29歳無職、キルギス7日間の陸路旅 - 湖めぐり国境を越えて中国へ
シルクロード無職旅の続き。
今回はキルギスでの7日間です。

7日間、ほぼ毎日移動してる。

総移動距離約2,200km(Google Map)
マルシュルートカと乗り合いタクシーを乗り継いで、ひたすら陸路を進む。
「やっぱり、陸路の旅は楽しい」と再認識させられた、素晴らしい旅でした。

(今回も「写ルンです」でたくさん撮りました)
※ 7,000字超えの長文になっちゃいました。写真だけでも見ていってください!
閑散期のイシク・クル湖をひとり占め
乗り合いタクシーでビシュケクからチョルポン・アタへ移動してきた翌朝。

トマト、目玉焼き3つ、ナン、そしてコーヒー。たっぷり朝食を食べた後、チョルポン・アタの町を歩くことにしました。天気は晴れ。

チョルポン・アタは小さなな町です。幹線道路沿いに商店やホテルが点在しているだけで、町の端から端まで歩けてしまう。夏はリゾート地として賑わうそうですが、この時期はすごく静かでした。
イシク・クル湖の湖岸。
観光客らしき人は、マレーシアから来たというムスリムの一団のみ。静かな空気の中に、波の音が響くのが、心地よかったです。
美しきイシク・クル湖を、ひとり占め状態。

(写ルンですで撮影)
間近で見るイシク・クル湖はめっちゃ透明でした。たしか透明度がバイカル湖に次いで2位だったような。さすが「中央アジアの真珠」です。
歩きながら何度もカメラのシャッターを切りました。

舐めるとちょっとだけしょっぱいです。

マルシュルートカを待つ時間が好き
15時、町の東側にある乗り合いバス(マルシュルートカ)乗り場へ。乗り場といっても洗車場の前にワゴン車が路駐しているだけです。
キルギスの移動は、いつだってこの「客が集まるまで出発しない」というルールとの戦いです。早く集まらないかなとウズウズしながらも、この「何をするでもない暇な時間」がとても好きです。
なんならこのために旅をしているまである。
40分ほど待って客が集まりました。
車窓からはずっとイシク・クル湖が見えていました。贅沢なマルシュルートカの旅。17時を回った頃、車は南へと進路を変え、正面にそびえ立つ雪山に向かって一直線に走りました。
2時間ほどで、カラコルのバスターミナルに到着。

カラコルはキルギス第4の都市ですが、大通りを歩く人はまばらで、どこか寂しい。ソ連時代に国境警備の軍事都市として栄えた名残か、古びたコンクリートの建物が独特の威圧感を放っていました。
今夜の宿は町の中心にあるゲストハウス。
「日本人?君は顔がキルギス人と似ているね〜てっきりキルギス人かと思ったわ」と笑う宿のおばさんは、寒くないようにと厚手の毛布を貸してくれました。世話焼きなキルギスおばちゃん。親切そうな人で安心。
ところで、私は台湾でも「台湾人っぽい顔立ちだ」と言われたことがあります。あまり特徴がない顔(自認)なので、その土地に馴染みやすいのかも?
キルギスで寿司を食べるリスクは取れない
夕食を求めて街を歩くと、「SKVER’S Burgers」というハンバーガー屋を見つけました。カラコルの無骨な街並みには似合わないカラフルでモダンな内装ですが、店員はどこか投げやりなのが中央アジアっぽくて心地良い。

メニューを手に取ると、ハンバーガー、ピザ、そして寿司。このカオスなラインナップこそ、中央アジアの旅の面白さ?
さすがに寿司を頼むリスクは取れなくて(まあ美味しくないだろうと予測)、とりあえずハンバーガーを注文。味はあんまり覚えていないです。
グランドキャニオンで保険の大切さを知る
今日はカラコル周辺の景勝地を巡るため、タクシーをチャーターしました。3箇所を周遊して5,000ソム(約8,000円)。痛い出費ですが、この景色を見逃すわけにはいかない。
運転手さんは寡黙で、特に私と話すこともなく(そもそも話しかけられても私に会話を続けられるスキルが無いのですが)、幹線道路をぶっ飛ばして行きました。
最初の目的地はジェティ・オグズ(七頭の雄牛)。赤くゴツゴツした岩山が連なっていて七頭の雄牛のようだと言われています。

そこからさらに山道を5〜6km進み、「花の盆地」と呼ばれるドリーナ・スベトフへ。
運転手が「ここへ着くまでに、5つの橋を渡る」と教えてくれました。1つ、2つと、ガタガタと揺れる車内で橋を数え、5つ目の橋を渡り終えた瞬間、視界が開けました。

着いた途端に雲が去っていった(写ルンですで撮影)
花の盆地、ドリーナ・スベトフ。
どんよりとした雲が嘘のように晴れ、黄色や紫の花々が咲き乱れる渓谷に光が差し込む。雪山を背負った草原の緑が、それはそれは美しかったです。
観光客は誰ひとりおらず、ここでも絶景をひとり占め。
最後は「キルギスのグランドキャニオン」こと、スカズカ渓谷へ。もっとも、本家を知らない私にはピンと来ないのですが。

着いてみると、地球とは別の惑星に迷い込んだかのようでした。
観光客は誰もいない。運転手さんも付いてきてくれて、岩肌を這い上がって少し高い場所まで登ると、遠くに蒼いイシク・クル湖と、それを見守るような天山山脈が見えました。

その向こうに天山山脈が見える。
(写ルンですで撮影)
おお〜すごい景色!
湖と雪山が好きな私歓喜。
しかし、登るのに必死で気づかなかったのですが、降りるのが恐ろしく怖い。靴が砂に滑り、足がすくむ。「ああ、旅行保険入ってないんだよな〜」と思いながら、ゆっくりと降りてきました。

3箇所の絶景ポイントを巡って、しかもそれを誰にも邪魔されずに好きなだけ見られて、大満足でカラコルに戻りました。
市場でカラコル名物の麺料理「アシュランフー」を食べることに。

市場の奥、バラックのような店が並ぶ薄暗い一角で、一杯頂きました。勝手に温かいものだと思い込んでいたため、口に入れた瞬間の冷たさに驚きました。

笑顔が素敵なおばちゃんが作ってくれたその味は、独特の酸味が疲れた体に心地よかったです。
渓谷に生きる人々のたくましさに触れる
翌朝、キルギス中央部に位置するコチコルを経由して、ソンクル湖へと向かいます。
ソンクル湖はシーズンオフだと聞いていたのですが、私は湖が好きなので、どうしても行ってみたくて。天気が良くないのを覚悟して向かいました。
カラコルのバスターミナルから、4人の乗客を乗せてマルシュルートカが出発。途中の町で乗客を乗せながら進んでいきます。

こういう何気ない風景こそ印象に残るもの
4時間ほどでコチコルに到着。
マルシュルートカを降りて少し歩くと、キルギス観光の要、CBT(政府観光局)のオフィス(というか小屋)が見つかりました。ここでソンクル湖までの車とユルトの手配をします。

提示された料金は、車代と宿泊費を合わせて5,950ソム(約9,300円)。
ちょっと高いなあと思ったけど、ふっかけるような値段でもないし、安心と信頼のCBTです(と誰かのブログで読んでいた)。その料金でお願いすることにしました。
30分ほど待ってドライバーがCBTに到着し、コチコルを出発。 車はやがて舗装路を外れ、砂利道へと入っていく。山に近づくにつれ、空はみるみる曇り始めました。


だんだん曇ってきた…
途中の村で、女性と小さな女の子たちの親子が乗り込んできました。乗っていた車が故障してヒッチハイクをしていたらしいのです。
「明日から学校が休みだからね」と。街から田舎へ帰るようです。車は川沿いの、羊と馬だけが主役のような何もない渓谷を走り、途中で彼女たちを降ろしていく。こんな場所にも、人の暮らしがあることを実感させられます。その力強さに圧倒される。
標高が上がるにつれ、雲は増すばかり。
窓の外には、最近雪解けしたばかりのような湿った大地と、ヤクの群れ。そして、ついに前方に、ソンクル湖がその姿を現しました。
凍ったソンクル湖と馬で来たフランス人
夕方、標高3,016mのソンクル湖に到着。
コチコルから4時間かかりました。

空気が薄い。痛いほど冷たい風。真っ白な湖面は、まだ凍っている部分があるようでした。辺りは、驚くほど静かです。
耳を澄ますと、時折「ピシッ」という、氷が溶け出す音が聞こえてきます。湖に石を投げてみると、石は沈むことなく、分厚い氷の上をカラカラと滑っていきました。
今夜の宿は、湖畔に建つユルトです。

このユルトを守るおばさんは、観光シーズンだけここに住んでいるそうです。厳しい自然の中で、たった一人で客を待つ生活。その強さと孤独。
おばさんが作ったスープを頂きました。じゃがいも、にんじん、キャベツがたっぷり入った温かいスープに肉団子と羊肉をのせ、ナンを浸して食べます。温かくておいしい〜

ユルトには、先客としてフランス人の男性二人組がいました。「僕たちは馬に乗って6時間かけてここまで来たんだ」 フランス人の一人が笑いながら言いました。車でやってきた私とは、旅のスケールが違います。
私もいつかそんなタフな旅がしてみたいと思うけど、まあ結局やらないんだろうなと。
夜、外へ出ると、明るい月が空にかかっていました。「月面でうさぎが餅をついている」という話も、これほど月が近ければ納得できる気がします。月の光が凍った湖面に反射し、辺りは幻想的な青白い光に包まれていました。


フランス人二人組とドライバーのいびきをBGMに、ごわごわした毛布にくるまって寝ました。
朝のソンクル湖は、夜よりもさらに静まり返っています。氷が溶けた湖面に石を投げ入れると、波紋がどこまでも広がり、1分以上もその輪が消えませんでした。時間の流れがとてもゆっくり。



湖畔歩きを適当に切り上げ、コチコルへと戻りました。
偽物のバーガーキング
コチコルのバスターミナルで、ビシュケク行きのマルシュルートカを待ちます。
出発前に、派手な「バーガーキング」の看板を掲げた店に入りました。中身は期待を裏切ってごく普通の食堂でした。
頼んだプロフ(中央アジア風炊き込みご飯)には、瑞々しいきゅうりが添えられていて、それがやけに美味しく感じられました。


14時、ビシュケクに向けて出発。チョルポン・アタへ向かった時と同じ道を、今度は西へと戻っていきます。17時頃、ビシュケクの西バスターミナルに到着。
ホテルで一息ついた後、夜のビシュケクを散策。
「どうしてもハンバーガーが食べたい」という衝動に駆られました。コチコルでバーガーキングの偽物の看板を見たせいです。近くの屋台でハンバーガーを買い、歩きながら腹に放り込みました。
オシュへ向かう車を探そうと、乗り合いタクシーの運転手らしき人に声をかけてみました。オシュまでは行けないが、手前のジャララバードまで行ってくれるそうです。明日朝7時ごろに同じ場所まで来いとのこと。

朝からウォッカを煽る男たちを横目にオシュへ行く
まだ薄暗い、朝の乗り合いタクシー乗り場。
昨日約束した運転手と無事に再会しましたが、客が集まっておらず、すぐには出発しません。どんよりとした曇り空の下、路上で朝からウォッカを煽る男たちを眺めながら出発を待ちます。

さすがは旧ソ連の男だね〜
ビシュケクからオシュへ至る道は、絶景が見られることで有名なルートです。早く来た甲斐あって、一番前の助手席を確保できました。
8時になって客が集まり出発。市街地を抜け、本格的な山道へと入ります。
ここからの景色は圧巻でした。
車は両側を険しい山に囲まれた一直線の道を、時速130kmで駆け抜けます。標高が上がるにつれ、辺り一面は雪に覆われ、濃い霧で50m先も見えないほどになりました。

午後は一転、天気が回復しました。
標高が下がるにつれて周囲は鮮やかな緑の山々へと変わっていきます。

17時過ぎ、ジャララバードで乗り合いバスに乗り換え、さらに南へと進みます。
オシュの街に到着したのは20時でした。
ビシュケクから12時間かかりました。ちなみに飛行機だと1時間だそうです。非効率ですが、景色に没頭できた良い旅となりました。やっぱり旅に効率を求めちゃいけない。
明日はついに、この旅最大の目的である「中国国境」へと向かいます。
イルケシュタム峠への道のりは絶景の連続でした
キルギス旅の最終局面。
目的地は、中国・新疆ウイグル自治区のカシュガルです。
12時過ぎ、オシュのバスターミナルでマルシュルートカを見つけました。イルケシュタムまで1,000ソム(1,500円)です。

嬉しいことに、同乗者にカシュガルまで行くという青年がいて、道中一緒に行こうと言ってくれました。助かった!彼の名はダミル。キルギス人。年齢は私と同じぐらい。カシュガルまで一緒に旅することになります。
14時にオシュを出発。
窓の外には、緑豊かな低い山々から、次第に険しい岩山、そして真っ白な雪山へと、ドラマチックに景色が移ろっていきます。
この景色を見るためにここまで来たのだと思わせてくれる。

途中、大きな買い物袋を抱えた親子や、ヒッチハイクをする地元の人々が次々と乗り込んできます。通路には椅子が置かれ、足元には穀物の袋。車内はあっという間に、生活の匂いと熱気で満たされました。


18時、サリタシュを通過。雪山が夕日に映え、タジキスタン国境方面まで続く雄大な景色が広がっていました。



イルケシュタムが近づいてきました。
プレハブ小屋が並ぶヌラという村で、荷物と人を降ろします。何週間分もの食料を下ろす光景を見て、この過酷な土地で生きる人々のたくましさを思わずにはいられませんでした。


ここでの生活の過酷さが垣間見える。
20時半、中国との国境ゲートの手前で車を降りました。
辺りはすでに暗く、明日の入国を待つトラックの長蛇の列が続いています。

ダミルと一緒にコンテナを改造した簡易食堂に入りました。
5月だというのに、外はコートが必要なほど冷え込んでいます。出された温かいチャイと、トマトベースの羊肉スープ。ナンをスープに浸して食べると、身体の芯から解きほぐされるようでした。

その夜は、コンテナの中に寝具を並べただけの簡素な宿で、ダミルと相部屋です。シャワーもなく、埃っぽい部屋でした。寝心地はよくないけれど、疲れていたのでぐっすり眠りました。

またしても検問だらけの中国
翌朝8時(中国時間9時)、国境ゲートがオープンしました。

キルギス側の出国手続きを終え、数キロの緩衝地帯を歩いて進みます。高地のため、荷物を背負って歩くだけで息が上がります。

ようやく見えてきた中国側のゲートをくぐると、そこには驚くほど綺麗に舗装された道路(キルギスの道は所々デコボコ)でした。

今回の旅で最も過酷な時間が始まります。
中国側に入った途端、検問、検問、また検問。パスポートの提示はもちろん、スマホのチェックが執拗に行われます。警官が私のスマホを手に取り、保存されている写真を一枚ずつ、数年前のものまで丁寧にスクロールしていきます。
「この写真は誰だ?」「なぜ一人で旅をしている?」
半分は興味本位、半分は尋問。この手続きに2時間ぐらいかかりました。

11時半、7人乗りのタクシーで国境とカシュガルの中継地点であるウルグチャットへ向かいます。
数キロおきに現れるプロパガンダの看板や、検問所での昼休みを挟んだ長時間の待機、過去のスマホ写真まで遡る執拗な尋問の連続に、中国の徹底した管理体制を肌で感じました。

ウルグチャットでタクシーを乗り換えてからも、繰り返される検問と写真チェック。
夜になってようやくカシュガルに到着。1泊2日の寝食を共にしたダミルと再会を誓って握手を交わしました。互いのFacebookを交換。
「元気でな。連絡をくれよ」
言葉の通じない国境地帯で、彼がいてくれたことは、とても心強かったです。

(写ルンですで撮影)
次回:カシュガルからウルムチへ!無職旅の終わり
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