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第1部_#4 石垣島の孤独と脱出


そんな日々が続いていた、ある日のことだった。

雪は、彼の、あのノートを見てしまった。
ページをめくった瞬間、雪の視界が真っ赤に染まった。

そこには、殴り書きの言葉が散らばっていた。

『ヤケクソ』
『好きでもない女』
『あんなに嫌いだったのに』
『自分が望むのとは逆の方へ進んでる』

心臓が、経験したことのない早鐘を打つ。

(私のせいだ。私が彼を縛り、彼の自由を奪い、人生をぐちゃぐちゃにしているんだ)
思考が、喉元を締め上げ、動悸となって雪を責め立てる。

雪は、自分がいることが彼の自由を奪っているという結論に、自分を追い込んだ。



その夜、雪は彼に聞いた。

「……あのノート……本当?」

彼は何も答えなかった。
ただ、大きく重苦しい音を立てて、畳の上にうつ伏せになった。
その背中は、はっきりと「拒絶」を語っていた。


長い沈黙の後、
彼は、畳の上にうつ伏せになったまま
喉の奥から、泥のような声を絞り出した。

「雪は好きじゃない。人間としても尊敬してない。」

雪の心臓を、正確に貫いた。


雪の心臓は「ドクドクドクドク」と狂ったように鳴り響く。
それは生命の鼓動ではなく、自分を内側から叩き壊そうとする暴力的な騒音だった。



石垣島の、残酷なほど明るい陽光が差し込む部屋で、雪は動けずにいた。

視線の先には、古新聞の片隅にある「精神科」の三文字。

(ああ、私はもう壊れてるんだ)

ただ砂を噛むような絶望だけが、喉を焼く。


この場に及んでも、彼に「助けて」と言いたくなる雪。

雪は、自分の存在そのものが彼に対する「罪」であるかのように錯覚していた。
あまりにも歪(いびつ)で凄惨な自己否定だった。


その時だった。
視界の端に、小さな命の揺らぎが見えた。

嵐のような静寂の中で、ライがスースーと無垢な寝息を立てていた。
小さな胸が、規則正しく上下している。

その瞬間、壊れかけた雪の脳内に、冷徹で鋭い光が走った。

この子を守るのは、私だ。
ここは綺麗だけど、私の場所はここじゃない。


翌朝、彼には何も告げず、ただライを抱きかかえ、家を出た。

着替えも、思い出も、なにもいらない。
今の自分に必要なのは、この子の未来だけだった。


石垣空港を離陸した機体が水平飛行に移るころ、雪は肺の奥に溜まっていた泥のような空気を吐き出した。

魂の奥からの、深い呼吸だった。

眼下には、言葉を失うほどの美しい真っ青な海が広がっていた。

飛行機は、かつての絶望と希望を置き去りにして、灰色に霞む東京へとまっすぐ進んでいた。


腕の中で、ライは泣いていた。
雪は、黙ってその背を撫で続けた。


あのとき、飛行機の中でライはずっと泣いていた。
後になって思えば、あの子の中耳炎はまだ治りきっていなかったのだと思う。

つづく。

▷ 第1部_#5 灰色の空へまっすぐに


この物語が、今どこかの暗闇で息を潜めている方たちの、そして自分を失いかけている「誰か」の救いになりますように。

この物語は、雪の視点で綴られたノンフィクションです。
登場する全ての方々が、今、それぞれの場所で自分なりの光を見つけていることを願います。

雪の不器用で必死な歩みに何かを感じていただけたら、「スキ」や「フォロー」、「コメント」で応援していただけると、とても心強いです。


『ソフトバンク黎明期・孫正義を唸らせるまで──35年間の全記録 真鍋 雪』



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