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第2部_#13  汐留の密談と刺客


それから数日後、
真偽不明の噂が雪の耳に届いた。

──上層部の間では、
あの大手広告代理店の案に違和感があるらしい。


(でしょ、でしょ。)
雪は思わず、
心の中で小さく頷いた。


次の瞬間、
雪はもうDELLのPCの前に座っていた。

孫さんが、
あんなに純粋に圧倒的なエネルギーで説明していたのに、それが形にならないなんて、悲しすぎる。

雪は、
頼まれてもいない店舗デザインの資料を、
一心不乱に作った。


しかし、それは、サラリーマン社会では“権限外の行動”。つまり、勝手なことをしている人間という扱いになる。

雪は、勝手だと言われても気にしなかった。

(毎日、毎日、そんなことばっかりで、くだらない。)

そう思っていた。

孫さんのエネルギーを形にしたい。
いいお店が作りたい。

――雪の思いは、それだけだった。



雪は、できあがった資料を、
茹でタコ係長にしつこく説明する。

相変わらず
「うん、うん」しか言わない。
これが課長なのだ。

雪には、
なぜ見えないのかが、
不思議だった。


「できることやろうよ!」
「とにかく、取締役に見せてよ! 」
「大丈夫だから、大手広告代理店の案を気に入ってないんだから!」

「絶対ね、今日中だよ!」
そう言って、雪は家路を急いだ。


大手広告代理店。業界の“ドン”。
会議室の顔ぶれも、
雪でも知る超有名人ばかりだ。

雪なんか、
鼻息で吹き飛ばされるだろう。

でも、
孫さんの思いを形にするのよ。

課長よ、動いて――。


その日の夜、
課長は取締役のもとへ動いた。

そして、
取締役は――「決めた」のだろう。


翌朝、
課長は雪を空いている
会議室へ呼び出した。

そして小声で言った。

「買収された側の上層部は、数か月以内に全員クビになる。それが、こういう買収劇の「お約束」だ。」


課長は、
単語を途切れ途切れに話す。

「明日……取締役……会議……行く……」

「え? どういうこと?
暗号? わかんないよ」

雪は眉をひそめ、
課長の小声に耳をすませた。

課長はさらに声を落とし、
耳打ちした。

「………… ………… …………」

「え? 勝手に?」

「静かに、丁寧にだよ。
ヤクザだって丁寧だろ。」

「あ……うん。」
(なんで今、ヤクザ?)

「取締役が
状況が良くなかったら呼ぶから、
会議室に入って来いって。」

「えー、それって、『奇襲』?」
驚いて大声を出す雪。

「しっ。でっかい声出すなよ」
焦る、茹でタコ課長であった。



おおおお!

何かが起きる。

雪は心の中で叫んだ。


すごい……。

怖さと
面白さの入り混じった高揚感。
興奮が体を駆け巡る。


そして、雪は思った。
ここは決めるところでしょ!

急いで六本木ヒルズのエストネーションへ、奇襲用の新しい服を買いに走った。


取締役は、
確か、Jフォンの前――
ずっと前からいる
叩き上げのサラリーマンのはずだ。

それなのに、
こんなことを考えるなんて。

あの頃の取締役は、
きっと、「数か月以内にクビになる」
ある種の
絶望的な自由の中にいたのだろう。

だからこそ、
雪の資料を一瞬で理解し、
それを孫さんの前に
差し出すリスクを取った。

いや――それは、
取締役にとってリスクではなく、

彼なりの
孫正義への忠義
だったのかもしれない。

「孫さん。
あなたが求めているのは
『これ』でしょう?」

王の孤独を救うための、刺客。


そんな役割を、
自分に課したのかもしれない。

美しい。

――カッコ良すぎるでしょ。


雪は、このときまだ知らなかった。これが「表参道」という場所から、
これまでにない規模の嵐を呼ぶことになることを。


つづく

第2部_#14 汐留奇襲、孫正義への忠義


この物語が、今どこかの暗闇で息を潜めている方たちの、そして自分を失いかけている「誰か」の救いになりますように。

この物語は、雪の記憶と視点に基づいており、
登場する組織や人物の描写は、その時の受け止め方によるものです。

雪の不器用で必死な歩みに何かを感じていただけたら、「スキ」や「フォロー」、「コメント」で応援していただけると、とても心強いです。


『ソフトバンク黎明期・孫正義を唸らせるまで──35年間の全記録 真鍋 雪』




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