスにも大変強いと思われます」
 
 分科会は早速金太郎を呼び寄せ、健康状態、遺伝子情報などを精査しました。金太郎は健康面で大変良好なだけでなく、遺伝子的にもかなり優れた資質がありました。年齢もかなり若いということで万が一流行り病に感染しても無症状、悪くても軽症で済む可能性があります。あとは金太郎の意思確認だけでした。かねてから日本の新型ウイルス蔓延による流行り病で、感染者に対する不当な差別に心を痛めていた金太郎は二つ返事で被験者になることに同意しました。

「感染した人は何一つ悪いことをしていない、普通に生活していただけなんだ。好き好んで感染したわけでない。なんで差別やいじめに合わなければならんのだ。こんな世間でいいわけはない。だが世間を正す以前にこの病をなんとかするのが優先だろう。まずはオレのこの体。流行り病退治の助けになるなら喜んでささげようぞ」

 被験者が決まると間髪を入れずにに計画がスタートしました。

 一連の計画を遂行するために特別な部屋があてがわれました。ウイルスを扱うバイオ・セーフティーレベル4の実験室です。計画では金太郎がその実験室に置かれたベッドに横たわり、ウイルスを目視できるほどに縮小された一寸法師が金太郎の体内で、流行り病に勝てるウイルスを見届けるというものです。

 流行り病のウイルスと戦わせるウイルスは治療法が確立されかつ弱毒化されているウイルスが十個選ばれました。この十個は治療のしやすさ毒性の弱さから流行り病と闘わせる順序が決められました。いわば挑戦者ウイルスです。

 一方分科会では一寸法師のバックアップチームが編成されました。一寸法師が計画を遂行中逐一、一寸法師の動きを確認し必要な情報を与えて助けるのが目的です。その為金太郎の体は内部までもが正確にスキャンされ、詳細にマッピングされました。3・5Dスキャンと呼ばれる技術です。レベル4の実験室も同じく正確にデータ化されました。

 計画中は微弱で特殊な電波を一寸法師に向けてあて、その反射したものを拾って金太郎や実験室のデータに反映させ立体的に位置を把握するというものです。バックアップチームと一寸法師の通信は、音声だととても金太郎の生命活動などのノイズに勝てないだろうと、文字データをやり取りするチャットで行うと決められました。

 そして一寸法師としてまずは打ち出の小槌のコピー品の作成です。打ち出の小槌を降り出して、打ち出の小槌2・0を出現させました。オリジナルとうり二つです。一寸法師が確認するとオリジナルの打ち出の小槌となんら機能的に変わることはありませんでした。

 これを使って金太郎の体内で起こりうる様々な困難に対処するというもくろみです。ほかには通信システムを準備したり、ウイルスを識別するための電子顕微鏡写真を用意したり、途中でピックアップするウイルスのサンプルを準備したりと、そうこうして明け暮れているとあっという間に決行の日がやってまいりました。

 さて実験室は密閉され一寸法師が金太郎の手を借りて打ち出の小槌で自らを小さくし、まさに金太郎の体に入り込もうと準備を始めたその矢先、別室でその光景を見守っていた魚見先生が「私も同行する!私がウイルスの勝者を見届けよう!」と叫び、実験室に飛び込んできました。

「えっ先生。それは困りますよ。計画にはオプションでもそんな案なかったじゃないですか。おまけにどんな足手まといになるか分かったもんじゃない」

  必死に止めようとした一寸法師でしたが魚見先生は一切聞く耳を持ちません。あまりの頑固さにとうとう一寸法師も根負けをし魚見先生と二人で金太郎の体に乗り込むことにしました。
  
 二人はしっかりと手をつないで体の縮小化に備えようとしました。流行り病のウイルスの大きさはおよそ0・1ナノメートル。このウイルスをテニスボール大に見立てて、それに見合うサイズに体を縮小するという計画です。

 一寸法師の身長が仮に170cmとするとおよそ17万分の1に縮小しなくてはなりません。一寸法師と魚見先生がちょうどPM2・5の粒子と同じサイズで、流行り病のウイルスがテニスボール大になる計算です。そのサイズにまで縮小するとなると手をつないでいないと二度と会えなくなるかもしれません。魚見先生の覚悟を見極めると一寸法師は金太郎に声を掛けました。

「これでよし。では金太郎頼む」
 金太郎は何やら唱えながら二人をめがけて打ち出の小槌を降り出しました。二人は見る見る小さくなりあっという間に見えなくなりました。姿は見えませんが二人は必ずあらかじめ決められた場所にいるはずです。

 金太郎は決められた手順通り、決められた場所を決められた方向にうちわで一振りあおぎました。そしてベッドに腰掛けました。これから関係者全員が特別な指示がない限り、決められた時間に決められた行動を取らなくてはなりません。

 うちわであおがれた二人は、ふわりふわり空中を漂っておりました。一寸法師は背負ったバックパックから、うちわと酸素のスプレー缶を取り出し、あおいだり酸素を噴射しながら方向を変え、決められた場所に向かいました。

 次の目的地はベッド脇のテーブルに載っている、カップの中です。カップには美味しそうなフルーツゼリーがよそられてました。そしてゼリーの表面にはお椀のような乗り物が用意されてました。これはあらかじめ準備した乗り物を縮小してゼリーの上に置いたものです。乗り物にはあらかじめ準備されたウイルスのサンプルもありました。

 一寸法師と魚見先生は決められた5分前にはお椀のような乗り物に乗り込むことが出来ました。一寸法師はかつてお椀の船と箸のかいで立身出世を夢見て京都をめざして淀川を上ったことを思い出しもう少しで泣きそうになりました。 
 
 時間になると金太郎はおもむろにカップを手に取りゼリーを食べ始めました。一寸法師と魚見先生は食べられる恐怖に身を固くして備えました。目の前に広がる光景はとてもおぞましいものでした。

 3口目でようやく2人は金太郎の口に中に吸い込まれると思いきや、鼻呼吸により鼻の中に吸い込まれていきました。2人はあらんかぎりの叫び声を上げてしまいましたが蚊の鳴くような声の千分の一にもなりませんでした。
 
 そして叫び声をあげたことで一寸法師はようやく我に返り冷静になりました。バックアップチームと連絡をとり実験の場を喉から鼻の粘膜に変更しました。バックアップチームは当然二人の位置を把握しており、ゼリーを食べ終えた金太郎はベッドに横たわりました。

 二人が実験の準備を始めていると早速金太郎の免疫システムの第一弾がやってきました。顆粒球です。二人は金太郎の免疫システムに異物と判定されたようです。このままでは二人は顆粒球に食べられてしまいます。

 一寸法師は打ち出の小槌を振り出し金太郎の遺伝情報から特徴的な蛋白質を作り出し身にまといました。もちろん魚見先生の分も忘れてはいませんでした。顆粒球の第一弾は二人を突然異物と識別できなくなったようです。そのまま通り過ぎて行きました。
「危なかったですね」
「そうだな。でも想定内だ」

 もともと金太郎の免疫システムに対処する方法は魚見先生のアドバイスによるものでした。魚見先生は目の前で実際に免疫システムは稼働するとこが見られ、いたく感動してるみたいでした。無理をしてでも参加して良かったと思っているに違いありません。
「さあ。こちらも早く終えてしまおう」

 二人は実験を開始しました。一寸法師が流行り病のウイルスと挑戦者のウイルスを両手に持って次々と金太郎の鼻粘膜の細胞に押しつけていきます。まずは細胞への侵入実験です。結果どの挑戦者ウイルスも流行り病の細胞への侵入を邪魔することはできませんでした。二人はコントロール不能になって増殖を始める前に急いで流行り病と挑戦者のウイルスの回収を始めました。テニスボール大ですので両手を細胞壁に突っ込んでは次々とウイルスを取り出して行きます。

「まあこれも想定内だな。急いで次の実験に移ろう」
二人は今回のメインである増殖実験を始めました。流行り病のウイルスをまず細胞に侵入させておいて増殖させるのですが、その際に挑戦者のウイルスを次々と細胞に押し込んで流行り病のウイルスの増殖が抑えられるかというのを見ます。
 
 そうこうしてるうちに今度は金太郎の免疫システム第二弾のマクロファージがやってきました。顆粒球に比べてかなりの大きさです。最初の異物情報が更新されることなく免疫システムの中で引き継がれているようです。ですが今度もマクロファージは二人を異物と識別することはありませんでした。

 ところが食いしん坊のマクロファージを不憫に思ったのか魚見先生は実験用に用意した流行り病やその挑戦者のウイルスを食べさせました。
「すさまじい食べっぷりですね。ちょっと怖くなります。先生いいんですか?」
「うん。実はこれは増殖実験が上手くいかなかった場合のバックアッププランなんだ。さあ、急ごう。次は怖いのが来るぞ」

 増殖実験の経過も思わしくありませんでした。順番に挑戦者のウイルスを細胞に突っ込んでいくのですが、どの挑戦者も流行り病のウイルスの増殖を止めることができません。二人はここでも制御不能になる前に増えすぎたウイルスを必死で取り除きました。実験も5個目を過ぎると焦りが出てきます。

「先生、現実は厳しいですね。そういえば挑戦者ウイルス10個を選ぶときもなんら上手くいく保証なんてありませんでしたよね」
珍しく焦りに加えて疑いも強くなっている一寸法師に先生は言いました。
「ああ。今回上手くいかなくても、次回またやればいいんだ」
7個目も上手くいきませんでしたが、8個目の挑戦者を細胞壁に突っ込んでしばらくすると……

 ようやく流行り病の増殖が止まりました。流行り病の増殖が止まっただけでなく、挑戦者のウイルスの方もある時点でピタリと増殖が止まりました。
「やりましたね」
「喜ぶのはまだ早い」
 二人は同じ実験を二回繰り返して、都合三回とも同じ結果を得ることができました。二人は早く戻ろうと急いで実験の片付けを始めました。
 
 と、ここで金太郎の免疫システム第三弾のT型細胞がやってきました。先ほどのマクロファージが流行り病と挑戦者のウイルスを食べた際の情報が伝わっているはずです。免疫システムの司令塔、T型細胞は部下のB型細胞を引き連れています。T型細胞はB型細胞に抗体を作らせ、いまかいまかと攻撃の機会をうかがっています。

 先生はそれらを前に流行り病と挑戦者ウイルスを差し出しました。その瞬間B型細胞は双方のウイルスめがけ凄まじい攻撃を始めました。次々と抗体を打ち込んでいくのですがものすごい破壊力です。ウイルスはひとたまりもありませんでした。
「うん。金太郎の免疫システムは健全に機能しておるな。おっと、こうしてはおられん。早く撤退しよう」

 一寸法師は打ち出の小槌を取り出し何やら叫んで大きく振り出しました。小槌からは大量の胡椒の粉が出てきました。もうもうと胡椒の粉が舞う中二人はくしゃみに備えて再び手をつなぎ身構えました。とその時金太郎が大きなくしゃみをしました。

 大音量と衝撃の中、二人は時速約300kmもの猛スピードで鼻から吹き飛ばされました。鼻から2mほど飛ばされたところで空気のブレーキがかかり二人はまたふわりふわりと漂い始めました。乗り物はどこかへと飛んでいってしまいました。

 とその時バックアップチームから一寸法師のもとにメッセージが入りました。時間と場所が指定され、そこに向かうようにとの指示です。同じく金太郎にも指定場所で打ち出の小槌を構えて待機するよう指示が出されました。

 一寸法師は再びうちわと酸素のスプレー缶を器用にあやつり実験室の床に書かれた手書きの✕印を目指しました。相応の時間が経過すると金太郎は何やら唱えながら床の✕印に向けて打ち出の小槌を振り出しました。

 何もないところから突然一寸法師と魚見先生が現れました。その瞬間別室でモニターを食い入るように見つめていたバックアップチームから歓声と拍手が湧き上がりました。さながら宇宙ミッションが成功したのと同じような光景が広がってました。実験室の二人にはなにやらべとべとした粘液質のものがついています。抱き合って喜びを表現するのはためらわれました。

 金太郎の体内からの帰還後、分科会ではすぐに魚見先生と一寸法師の報告会が始まりました。報告会ではウイルスの細胞への侵入実験では挑戦者のどのウイルスも流行り病の侵入を抑制できなかったこと、ウイルスの増殖実験では8番目のインフルエンザC型の亜種が流行り病の増殖の抑制に効果があったとともに自身の増殖も止まったことなど実験の結果が簡単に伝えられただけでした。

 分科会では早速実験結果の確認が急がれました。今回は分科会の全員がボランティアに志願して、自らの体で実験結果の確認を行いました。インフルエンザC型の亜種ということで流行り病のウイルスと同時に接種したところ見事に流行り病が抑制され有効性が確認されました。おまけに超弱毒性ということでほとんどのメンバーが無症状か、症状が出てもごく軽症という結果が得られました。これで流行り病の撲滅がほぼ確実となりました。

 分科会はバックファイヤー計画の仕上げとして、日本中に超弱毒性のインフルエンザC型を蔓延させて流行り病を押さえ込むプランを立てて政府に提案することにしました。プランさえ提出してしまえばあとは政治判断の問題です。まずは大量にC型の亜種のウイルスが必要なのですがこれを培養するのではなく、打ち出の小槌のコピーを何個も作ってこれを利用すれば時間は数百分の一、数千分の一に押さえ込むことが出来ます。次にこの弱毒性ウイルスを蔓延させる方法です。

 分科会では感染爆発を押さえ込むノウハウはありましたが蔓延させるノウハウはありませんでした。特に抑制することなく自然に感染が広がるスピードにまかせればよいのですがそもそも流行り病とインフルエンザC型の亜種では再生産係数、Rノートが異なります。分科会は頭を抱えました。やはり流行り病の感染状況に合わせて、丁寧に蔓延させるしかありません。それまで黙っていた一寸法師ですが何かひらめいたようです。

「やはり丁寧な仕事をするには人の力を借りるしかないですね。幸いこの仕事にピッタリの知人がいることを思い出しました。彼に任せてみるというのはいかがでしょう?」
彼というのは誰のことかはさっぱり分かりませんでしたが、今回の件でプレゼンスを上げた一寸法師に分科会は満場一致で一任することに決めました。

 一寸法師は分科会の委任状を携え古くからの知人を訪ねました。その知人は高齢でありながらもかなりしっかりした人物です。ドアを開けて出てきた知人に一寸法師は挨拶をしました。

「やあ、おじいさん。ご無沙汰してるね。お元気そうで何より。実は仕事の話なんだ。いつも撒いている灰のかわりに実は撒いてもらいたいものがあるんだ。いいかな?」

「なんだね。詳しいことを聞こうじゃないか。さあ、おあがり」
 花咲かじいさんは、一寸法師を部屋に招き入れました。
 
〈了〉



いいなと思ったら応援しよう!