第1部_#5 灰色の空へまっすぐに
実家に身を寄せ、ようやく一息つけるかと思った雪を待っていたのは、信じがたい光景だった。
ファックスが、ガタガタと機械的な音を立てながら、紙を吐き出し続けている。
一枚。
二枚。
それは二十枚にも及んだ。
そこには、ふーちゃんの呪詛のような言葉が書き殴られていた。
自分の人生を「ヤケクソ」にしてまで雪を受け入れた彼が、その犠牲を台無しにされたことへの、凄まじい怒り。
かつての穏やかな「ふーちゃん」は、そこにはいなかった。
当時の雪には分からなかった。
けれど今なら思う。
あの二十枚は、彼なりの悲鳴だったのだ。
「俺だって苦しかったんだ」
ぶつける場所のない叫び。
あの「一緒に住む理由がない」も「俺は関係ない」も、
彼の中では、あくまで対等な「喧嘩」だったのだろう。
雪だって、ただ黙って聞いていたわけではないはずだ。
彼以上に強い言葉を投げ返した瞬間も、きっとあった。
なのに、それは雪の記憶から抜け落ちている。
何も残っていない。
ただ一つだけ。
「世界一かっこいい光」から放たれた、
――人間として尊敬できない
その言葉だけが、雪の心を占めて離れなかった。
数週間後。
石垣島から十四箱の段ボールが届いた。
雪がアパートに残してきた、荷物だった。
その中に、一通の手紙が入っていた。
ふーちゃんからの、静かな手紙。
『いつか、三人で会いたい。
おじさんとして、ライの成長を見守らせてほしい。
かっこいいおじさんになれるようにがんばる。』
その瞬間、雪の胸に溢れ出したのは、鋭い破片のような罪悪感だった。
自分の人生を「ヤケクソ」だと呪いながら、それでも彼は、雪とライを受け入れようと必死に足掻いていた。
ライと遊び、笑顔を向けてくれた。
その彼を、雪はひとりで逃げ出すという形で裏切ってしまった。
しばらくして、雪は返事を書き始めた。
「荷物届きました。
ふーちゃんがどんな気持ちで荷造りをしたのかを考えると、本当に申し訳なく思っています」
書き進めるうちに、胸が苦しくなった。
当時の雪には、自分が彼にしがみついていた自覚なんてなかった。
ただ、あの「世界一かっこいい光」を、真っ直ぐに信じていただけだった。
あの言葉は、嘘だったのか?
彼を責めたいわけではない。
ただ、本当のことを知りたかった。
自分は彼に多くを望み、追い詰めすぎてしまったのではないか。
罪悪感で胸をいっぱいにしながら、雪は書いた。
「ふーちゃんの気持ちが知りたいだけです」
けれど、その手紙がポストに入れられることはなかった。
実家へ転がり込んだ翌日から、現実が怒涛のように押し寄せた。
役所へ走り、住所変更と保育園の申し込みを済ませる。
一刻も早く、自分の足で立つための地盤を固めなければならなかった。
保育園が決まり、
雪は時給1000円の「図面引き」のバイトを始めた。
仕事の内容に興味なんてない。
今の雪にあるのは、ただ一つ。
ライを食べさせ、「呼吸ができる場所」を守ること。
雪は、ただの母親という名の野生に戻った。
その野生が、ソフトバンク黎明期の「王」孫正義の孤独な魂と共鳴することになる。けれど、それはもう少し先の話。
石垣島という監獄から、自分を救い出す旅が始まった。
(第1部・完)
第2部へつづく
▷ 第2部_#6 有明の巨大倉庫、眠れる野生の目覚め
この物語が、今どこかの暗闇で息を潜めている方たちの、そして自分を失いかけている「誰か」の救いになりますように。
この物語は、雪の視点で綴られたノンフィクションです。
登場する全ての方々が、今、それぞれの場所で自分なりの光を見つけていることを願います。
雪の不器用で必死な歩みに何かを感じていただけたら、「スキ」や「フォロー」、「コメント」で応援していただけると、とても心強いです。
『ソフトバンク黎明期・孫正義を唸らせるまで──35年間の全記録 真鍋 雪』
