第2部_#15 孫正義−「看板屋できるんじゃないの?」
孫さんが言った、
「うん。」のあと。
旗艦店の三店舗は、
大手広告代理店プロジェクト
によって進められた。
雪は、看板屋。
——そりゃ、そうだよね。
1兆7,500億円。
孫さんが、
本気で相手にしてくれるはずもない。
それに、あの奇襲だって——
落ち着いて考えれば、
孫さんも、
よくわかっていなかったのかもしれない。
「なんだ? なんだ?」
と、呆気にとられて。
あの「うん。」も、
ただ、思わず、笑ってしまっただけ、
かもしれない。
そして、
旗艦店『=SoftBank』ショップが、
同時に3店舗オープンした。
非の打ちどころのない、
美しい“作品”。
けれど、それは——
孫さんの、
あの泥臭くて熱い
“商売の渦”ではなかった。
なんでだろう。
考えたくないのに、
考えてしまう。
そろそろ仕事はなくなるだろう。
雪は、スターバックスの
チーフデザイナーの友人に、
仕事の相談を始めていた。
そんな時、
「孫社長、全然、気に入ってないらしいよ。」
社内では、そんな噂を耳にした。
そして、舞台は本丸「表参道」へ。
表参道に出店を決めた
ソフトバンク、
大手広告代理店が提示したのは、
「ブランド構想に半年」。
半年も待てるわけがない。
一日も早く出店したい孫さん。
そして、孫さんは、
「看板屋、できるんじゃないの?」
と思ったらしい。
(雪は、この時まだ、「看板屋、できるんじゃないの?」を知らなかった。)
こうして、
副社長から店舗開発へと招集がかかる。
ここで課長は、課長らしい誤解をした。
雪に「三つの旗艦店の見直し資料」
を作らせた。
雪は、何も知らないまま、
はじめて会った副社長の前で、
「この三店舗はこうで……」
と説明を始めた。
副社長は恐ろしい形相で、
小刻みに体を揺らし、
苛立ちをあらわにしていた。
雪が、
不穏な空気を感じたその瞬間、
「うるせー!」
「そんなこと聞いてねぇー!」
部屋中に響き渡る怒号とともに、
雪のつくったプレゼン資料は、
宙を舞い、
三メートル先の床に着地した。
A3の紙が、
ゴミのようにバラバラと散らばった。
副社長は、課長を睨みつけた。
課長は顔を真っ赤にし、
壊れた蛇口のように汗を流していた。
雪は、床に散らばった紙を横目に、
(あれは、誰が拾うんだろう)
と思っていた。
「できるのか、できないのか、聞いてるんだー!」
副社長の怒号は続いた。
雪は、やっと、
表参道の話をしていることに気づいた。
答えられない課長。
……沈黙が続く。
沈黙を破ったのは、雪だった。
真っ直ぐに副社長を見て言った。
「二ヶ月ですよね。できます!」
は? 誰だコイツは?
副社長にとっては、
どこの誰だかわからない。
副社長は、初めて雪の顔を見た。
そして、震えている課長に、
ドス声が落ちる。
「……できるんだな」
生きてられないみたいな課長。
本当に怖いんだろうな、
かわいそう。
副社長室を出た課長は、
崩れ落ちるように、雪に言った。
「なんで『できる』なんて言うんだよ……
裏、取ってからだろう……」
「え?」雪は首をかしげた。
「なんで?」
「だって、私が絵を描くんだよ。」
「二か月でできる絵しか描かないもん。」
「だから、できるでしょ〜!」
課長は半分パニックになりながら、
急いで業者を呼んで、
現場へと走った。
雪は、
二ヶ月で完成させるための、
デザインを進めようとしたその時、
あまりにも重い報せが届いた。
つづく。
当時のソフトバンクは、「天下を取りに行く」ような熱量を持った野武士集団だった。対して、ボーダフォンから来た人たちは、どこかふんわりとした空気をまとっていた。
雪は、副社長の苛立ちが、わかる気がした。
まぁ、「投げなくてもいいでしょ。私が作ったのに」とは思ったけど。
明日は、▷ 第2部_#16 父が遺した熱狂、孫正義の「GO」
この物語が、今どこかの暗闇で息を潜めている方たちの、そして自分を失いかけている「誰か」の救いになりますように。
この物語は、雪の記憶と視点に基づいており、
登場する組織や人物の描写は、雪の受け止め方によるものです。
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『ソフトバンク黎明期・孫正義を唸らせるまで──35年間の全記録 真鍋 雪』
