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第2部_#16 父が遺した熱狂、孫正義の「GO」

「二ヶ月ですよね。できます!」

その直後、
あまりにも重い報せが届いた。

父が、亡くなった。


雪はすぐに、父のもとへ向かった。

静かに横たわる父を見て、
悲しいはずなのに、悲しくない。

どうしてかわからないけれど、
そこには物凄いパワーが満ちていた。

その無言のパワーが、
雪の体の中に流れ込んできた。

父は、
とにかくパワフルな人だった。
母が子どもを連れて
逃げ出さなければならないほど、
強すぎるパワーを持った人だった。

雪は、ライが生まれてから
父に会ったのは一度きりだった。
それが悔やまれた。

けれど、それ以上に、
目の前に横たわる
父の頭上から放たれる、
奇妙なほどに
激しいパワーに驚いていた。



お葬式の準備は、
知らないことだらけだった。
霊柩車のカーテン一枚で十万、
戒名は一文字で何十万も違うらしい。

奇妙な「商売」を
目の当たりにしながら、
雪の中では、
父からのパワーが
ぐつぐつと煮え立っていた。



そして、葬儀の当日。
代々幡斎場にいた雪の携帯に、
茹でタコ課長から連絡がきた。

『GO決定!』

「今、正式に孫社長のGOが出た」
と課長は自慢げに言った。

雪は、
お経のあとの会食を抜け出し、
汐留へ向かった。

一階のトイレで喪服を脱ぎ捨て、
鏡に映る自分を見た。

父のパワーなのか、
妙にギラついていた。


セキュリティゲートを抜け、
エレベーターに乗る。

席についた雪は、
明らかに周囲を圧倒していた。

そこにいるのは、
父を亡くした「遺族」ではない。
巨大な戦を前にした、
「何か」だった。


2ヶ月で完成させる。
その絶対的な制約が、
余計な装飾を削ぎ落としていく。

孫正義が求めている商売の熱狂、
「光の渦」。

表参道という、
世界が注目する一等地に、
誰も見たことがない携帯ショップ
『=Soft Bank』を出現させる。

おしゃれで、かっこよく、
キラキラして、高級感があり、
でも剥き出しの商売の渦が渦巻く。


通常は1店舗に1つのメインサイン。
雪は、これでもかと配置した。

原宿駅側からは下り坂、
表参道側からは上り坂。
どの角度から、
どの視線で歩く人も、
その「光」に吸い寄せられる。
新しい『=SoftBank』
を、認知してもらうのだ。

アパレルの
フラッグシップショップのような、
洗練された外観。
けれど一歩足を踏み入れれば、
そこは孫正義氏の
言葉が具現化した
「泥臭い商売の渦の熱狂」。



雪のマウスは止まらない。

しかし、
入れ替わり立ち替わり人が来て、
モニターを覗き込み、
「ここは、どうなってるの?」
と声をかける。

(あああー、今は答えられないーーー)

ボーダフォン時代から、
よく話す営業係長もやってきた。
小さな切り抜きを
大事そうに差し出して、
「トイレのタイル、こんな感じに貼りたいんだけど……」

(……え?)

思わず声が出そうになった。
(私は今、誰も見たことがないソフトバンクの大枠を削り出している、その真っ最中に、トイレのタイルの話はできない。)

「あ、はい。後で考えます。」
雪はそれだけ答え、PCに向き直った。



この頃、茹でタコ課長は自信満々だった。

「あっちは広告屋だ、俺は内装屋だー! 関係ねぇー!」
まことに課長らしい。

──くだらない。

(どっちだっていい、いいお店ができれば、それでいい。)
雪は思った。

「そんなことより、時間がない。」
「どっかの会議室、使わせて」

雪は、ノイズを遮断したかった。

茹でタコ課長にはできない。
だから課長なんだろう。


結局、
全員が並ぶ
ガヤガヤした平場の島で、
みんなと同じDELLのPCに向かう。

PCは遅い。
背後に人が立ち、電話が鳴り響く。

ガヤガヤ、
ワサワサ、
カチカチカチカチ。

(ああああ――)

その狂気の中。

3時間で、
表参道のデザインは完成した。


誰も想像しなかった。
ガラスと光でできた、
泥臭い商売の渦。


つづく。

無謀な二ヶ月を可能にしたのは?
第2部_#17 奇妙で歪な最強チーム


この物語が、今どこかの暗闇で息を潜めている方たちの、
そして自分を失いかけている「誰か」の救いになりますように。

この物語は、雪の記憶と視点に基づいており、
登場する組織や人物の描写は、その時の受け止め方によるものです。

雪の不器用で必死な歩みに何かを感じていただけたら、「スキ」や「フォロー」、「コメント」で応援していただけると、とても心強いです。


『ソフトバンク黎明期・孫正義を唸らせるまで──35年間の全記録 真鍋 雪』



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