名前の出ない仕事、顔の出る仕事
テクニカルライターという肩書きを名乗ってずいぶん経つけれど「テクニカルライターってなんですか?」といまだに聞かれる。
取扱説明書を書いてます、とこたえると、だいたいは、「ああ、取説!」と納得して、ひとによっては「そうか……取説って、誰かが書いてたんだ……まあ、そうですよね、はは」なんて返ってきたりする。
そんな仕事である。
現在は会社に属していないからわからないけれど、実際いまは人間ではなくAIが書いているかもしれない。
かつては、徹夜して体を壊しながら取説を作ったりしていた。
いまはきっとそこまでではないと思うけれど、そんなことをみじんも感じさせない取説のあのしずかな温度感がやっぱり好きだ。
けれど、さみしいこともある。
取説には、作った人の名前など記されない。
守秘義務もあるから「これは私が作りました」と外向きに言うこともできない。
いっしょうけんめいに書いていても、その向こう側に読んでる人がいることを、手触りとして感じることができない。
そもそも取扱をちゃんと読んでいる人なんて、どのくらいいるのか……
愚痴になる前にやめておくけれど、とにかくどんなに仕事が好きでも、こんなふうにモチベーションが下がる要因もある。
名前の出る仕事をしてみたい。
そう思ってはじめたのが、ウェブライターだった。まあ……反動である。
テクニカルの仕事は好きだけれど、認知されて、作品を連続して読みつないでもらえるという経験は私にとって新鮮で、単純にうれしかった。
SNSで言及されるようになり、書き手と作品が対になるという、これまでにないよろこびと責任の心地よさを感じた。
イベントの場に出れば、本を買い求めてもらったり、声をかけられてサインをしたり……取説を作っていてはぜったいに味わえないことで、ほんとうにありがたかった。
自分の書くものの向こう側には「読んでくれる誰かがいたんだ」と、ちいさな驚きとあたたかい手触りをともなった実感を、はじめて得ることができたのだった。
両方を経験してみて、どちらがいいわるいではなく、これからはどちらのいいところもほしい、というのが正直な思いだ。
ウェブライターは華やかで楽しいけれど、いつでも変わらずにあるテクニカルのたしかさは、強く私を支えてくれる。
どちらもほしいなんてよくばりだし、大それていると我ながら思うけれど……
そんなよくばりを叶えたいのは、いま書くことにこころを決め、どちらの大変さも引き受ける覚悟でいるからだ。
どちらも知っているからこそ、何か自分にもできることがあると信じたいからだ。
だからちょっとくらい夢見ても、ゆるして。
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