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29歳無職、中国→カザフスタンのドタバタ国境越え

陸路の旅は、計画というより「当日の現実」に合わせる作業です。

国境まで来れば何とかなると思い込んでいたその油断が、思わぬミスを招きました。伊寧からカザフスタン・アルマトイまでのドタバタ国境越えを振り返ります。

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伊寧の印象とカザフへの期待感

新疆ウイグル自治区の伊寧には3日間滞在しました。

公安の目はウルムチやカシュガル以上に厳しく、ホテルや公園で何度もパスポートを確認され正直うんざりすることもありました。その一方で、伊寧の街は意外なほど洗練されており、近代的な建物の合間に伝統的な街並みも残っています。緑の多い大通りを、今風の服装をした若者やこの土地ならではの顔立ちの人々が行き交っていました。

伊寧の古い街並み(写ルンですで撮影)

これから向かうカザフスタンは、どんな国なのだろう。

頭に浮かぶのは、高校地理で覚えた「旧ソ連の構成国」と「カザフステップという広大な草原」くらいでした。
中国の西の果てまで来た今、国境の向こう側には、これまでとはまったく違う風景が広がっているような期待がありました。

国境の町ホルゴスへ:一帯一路の最前線

伊寧から国境の町ホルゴスへ移動し、今日はそこで1泊して翌朝国境を越えるという計画です。

伊寧のバスターミナル
私のYouTubeから抜粋)

夕方17時、伊寧のバスターミナル(新客運站)でホルゴス行きのチケットを買いました。建物の裏手にある乗り場へ出ると、新疆各地へ向かうバスやバンが並んでおり、この街が交通の要衝であることがわかります。

20人は乗れそうなバンの窓際の席に座りました。定刻通り18時に出発。

特別な風景はないものの、やはり新疆は美しいと窓の外を眺めていました。

ホルゴスへ向かう車の中から見た美しい景色

2時間ほどで到着したホルゴスの街は、建設中のマンションも多く、思っていた以上に活気があるように見えました。

予約していた仙桃国際酒店(ホテル)のロビーには「一帯一路」構想のポスターがデカデカと貼られていました。ホルゴスはまさにそのルート上にあり、中国と中央アジアを繋ぐ重要な拠点であることがわかります。

最近はあまり聞かなくなった「一帯一路」

実際に外を歩いてみると、町は発展の真っ只中にあり、道路脇には建設資材が積まれ、新しいホテルや免税店らしき建物が次々と造られていました。砂埃が舞う道を歩きながら、巨大な力によってこの町が変わっていっていることをひしひしと感じました。

建設ラッシュの町・ホルゴス

すれ違う人々の多くは、建設ラッシュに伴って出稼ぎに来ているように見え、漢族が多い印象でした。中国各地から遥々この国境の街へやって来たのだろうと想像しました。

現地確認は大事です

ホルゴス国境(中国→カザフスタン)の情報は少ない。

先人たちのブログ記事を見てみると、国境までは徒歩で行けると書かれていました。すでに21時を回っており、この時間に国境を越えることはできません。散歩がてら場所だけでも確認しておこうと思い、実際に歩いて向かってみました。

旧国境の前で写真を撮る若者4人組

現地に着くとゲートは閉まっていたものの、ブログで見覚えのある国境の建物が目の前にありました。明日の開門時間を聞こうと近くにいた人に声を掛けると、「この国境はすでに使われておらず、新しい場所に移転した」と告げられました。

ブログの情報を信じ切っていた私は半信半疑でしたが、すぐ近くに掲示されていた「国境の歴史パネル」を見て、ここが五代目の旧国境であることを知り納得。どうやら最近、六代目に移転したようで、ブログの情報が追いついていなかったようでした。

国境の歴史を伝えるパネルが掲示されていました

もし明日の朝、何も知らずにここへ来ていたら無駄足になっていました。やはり現地で自分の目と足を使って確かめることが大事なのだと、あらためて強く感じました。

平成最後の日、痛恨のミスでドタバタ国境越え

2019年4月30日、平成最後の日に中国・カザフスタン国境を越えます。

明日、5月1日は中国の祝日で国境は閉じられているため、なんとしても今日中に国境を越えなければならない。少しだけ緊張しつつ、荷物をまとめてホテルを出発しました。タクシーを捕まえて、国境まで行ってくれと頼み、走り出す。良い天気でした。澄んだ空気と青い空。タクシーからの風景もまた、美しかったです。

国境付近 - 雪山が美しい

タクシーで10分ほど走り、新しいホルゴス国境の建物に到着しました。街外れの工場地帯にあり、遠くには雪山も見えますが、10時を過ぎてもゲートが開く気配はありません。

これが六代目の国境ゲート

しばらくすると大型バスが到着し、乗客たちがぞろぞろと出てきて、警官が彼らのパスポートを検査していました。これは間違いなく国境を越えるバス。

警官に「私も国境を越えたい」旨を伝えると、事務的な口調で「直接ここ(国境)に来ても越えることはできず、国際バスターミナルでチケットを買って乗車しなければならない」と言われました。

国際バスターミナル...?
昨日、伊寧から到着したあのバスターミナルか!

おお、これは痛恨のミス...!

国境まで来れば何とかなると思い込んでいた自分の勘違いに気づき、一瞬、頭が真っ白になりました。引き返すことを決め、運よくタクシーを捕まえて国際バスターミナルへ。一目散にチケット売り場に駆け込み、なんとか国際バスのチケットを買うことができました。

ホルゴス国際バスターミナルのチケットカウンター

国際バスのチケットは70元で、行き先はジャルケントでした。出発時刻は決まっておらず、ある程度乗客が集まらないと出ないようです。明日は国境が休みであることを考えると、どうしても今日中に国境を越えてアルマトイまで行きたい。少なくともジャルケントまでは行きたい。落ち着かない時間が続きました。

同じタイミングでチケットを買ったカザフスタン人と話し、彼もジャルケントへ向かうと知って、少しだけ気持ちが楽になります。

バスを待つ間、ターミナル裏の簡素な食堂で骨付き肉と人参のスープをすすり、腹ごしらえをしながらひたすら待ちました。

国際バスが出発するまで食事して待つ

13時になってようやくバスが出発し、10分ほどで再び国境に到着。人数確認と荷物検査を終え、ようやく六代目国境の建物の中へ入ることができました。

建物に入ってからは、パスポート検査や荷物検査、出国カードの記入などが続き、いったんは出国スタンプを押してもらえました。ところがそれで終わりではなく、再び荷物やスマホの写真チェック、ボディチェック、さらには旅程についての質問まで受けることになります。どこから来た?どこへ行く?中国語はどこで学んだ?など、思いつく限りの質問をされますが、仕事というよりは興味本位で聞かれているだけのような気もして、不思議と悪い気はしませんでした。

ようやく終わったと思った14時頃、今度は建物の外に出されます。そう、休憩です。中国の国境には昼休憩があって、その間は建物の外にいないといけません。同じ国際バスの旅客30人と、2時間ほど何もせず待つことになりました。

めっちゃ暇でした。

みんな暇そうに役人の昼休憩が終わるのを待っています

15時45分になってバスが動き出し、ようやくカザフスタン側のゲートへと進みます。

国際バスで緩衝地帯を抜ける

黄色と青の建物で入国審査を済ませ、パスポートにスタンプを押してもらったときには、ようやく国境を越えられたのだと実感しました。

カザフスタン側国境ゲート

時計を2時間戻し、ほっと一息つきながら、カザフスタンへの入国をかみしめます。

初めての国に来た高揚感はたまんないです。
一方で、今日中にアルマトイまで辿り着けるのかという不安もありました。

120キロで草原を走り切る

これがカザフステップ?

15時頃、国際バスはジャルケントに向けて走り出し、小高い丘や羊の群れ、草原、モスクといった風景が流れていきました。道路の舗装は中国よりも荒く、国境を越えたことを実感します。

ジャルケントは静かな街で、駐車場のような寂れたバスターミナルでアルマトイ行きの乗り合いタクシーを見つけました。人民元100元で行けると聞き、乗客が集まるまで、しばらく待つことになりました。東洋人顔の運転手にトイレの場所を聞くと、小指を立てられました。小便をするという意味があるそうです。バスターミナルにあるトイレで用を足しました。

ジャルケントの寂れたバスターミナル(АВТОБЕКЕТ)
乗り合いタクシーの運転手と客たち

16時半、1時間待ってようやくアルマトイ行きの乗り合いタクシーが出発しました。車はアウディ。乗客は4人。舗装された幹線道路を120キロで走り抜け、霧や砂埃、やがて雨へと変わる空模様の中、草原の景色が流れていきます。

カザフスタンの景色

途中のガソリンスタンドで休憩。隣の乗客がコーラとお菓子を買っているのを羨ましく見ていました。朝からほとんど何も食べていない。両替がまだのため、私は何も買えずでした。車のなかでそのお菓子を分けてくれて、そのささやかな親切がありがたく感じられました。

走り続けるうちに風景は畑や木々へと変わり、アルマトイが近づいていることを実感します。

街っぽくなってきました

19時半ごろ市街地に入りましたが渋滞にはまり、終点のサイランバスターミナルに到着したのは20時半でした。

運転手は私を降ろすやいなや、「ジャルケント〜!」と大きな声で叫んで客引きをしていました。これからまたジャルケントに戻るようです。凄くタフ。私は座っているだけで疲れたというのに。

サイランは大きなバスターミナルで、チケット売り場や売店、両替所がそろっており、ここからカザフスタン各地やビシュケクなど中央アジアの街へ向かうことができるようです。ここで人民元をテンゲに換え、ようやく本格的にカザフスタンに入った実感が湧いてきました。

夜のアルマトイ、最初のごはんで大満足

ようやく長い一日が終わろうとしています。

21時、予約していたトルキスタンホテルに到着。古いホテルではありますが掃除が行き届いており、値段も1泊5,500テンゲ(約1,600円)と良心的。

疲れていましたが、とてつもなく腹が減っていました。ホテルから3ブロックほど歩いたところに、24時間営業のファミレスのような食堂がありました。派手な看板には「ASHANA SOFRA」と書かれていました。

深夜でも開いてて嬉しい

カフェテリア式の惣菜ショーケースから自分が食べたい料理を選ぶ形式で、パンやピラフ、牛肉や鶏肉の煮込み、茹でたジャガイモ、マカロニのサラダ、スープなどが並んでいました。

ASHANA SOFRA - カザフスタンで最初の食事

私はピラフに牛肉の煮込みを添えてもらい、さらに店の外で売っていたケバブを注文しました。レジのムスリムと思しき女性は、私が旅行者だとわかると陽気に接してくれました。些細なやりとりでしたが、これだけでカザフスタンという未知の国に温かく迎えられている気がしました。

料理はどれも力強い味で、牛肉は塩気がしっかり効き、ケバブにはトマトや芋が入っていました。米は少しパサついていましたが、スパイスの複雑な香りがそれを補って余りあり、初めて食べる味なのに不思議と落ち着く美味しさで、これなら毎日食べても飽きないなと思いました。

食後にはコーヒーをとり、ついでにデザートのアイスまで頼んでしまいました。このアイスがねっとりと甘く、この国の人たちは濃い目のものが好きなのだろうなと想像しました。これだけ食べても1,000円もしないことに驚かされ、満ち足りた気持ちでホテルに戻りました。

美味しくて3日連続で来ちゃいました

どうにかアルマトイに来られたことに安堵。
シルクロードの旅に出て1週間が過ぎていました。

そういえば、今日は平成最後の日でした。

新時代に浮かれる日本の様子をTwitterを通して眺めながら、そんな盛り上がりとは無縁なカザフスタンに自分がいることは、少しさみしくもありました。

しかし、新しい街に来た高揚感が、やはり勝っていました。

次回:アルマトイの旅 - 日本人抑留者墓地へ行く

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