私が文章を書くのは、承認欲求でしかないんだけど。
ド偏見。
「あの子、絶対自分のこと大好きだよね」
「承認欲求高そうだよね」
「絶対自分のことかっこいいと思ってるよね〜〜」
と、どの職場に行っても、誰かしらから言われる。特に主婦層・女性率高め、偏見にすぎないけれど。
「ですかね〜〜」としか返せない私。なぜだめなのか、それが。
逆に聞きたいんだけど、それを言ってる相手(いわゆる私)はそうではないと思って言ってきているのですか。
私だったら何でも話を聞くし、否定もしないから、私に言ってきてくれてるのですか。そうだったら大間違いで、私なんて、きっとあなたが言ってるその対象者よりも承認欲求・自己愛高めの人間であると思うのだけれど。私は自分に自信がある人が好きだし、私もそうでありたいと思う。
嫉妬なのか、なんなのか。
かっこよくして、可愛くして、何がだめなのか。私の場合、10代の頃は一重とニキビと丸顔で悩み、どうにか二重にならないかと毎日毎日努力してようやく定着させ、今もなお、肌荒れはするも当時よりかは全くマシになってきて、あの悩んでいた頃と比べると、絶対に可愛くなった自信がある。
嫌だった日々から、自分に自信をつけるため、毎日を楽しむために努力をした。だから絶対に可愛いと思う。
なんていうのか、例えば可愛いアイドルとか女優を見て、もちろん「可愛い!!」とは思うけれど、自分の人生のクオリティの範囲内での理想の可愛いを求めたうえでの今、って話なので、誰かと比べて可愛い!という意味ではなく、私の人生史上可愛い!で止まっているというか。
「あの子、絶対自分のこと大好きだよね」そりゃあ大好きですよ、自信なんてありますよ、努力しましたもんって話です。
私が10年レベルでひたすらネットに文章を書き続けているのは、圧倒的に承認欲求からに過ぎない。もちろん「書きたいことを書いてます〜」がいちばんかっこいいのはわかっているし、書きたいことを書いていることには変わりないんだけど。
書きたいことを書いたうえで、誰かには読んでほしい、これがセット。誰からも読まれてないのに10年も書き続けられたわけはない。
自分の意見とか、考えは結構こだわりが強い方だと思っている。とはいえ、それを他人にがつがつ話そうとも思わないし、話せない。人には人の意見があるから、主張はしたくない。とはいえ誰かに聞いてほしい。そんな、人に話せない私には、こうやってネットに文章をあげるという行為はすごく難易度が低く、誰かに話しを聞いてもらえる大切な場所だと思う。
それに、私の書いた文章は自信がある、面白い、と思った文章しか更新していない。ので、更新してから何度も何度も読み返す。圧倒的、承認欲求で続いている「書く」ということ。だってかっこいい、文字だけで人に「面白い!」とか「楽しい!」と思わせられるのって。
ずっと何年も同じ職場に居て、このままでいいのかと悩み続け、本当にやりたいことを考えて、一直線に行動したこの1年間を経た私。自信をつけるために行動してきた今の私はとても強く生きていると思うし、圧倒的な自分の中の自信がある、去年の私と比べて。
少なからず、何もしなくても美人だとか、いわゆる才能とかいうやつで有名になっている人もいるのかもだが、私は継続して自信を持てるために行動した結果ついた”自信”があるから、やっぱり人から認められるのはとても嬉しい。
こういう人間もいると思うわけで、一言で「承認欲求高そうだよね」と自分が持っている、なぜかマイナスなイメージだけで人を判断するのはもったいないなあと思うし、私とは考え方が違う人なんだなあと思ってしまう。人それぞれって話。
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