【12月17日】キャンドルのとばっちり|みんはいアドベントカレンダー
カラスみたいだ、って言ってたよ。
そう聞いて、後のことは覚えていない。
私は寮の部屋に戻り、固めのベッドに仰向けになって、漆喰の塗られた天井を眺めていた。
いま、キャシーがいなくてよかった。
同室のキャシーは期末テストを終えると、早々に実家に帰ってしまっていた。寝ている以外は喋ったり歌ったり、笑ったりが止まらないキャシー。彼女がいないとこの部屋は空っぽみたいだって思うほど、寂しかったけれど。
けれど、いまは。
既に日は落ちて、部屋は藍色に溶けていた。
夜へ向かう空だけを映す窓は、しんと冷えている。
手前に置かれた机の上には、一本のキャンドルが立っていた。
ボアズがくれた、アドベントのカレンダー・キャンドルだった。素朴なキャンドルに、24までの数字が縦に並んで刻印されている。
「12月に入ったら、毎日、その日の数字のところまで火を灯すんだ。うちは、子どもの頃から毎年こうしてた。クリスマス・マーケットで見つけたから、ナオにもあげるよ。
あ、灯したまま忘れないように、気をつけて」
ナオはよく抜けてるからさ、と、ボアズは笑い、私は嬉しいのと恥ずかしいのと、なにかくすぐったいのが混ざって、たぶん、怒ったような顔になっていたと思う。
ボアズは、いつも優しかった。こちらに来たばかりの頃から、慣れずに戸惑う私を気にかけて助けてくれた。だからといって私が特別だという訳ではなくて、彼は誰にも分け隔てがなかった。「分け隔てなく」という言葉どおりの他人への接し方を、私は彼と出会って初めて知った。
「なのに、なんで」
少し尖ったつぶやきが、こぼれ落ちた。
なぜ、彼は私の髪を、この黒を、カラスみたいだ、なんて言ったんだろう。
ボアズの髪は、明るい栗色でふわりと軽い。
彼のヘーゼルの瞳は、光のもとで見える差し色のような緑色が綺麗で、できるなら、ずっと見ていたいくらいだった。
だから黒なんて、彼にはつまらない色なんだろうか。
キャシーは濃い赤毛で、瞳は薄いブルー。
スーザンはブロンドに、アンバーの瞳。
リオは強い癖毛にメッシュを入れて編み込んで、肌と同じ、濃いブラウンの瞳をもっていた。
「さっき、リオとボアズが話してたんだけど。
ボアズがね、ナオの髪はカラスみたいだ、って言ってたよ」
スーザンの言葉が思い出されて、ぎゅ、と、胸の奥が痛んだ。
見上げると、短く融けたキャンドルが窓の明かりに浮かんでいた。
芯の根元にうっすらと「17」が見える。
なんだか、八つ当たりがしたくなった。
私はベッドから起き上がり、昔ながらの重い木の椅子に腰をかけた。ボアズがキャンドルと一緒にくれたマッチを擦ると、吹き出すように拡がった火は、独特のつんとした匂いをさせながら、炎のかたちに落ち着いた。そっとキャンドルに火を移し、燃えさしを小皿に置く。
私はしばらくの間、机に頬杖をついて、揺れる灯火を眺めていた。
17の数字は、もう半分以上融けている。
すると不意に、子どもの頃のことを思い出した。
いつだったか、冬にひとりで、燃えるろうそくを見ていたことがあった。何か、悲しかった気がする。灯火を見るうちに、泣いて、それで、落ち着いたような覚えがある。
ひんやりとした床に腹這いになり、頬杖をついて、子どもの私は灯火を見ていた。
キャンドルが ぽろ とこぼした熱い滴
私の代わりに流したなみだ
ゆらふらりキャンドルの灯は揺らいでも
天にひかれてその手をのばす
あたたかな灯に誘われて泣いてみる
頬をくすぐり乾かすあかり
あの頃は髪の色が今よりずっと明るくて、小学校でからかわれていた。
そうだ、あの頃、私は黒い髪が欲しかったんだ。
すっかり、忘れていたけれど。
頬杖とおなじ高さのともしびがくれたぬくもり
たしかなひかり
脇に置いていた携帯が震え、私は我に返った。
光るディスプレイには、ボアズの名前があった。
「ごめん!」
通話にした途端に、ボアズのはっきりとした声が飛び出してきた。
慌てて耳に当てると、一呼吸おいて、彼の真っ直ぐな言葉がやってくる。
「スーザンに聞いた。ぼくの話をしたら、君が急に部屋に戻った、って。君を傷つけたなら、ごめん。でも、たぶん誤解なんだ」
彼の声が耳元で響く。いつも携帯ではテキストばかりだから、落ち着かない。近い。
「マサトにも聞いた。カラスは、日本ではイメージが悪い場合があるんだね。でも、北米では違うんだ。カラスといえば、賢い鳥。仲間を大切にする。ぼくの叔母さんは、決まったカラスに餌をやっていたら綺麗な石をお礼に持ってきた、って大事にしているし」
彼の一生懸命な話しぶりに、言葉を挟めない。
「聖書にも、追われて隠れている人に、カラスが食べ物を運ぶ話がある。良い鳥なんだよ。それにカラスは、」
少しの間があった。短く息を吸って、彼は言った。
「綺麗……、カラスは、綺麗なんだ」
綺麗、という一言を押し出してしまうと、後の言葉が続けて流れ出した。
「カラスの羽には艶があって、光の加減で紫にも、緑にも光る。ナオの髪は、それに似てるんだよ。
君の髪に光が当たると、光の端が緑色に見えるときがあって、それが、き」
「私の髪にも、緑色があるの?」
驚いて、私は思わず尋ねていた。
「あぁ、やっと喋ってくれた。ありがとう。そう、ナオの髪は緑に光るよ。カラスの羽にもある緑」
私は、怒っていない、と、彼に告げた。
普段の彼を知っていたのに、陰口だと受け取ってしまった自分が幼くて、恥ずかしい。でも、そのことを謝ることはできなかった。やっぱり子どもだ。
ボアズは、いつもの様子で誘ってくれた。
「よかったら、きょうのキャンドルは一緒に、ラウンジで灯さない?」
「あ、ごめんなさい、きょうの分はもう」
目の前で18の底まで融けている。八つ当たりなんて、するんじゃなかった。
「じゃあ、ぼくのをラウンジで灯そう。みんなもいるだろうし、おいでよ」
通話を切ってすぐに、私はキャンドルの火を吹き消した。溜まっていた蝋がはねて、ぽたぽたっ、と、机の上に固まりを作った。
細い廊下をいくと、ラウンジのほうからさわさわと人の気配が流れてきた。それは近づくほどにざわざわと密度を増し、ラウンジのドアを開けると、わっ、と膨れ上がるようにして私を包んだ。話し声、笑い声、軽快なアレンジのクリスマスソング、食べ物や炭酸飲料のにおい、皆でやりすぎ!と騒ぎながら巻いた、ちかちか瞬く色とりどりの電飾。暖房よりも皆から出ているような熱気は、暑いくらいだ。
中ほどのソファに、ゆるく手を上げたボアズを見つけて、ほっとする。
ヘーゼルの瞳が、にっこりと私に笑いかけていた。
集まっていた皆は、キャンドルを見て喜んだ。
スーザンが音楽を変えた。ここ数週で聴き慣れた、おだやかに繰り返す前奏。皆がめいめいにテーブルの周りに腰をかける。
明かりを消し、テーブルの真ん中に立てたキャンドルにボアズが火を灯す。sそして彼は、ソファに座る私の隣に体を沈めた。
ゆらり、ふらりと揺れながら、天へ向かって立つ、小さな灯り。
寒夜さえほほをゆるめるほのあかり
そして、私たちは静かに歌い出した。イヴのキャンドル・サービスのために練習していた、私にとっては、初めて覚えた讃美歌を。
ああ、聖なる夜!
星々はさやかにきらめく
この夜こそ 私たちの 尊い救い主が生まれる夜
長くも 罪と過ちに倒れ伏していた世界が 待ち望んでいた方
この方が現われ たましいがそのほんとうの価値を知る このときまで
すべての倦み疲れた者たちが歓喜する
ついにもたらされた この希望
ここから 新しく輝かしい朝が明けるのだ
チャペルの舞台で歌ったときよりも、「ひとつ」に感じる皆の声。
サビで声高らかにのぼり、ふわっと着地するように歌いきると――
誰かがくくっと笑い出し、途端に、可笑しさが私たちを支配した。
笑い声の洪水の中、誰かが電気をつけた。眩んだ目をゆっくりと開くと、皆が全身で笑っていた。
ただただ、可笑しくて、気恥ずかしくて、嬉しくて。私たちは笑い続けた。
色も形もさまざまなれど
灯すほのおはみな同じ
「わ、しまった!」
気がついたときには、ボアズのキャンドルは20日のあたりまで融けていた。
慌てて火を消した彼の情けない顔に、私はまた笑ってしまった。
さっき
私の髪に「も」緑色があるの、って聞いたのは
「あなたの瞳にも」ある緑色が
私にもあるのが、嬉しかったからだよ
いつか、言える日が来るだろうか?
けれど、いまは。
この笑い声の中にいるのが、心地よかった。
mi-ko4690さんの、素敵な企画に参加しました✨
可愛いヘッダー画像を見ながら、俳句、短歌、都都逸を、と作っていったらそれらが繋がり、物語になり、どんどん長くなり……💦短くまとめられず、すみません。。
読んでくださって、ありがとうございます。
皆さんのクリスマスにも、温かさと明るさが灯りますように。
曲は違いますが、私の好きなクリスマスのクリップを贈ります🎁
