楳図かずお『へび少女』の同時代の衝撃〈恐怖マンガ界の帝王=キング・カズ〉は「昭和のトラウマメイカー」だった。
『大アンケートによる少年少女マンガベスト100』(1992年/文春文庫ビジュアル版)で「28位」に入った『へび少女』(1966年)の回答者のコメント一覧。
● 清水優子(テレビキャスター)=こわくてこわくて……夜をむかえるのが
嫌だった作品です。近年(同じ作者の)「まことちゃん」をみた時、内容
よりも絵柄でこわい! と思ったほどです。
● 上沼恵美子(タレント)=おもしろい!
● 鈴木邦男(一水会代表)=感動したマンガというわけではないが、気味が
悪くて今でもおぼえている。マンガの影響力、拘束力はこんなに大きいも
のかと、ゾッとする。すごいマンガだった。これに比べたら今騒がれてい
るポルノコミックなんて、たいしたことはない。
● 村田喜代子(作家)=娘のころ雑誌で毎月、身の毛のよだつおもいで読ん
だ。頁をあけるのに勇気が必要だった。少女の長い首のしわが不気味だっ
た。
● 群ようこ(エッセイスト)=この漫画のために、私は母を、へび女に違い
ないとしばらく疑っていたことがある。
● 川西蘭(作家)=六歳年上の姉が読んでいた少女漫画雑誌で、唯一楽しみ
にしていた作品でした。当時は夢でうなされる程恐かった。 ※男性
● 高橋洋子(作家、女優)=コワイ、コワイといいながら、ページをめくっ
た。仲よしの女の子とふたりきりで、少し暗い室内で読んでいた。小学生
のころである。
● 岩崎由美(テレビキャスター)=へびになった時のあの顔と首のしわは、
今でも目に焼きついている。恐いのと見たいのと……やっぱり見たいの
だ。
掲載誌(少女雑誌)の影響で、女性回答者のコメントが多い。楳図かずおは、まず最初に女性読者によって広く認知された⁈ 私は古本屋で買った文庫版『怪』(全3巻)の第2巻に丸ごと収録の『ヘビ少女の怪』で初めて読んだ。

https://jp.mercari.com/item/m70147251237
★ 楳図自身による『へび少女』他の収録作に関する〈自作解題〉
※秋田漫画文庫版『怪』(全3巻)の最終巻(1977年)の巻末に収録
あとがき 楳図かずお
「怪」に収録した作品について、少し説明してみようと思います。
怪①巻
―青い火の怪―
まだ、奈良県の五条市で貸本むけの単行本を描いていた頃、大阪の小さな出版社から出ていた『虹』という本に、“あなたの青い火が消える” という題名で連載しました。 その後、雑誌『なかよし』の付録に入れるため、他の人がトレスして発表した後、「怪」に収録するため再度手を加え、題名も“青い火の怪” としました。
―四年目の怪―
これも同じく『虹』に描いたものに手を加え、『少女フレンド』に発表しました。もとの題名は “四年目の奇蹟” でした。
―人こぶの怪―
これはそのまま『少女フレンド』に描いたもので、もとの題名は “人こぶ少女” です。
怪②巻
―ヘビ少女の怪―
多分、多くの方々に知っていただくことになった“へび少女”です。「怪」に収録することになり、広く男性女性を問わず読んでいただきたいと願い、“ヘビ少女の怪” とし、いくぶん少女っぽい雰囲気をおさえることにしました。 蛇に関する作品は、つなぎ合わせると一本のシリーズになるくらい本数があり、しかもうまくつなぎ合わさっています。 昔、単行本に描いたもので、皆さんの目にあまりふれてないものを全部合わせて順に書いていくと………
① “口が耳までさける時”
② “へびおばさん”
③ “ママがこわい”
④ “まだらの少女”
⑤ “へび少女”
⑥ “うろこの顔”
⑦ “蛇娘と白髪魔”
⑧ “蛇”
………とこれだけ続きます。単行本に収録されてないものも、いずれまとめてみたいと思っております。
怪③巻
―おみっちゃんが今夜もやってくる―
これもやはり『虹』に連載したものです。 小泉八雲の「破約」から発展させてみました。 “あなたの青い火が消える” と全く同じケースで、『なかよし』の付録になりました。それに改めて手を加え、ここにお目通りすることになったのです。
☆ 作家・川西 蘭による「楳図かずお論」
前出の『大アンケートによる少年少女マンガベスト100』(1992年)に掲載。
「へび少女」だけで殿堂入りした作家 川西蘭(作家)
※後日投稿予定※ スティーヴン・キングとの類似性も指摘している
★ 秋田書店・新書判コミックス袖の「活字のみの著者コメント」
※「本の袖」は折り返し部分。「()の中の年数」は「新書判の出版年」。

「新書判コミックス」は、1967年(昭和42年)頃から普及し始めたそうです。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
●『黒いねこ面』(1967年) ※秋田書店の「サンデーコミックス」限定
●『ミイラ先生』(1968年)
●『のろいの館(=赤んぼう少女)』(1969年)
●『おろち』全6巻(1969~71年)
●『恐怖』全3巻(1971~72年)
●『アゲイン』全6巻(1972年) ※『まことちゃん』は今作のスピンオフ
●『鬼姫(=影姫)』(1972年)
●『ロマンスの薬(=ロマンスの薬あげます)』全2巻(1972~73年)
●『怪』全3巻(1972~73年)
●『まだらの恐怖』(1973年)
●『キツネ目の少女』(1985年)
●『生き人形』(1985年)
●『百本めの針』(1988年)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
●『黒いねこ面』(1967年)
わたしは、とてもおく病なのに怪奇、恐怖ものが大好きです。みなさんの中にも、きっとそういう人がいるでしょう。 この「黒いねこ面」は先祖が犯した罪のために、おそろしい目に会う一家の物語です。じぶんの先祖が犯した罪を、あまりにも意識しすぎたために、このような恐ろしいできごとが起こったのではないでしょうか? わたしたちの心の中にはつねに何かに対する不安があって、それがこんな恐怖を生みだすもとになるのでしょう。
●『ミイラ先生』(1968年)
アフリカの未開地には、いまだに死んだ人びとをミイラにしておく風習がある――。いや、アフリカにかぎらず、日本にも、足利将軍のミイラに見られるように、そういう風習があったのだ。そのミイラが、なにかのひょうしにフッと生き返ったら……、おそろしいけれど、考えただけでも楽しいことではないか。そんな空想をしているうちに、この「ミイラ先生」が生まれたのです。
●『のろいの館(=赤んぼう少女)』(1969年)
わたしは子ども時代から、まんがにかぎらず、読みものも、怪奇ものが大好きだった。人間の心の奥底にひそむ惨忍さを描きだしてみたい欲望から、いまわたしは、怪奇まんがと取り組んでいるが、その中でも一番好きな作品が、この「のろいの館」だ。 この作品は、「赤んぼう少女」という題名で、少女フレンドに連載したものだが、新書判にまとめるにあたり「のろいの館」と改題した。 みなさんを恐怖の世界へ引きずり込むことができるかどうか、まずは、ご一読ねがいたい。
●『おろち』全6巻(1969~71年) ※哲学的ポエム?
一陣の風と共に舞いおりた少女 “おろち” ………。 深くしずんだ明りをたたえて、過去から未来へと見つめる、 “おろち” の瞳と平行して、私は、まさに四散しそうな気力をかき集め、これらをかき終えた喜びは、ほのかなる炎だまりとして、いつまでも消えないでしょう。 私の心のどこかで、去って行った “おろち” の気配を今、聞きながら………。
●『恐怖』全3巻(1971~72年) ※「高校生記者シリーズ」の単行本化
恐怖は……実生活の中に、ひそかにたむろするとともに心の虚構の中にたくみに、その姿を組み立てはじめる。人によって、ついに恐怖のとらわれの身となる人もいれば、ひややかな笑いで恐怖をあざけることさえ出来る人もいる。あるいは、心の中の経験とするなら、最後の一点をめざして、積み上げていく微妙なかけ引きは、どんな物語よりも強烈に感情をとらえて、はなさないでしょう。 これは、恐怖を多角度のパターンで、かき集めたもので
す。
●『アゲイン』全6巻(1972年)
しゅん馬も老いては、だ馬にもおとる。老いとは生を受けた者にとって、何という残酷な仕打ちだろう。どんなすばらしい馬でも、年とって老いてしまうと、くだらない馬よりも、だめだということだ。そうすると、そのくだらないだ馬が老いると、どのようになってしまうのだろうか? 何という悲しいたとえだろう。過ぎ去った日々が、返らないのかともの思うとき、この物語は始まる。その言葉は、もう一度………。アゲイン………。
●『鬼姫』(1972年)
鬼ということばは、無条件で人に害を与える恐るべきもの。鬼がこわいのは、鬼自身が人に与える無慈悲な害を、無慈悲とは感じない所にある。すると、この世になんと鬼がふえたことか。 この物語にはお化けは出てこないが、しだいに変ぼうしていくかれんな少女の心は、お化け以上のおぞましさで、あなたの心を傷つけるでしょう。だが、もしあなたの傷が深ければ深いほど、あなたはまだ鬼にはなっていない ! !
●『ロマンスの薬』全2巻(1972~73年)
わたしたち人間は、ネコや、ミミズや、ノミたちと同じように自然の変化にそって、行動する働きがあるというのは、つまり人間になるまえから、身につけさせられた性質で、それはたぶん、これからもなくなることは考えられない。人間となったいつの日からか、対しよう(※対象?)とは別に、勝手に仮定の行動をつくりだしてみる能力を手にいれたのだった。それは決して現実に腹を満たしたり、現実に遠くへ行ったりということはないが、心の中で好きな場所をそうてい(※想定?)できる。これが人間だけに与えられた特権なら、マンガというものはなんと楽しいものであろう。そしてこのストーリーは「もしも」という出だしではじまるのです。もしもこんなクスリがあったら…? 「ロマンスの薬あげます ! !」をちぢめて「ロマンスの薬」としました。
●『怪』全3巻(1972~73年) ※またもや、哲学的ポエム?
整然と織りつづられた模様を、指さきでたどるように、朝夕を何のへんてつもなく、くり返しながら生きている自分自身に、ふと疑いを持ちはじめた意識が、突然うら返された模様の裏側に、有り得べきでない一点を見つけたときの驚ろきは、はたして自分の存在すら、すなおに光にうつされたままを信じられるだろうか?
●『まだらの恐怖』(1973年)
多くの中には、恐怖・怪奇ストーリーを、まったくわからないパターンを持つ人がいる。 だが、怪談に属するこれらは、すべて自然界に対する人々の謙きょな恐れから出発すると説明すれば、少なくとも今、何に対して恐れをいだかなければならないかを知ることができるのではないだろうか? まだらの恐怖は、わたしの最大に好きなドラマです。
●『キツネ目の少女』(1985年)
最近、急に山の中の生活が新しく感じられるようになりました。 この話は、私のふるさと・奥吉野で、私自身が耳にした、山の神秘譚です。
●『生き人形』(1985年)
この “生き人形” は、私がもっとも最初にかいた作品群のなかのひとつです。 ある日、新聞を読んでいると、東京で、子どものいない夫婦が、人形を本当の子どものようにいつくしんでいる、という記事が出ていたのが執筆のきっかけです。
●『百本めの針』(1988年)
この本に収録されている作品は、初期のころ発表したまま、原稿紛失の悲しい目にあい、みなさまのご協力のおかげでやっとご覧いただける結果となりました。それだけに、どうか大ぜいの方々に見ていただければと思います。 ※原文では「紛失」の「紛」が「粉」



☆〈顔写真〉付きの「著者コメント」
●『のろいの館(=赤んぼう少女)』

●『おろち』

●『怪』

●『恐怖』

●『鬼姫』

●『生き人形』 ※1985年頃(40代後半)?のハンサムな写真。佐野元春似?

https://jp.mercari.com/item/m77828032769
*****関連投稿*****
#楳図かずお #秋田書店 #トラウマ #恐怖マンガ #ホラーコミック #怪奇漫画 #著者コメント #作家の顔写真 #サンデーコミックス #恐怖 #怪奇 #異常心理 #文春文庫ビジュアル版 #文藝春秋 #新書判コミックス
