第1部_#3 優しさの処刑台
別の結婚、出産、そしてあまりにも早い破綻。
暗闇に堕ちた雪が求めたのは、やはり彼だった。
最果ての与那国島で再会した彼は、相変わらず穏やかで、豪快に笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、「もう、終わった」というあの決意が、足元から崩れた。
東京に戻った雪に届いた手紙は、「数ヶ月後に与那国島を出ようと思ってる。また会おう。」 という言葉だった。
東京で再会した彼は、嫌がる雪と子供を彼の実家へ連れて行った。
驚きながらも、温かく迎え入れてくれた彼のご両親。
しばらく経って彼は言った。
「俺に、3人で暮らすチャンスをくれないか?」
雪は、彼の言葉をそのまま信じた。
ライの責任を彼に負ってもらいたいなんて微塵も思っていなかった。
ただ、彼の光を、ライという新しい生命に映し出したい。
それが、どんな光なのか、想像するだけで興奮した。
彼は石垣島にアパートを借り、仕事を見つけ、雪とライを迎え入れる準備を整えた。
雪は1歳半のライを連れて、期待と希望だけを詰め込んで、石垣島へ渡った。
雪が「ここに家具が欲しい」と言えば、彼は廃材を器用に使い、かっこいいテーブルや棚を作ってくれた。
雪が「お風呂に浸かりたい」と言えば、シャワーしかない島のアパートに、わざわざバスタブを買ってきて据え付けてくれた。
「すごーい!ありがとう!」 雪はただ純粋に喜んだ。
彼の献身を、疑いようのない「答え」だと思い込んでいた。
ライともよく笑って遊んでくれた。
その優しさは、間違いなく本物だったと思う。
けれど、その裏側で彼が誰にも見せないノートに書き殴っていた言葉を、雪は知らなかった。
石垣島のアパートは、大きな窓が四面にあり、残酷なほど明るかった。
けれど、現実は甘くはなかった。
慣れない土地で、ライは熱を出し、夜泣きを繰り返した。
中耳炎の痛みで泣き叫ぶ我が子を抱き、一睡もできずに夜を明かす雪に、彼の冷徹な言葉が突き刺さる。
「母親はみんな大変だよ。雪だけじゃない。」
「……そうだよね」雪は孤独に耐えた。
「あ、ふーちゃん、帰ってきたよ〜おかえり〜」
雪はライに「ふーちゃん」と教えていた。
彼はボソッと、「なんで『お父さん』って教えないの?」と言った。
雪は、彼を現実の重荷で縛りたくなかった。
自由なままでいてほしかった。
そして、彼はつづけた。
「俺ってなんなの?」
(えっ……だって……大変だよ……逃げられないんだよ……)
「……ライの父親になる覚悟はあるの?」と聞く雪に、彼は答えを曖昧に濁した。
彼を不自由にしたくないという雪の思いは、彼にとっては『オマエはいらない』という冷徹な拒絶のサインだったことに、当時の雪は気づけなかった。
うつ伏せに寝転んだまま、灰色の声で、彼は言った。
「一緒に住む理由がない」
「たまに会う近所のおじさんでいい」
「離婚したんだし、俺がいなくても一人で育てるつもりだったんでしょ」
「俺は関係ない」
美しすぎる青い海に囲まれた島で、音も立てずに深く、深く沈んでいった。
つづく
▷ 第1部_#4 石垣島の孤独と脱出
この物語が、今どこかの暗闇で息を潜めている方たちの、そして自分を失いかけている「誰か」の救いになりますように。
この物語は、雪の視点で綴られたノンフィクションです。
登場する全ての方々が、今、それぞれの場所で自分なりの光を見つけていることを願います。
雪の不器用で必死な歩みに何かを感じていただけたら、「スキ」や「フォロー」、「コメント」で応援していただけると、とても心強いです。
『ソフトバンク黎明期・孫正義を唸らせるまで──35年間の全記録 真鍋 雪』
