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人生初のヨーロッパには、飛行機ではなくバスで行きたかった|コーカサス #4

ジョージア国境を越えて、トルコ・トラブゾンへ。

上海から旅を重ねて5年。列車とバスだけでトルコまで来たら、初めてのヨーロッパがすぐそこにありました。

前回の話:

アジアの果てが見えてきた

ユーラシア横断の旅も、ようやく一区切り(ロンドンに行くまで終えられないけど、とりあえず)。

アジアの果てのイスタンブールまで、バスで行きます。

丘の上のトラブゾン。

トラブゾン、朝9時。

軽く散歩に出て、近くの売店でペプシを買いました。暑い朝に飲むコーラは美味い。朝食はサラミとチーズに、コーヒー。簡素だけど、こういう旅の朝食が好きです。

坂の多いトラブゾン。コーラを買いました。

親日おじさん

サムスンへ向かうため、バスターミナルへ。

歩いていると、あちこちから声をかけられます。どこから来た?何しに来た?「日本から来た」と答えると、ひとりのおじさんが「おお、日本か!そうかそうか!」と抱きついてきました。我がことのように嬉しそう。

噂通りの親日国。心地よい安心感がある。

トラブゾンからサムスンへ!

サムスン行きのバスは、定刻通り11時に出発。

快適すぎるトルコのバス

3列シートでUSB電源あり、冷房もよく効いているというハイスペックなバス。中央アジアのすし詰めマルシュルートカで文字通り「すし」と化していた頃と比べると天国でした。

いや〜快適!

車内サービスまであって、まずはインスタントコーヒーとお菓子が配られます。甘くて美味しい。もちろん無料。しばらく走ると、今度はジュースとクラッカー。至れり尽くせりとはこのことです。

車内サービスのお菓子とコーヒー。
トルコのバスはこんなサービスが良いのか!と驚く。

窓の外、左手には山、右手には黒海。

ジョージアと比べて、建物がぐっと立派になったのが面白い(さすが大国トルコである)。ヴァクフケビール、ギレスン、オルドゥ……。停まるたびに乗客が増えて、車内はワイワイと賑やかに。

バスの窓から見る黒海。
右側の席に座って正解だった!

トルコ、もっと早く来ればよかった

サムスンのバスターミナルは、巨大なドーム型の建物でした。明日のイスタンブール行きのチケットを確保してからホテルへ。

でっかいバスターミナルにテンション上がる。

1泊4,000円のビジネスホテルは、シングルの予約だったのになぜかダブルの部屋。受付のお兄さんもやたらと感じがいい。得した気分で、(窓の鍵が閉まらないなんて細かいことも気にせず、)荷物を置いて、さっそく街へ繰り出します。

夕方のサムスン。賑わっている!
色鮮やかな街でした。

黒海沿いの大きな街は、夜でも人がたくさん。

レストランに入ると、案の定「日本人?」と目を輝かせて歓迎されました。しまいには店員さん総出で一緒に写真を撮る始末。

 カメラをぶら下げていたので、
「撮って撮って!」とせがまれた。

注文したのはピデ、ケバブ、ナン、サラダ。
テーブルを料理で埋め尽くすと、9時間乗っていたバスの疲れもあって、がっつきました。

ケバブとサラダ。ボリューム感がわからず頼みすぎた。
ピデ!間違いのない美味しさ。

おいしい〜!

こんがり焼けたピデに、スパイスの効いたケバブ。紅茶をぐいぐいおかわりして、締めのプリンまで食べちゃいました。これで320リラ(1,500円)安い!

デザートにプリン。ねっとり濃厚でした。

物価は安い、飯は美味い、人は優しい。

トルコ、もっと早く来ればよかった〜陸路にこだわったせいで、こんな素敵な国に来るのがすっかり遅くなっちゃった。ちょっと損した気分。でも、5年かけて這ってきたからこそ、この夜があるのだ。

いよいよ旅の終着点、バスが壊れる

翌朝9時、イスタンブール行きのバスに乗り込みました。当時の日記には「いよいよ旅の終着点」と一言。

バスは海沿いから内陸の山道へ。青い空、乾いた丘陵。最高の天気の中を、快調に進んでいきます。

イスタンブール行きのバスから。

このまま夕方にはイスタンブールに着くはずでした。

ところが、サービスエリアでバスが動かない。

運転手たちがボンネットを開け、深刻な顔で覗き込んでいる。しばらくすると交通警察までやってきました。

こんな場所でバスが故障…

言葉がわからず状況が掴めずにいると、同乗していたキルギス人の青年が
「このバス、壊れたんだって。乗り換えないといけないみたい」。

お〜まじか。

よりによって、旅の終着点を目指すこの日に...

立ち往生、奢りのチャイをすすって開き直る

というわけで、サービスエリアで足止め。

暑かったので売店でジュースを買う。

代わりのバスがいつ来るのかもわからない。
ぼんやりと待ちます。

しばらくすると、バス会社のスタッフがチャイを配り始めました。故障のお詫びらしい。さすがはバス最大手Metro社。

熱いチャイを飲む。
周りには、暇そうに思い思いに時間を潰す乗客たち。

サービスエリアで2時間待ち。
チャイを飲む以外やることなし。

まあ、こういう状況を楽しめるようじゃないとな。

急いだところでバスは直らない。だったら、この待ち時間を味わおう。旅慣れてくると、こういう「開き直り」だけは身についてきます。

結局、代わりのバスが到着したのは14時。2時間ほどの足止めでした。さあ行こう、イスタンブール!

アジアの端まで来た

気を取り直して、代わりのバスで出発。

標識には「イスタンブールまで320km」。今回のゴールが具体的な数字になると、なぜかさみしくもある。

夕陽が丘に沈み、空がオレンジ色に染まっていく。素直にきれいだと思いました。20時頃、海が見えました。ヨーロッパが近い。いよいよ。

イスタンブールに着くのは夜か…

そして21時、イスタンブールアジア側のバスターミナルに到着。疲れ切ったままタクシーに身を委ねてカドゥキョイへ。

疲れ切ってホテルに入り、就寝。(晩ごはんを食べたかも思い出せず…)

ヨーロッパへ、最後の海峡は船で渡る

夏の朝のイスタンブール。

翌朝。カドゥキョイの桟橋から、フェリーに乗り込みました。

フェリーに乗ってヨーロッパ側へ。
風が気持ちいい。

上海からここまで、列車とバスで、地図上の線を繋いできました。その最後、アジアとヨーロッパを隔てる海だけを渡ります。

デッキに出て、遠ざかっていくアジア側を眺め、これまで通ってきた街を思い返します。

さらばアジア!

上海、西安、ウルムチ、伊寧、ナラティ、ホルゴス、ジャルケント、アルマトイ、タシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ、ヌクス、アクタウ、バクー、シェキ、シグナギ、トビリシ、バトゥミ、トラブゾン、サムスン、そして、イスタンブール。

船は15分ほどで、対岸に着きました。

プディングショップで旅人たちの続きに座る

まずはアヤソフィア。

ヨーロッパ側に到着。
船から降りたとき、ちょっとだけ感慨深かった。

まずは「アヤソフィア」をサクッと眺めて、そして向かったのは「プディングショップ」。

旅人の聖地「プディングショップ」

1960〜70年代、ヨーロッパから陸路でアジアを目指したヒッピーたちが集まったお店。ここへ来た理由はもちろん『深夜特急』で沢木耕太郎も訪れていたから。

期待して扉を開けると、案外、普通でした。

まあ、どこにでもある観光地のレストランでしたね。ちょっと拍子抜けしながら、名物のプリンを食べました。味はおいしい。

その後、モスクをちょっとだけ見学。
イスタンブール名物の猫にも挨拶。
トルコに来たからには魚料理を食べないとね〜

まとめ:陸路でイスタンブールまで来て思ったこと

ヨーロッパ側に着いた翌朝、イスタンブール旧市街のホテルの屋上に出るとアヤソフィアがよく見えました。

海も見えて、いい景色だな〜

眺めが最高なホテル。
気に入っちゃって、新婚旅行でイスタンブールを経由したときにも泊まりました。

上海からイスタンブールまで、列車とバスだけで来ました。移動距離は約9,000km。合計34日間。乗った乗り物の数は30以上。費用は22.5万円(航空券を除く)。 2018年〜2023年にかけて3回に分け、少しずつ旅をつなぎ合わせるように横断しました。

まとめると、やっぱり遠かった!

24時間以上鉄道に乗ったり、1日かけて国境を越えたり…めちゃくちゃ非効率でした。

西安→ウルムチ間の鉄道は26時間。
不思議なもので、こんな何でもない車窓ほど記憶に残っている。
中央アジアはマルシュルートカで駆け抜けた。
何度でも行きたいウズベキスタン。
(新婚旅行でも行きました。)

けれどそのおかげで、変わっていく景色をこの目で見ることができました。砂漠が草原になり、建物の形が変わり、文字が変わり、人の顔つきが変わっていく。そのグラデーションを味わえて、大陸が続いていることが実体験として理解できました。

ゴールのロンドンまでは、あともう少し。

また旅の続きをしにイスタンブールに来ます。次もバスに乗って。ロンドンまで行くつもりです。


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