オーシャン・ドッグス🌊勇敢な犬たちの船🛳️ 第35話:総理と官邸直轄
朝の会議室に、簡素なテレビの音だけが流れていた。
画面の中で、高杉サチエが静かに一礼する。
テロップは出ないが、誰もがわかる。

日本で初めての女性総理大臣が誕生した。
取材室の空気が一段落ち、記者の指がいっせいにキーボードへ戻る音が広がった。
高杉サチエは就任あいさつを終えると、記者席に向き直った。
「まず最初に。正式名称は0系シバ・シップ。
現場ではシバ・ゼロと呼びます。用途は救難、抑止、避難支援。指揮は官邸直轄、安全最優先です。国土交通省の特別登録に入れます」
拍手は短く、堅い。
それでも空気が1歩、前へ進む。
カメラが切れると、サチエは要点を重ねた。
「“災害”ではなく安全保障として扱います。
直視禁止は継続。基本は遠隔、反射、遮蔽。海保と自衛隊、自治体、民間の動線は、私のところで一本にまとめます」

神戸の工場。
シバ・ゼロの丸い額が、海へ出るための骨格に移されていく。
片桐ススムは図面台に体重を預け、鉛筆の角度をわずかに変えた。

「冷光束、前に言うてたプラズマ冷凍光線のことや。呼び名は短う“冷光束”で通す。光綱は足もとに張る守りの光や。そいつと冷光束はケンカさせん。拍を親や思て合わせる。つまり、アンちゃんの呼吸に機械を合わせるんや」
白いヘルメットの緑ラインが作業灯を受ける。
「シバ・ゼロの額は通りのええ形や。角を立てず、風と水を丸く撫で分ける。せやから機関にも無理させへん。回したら止まる、止めたら回る。そのリズムを船に覚えさす」
ルークは耳と肉球で振動を聴き、グリースペンで小さく印をつけた。

「ここ、今は頑張ってる音。もう1本、楽に回る通路を足そう」
リッチーは通信ラックの前で静かにうなずく。
喉元のマイクは低く、背のアンテナが青く点滅する。

「交信は息です。割り込まない、重ねない、置いていかない。海外回線は遅れても切らずに受け続けます」
あんこがタグを白く点滅させる。
「ブリッジの表示はシンプルで。数字は小さく、色も絞る。迷ったら止まるが最初」
りうくんは甲板図に指を滑らせた。
「犬だけで回せる導線にする。斜路は短く、手すりは多め。どの動線にも戻る道を入れる」
ルナは医療区画の棚を開閉しながら、順番を声にする。

「気道、出血、体温、痛み。順番は崩さない。投薬カードはひと目で。迷ったら観察に戻る」
アンは製図台の端で、静かに息を刻む。
「2つ吸って、1つ止めて、2つ吐いて。…うちらの拍に、船がついてきてる」
訓練は海保の特殊救難隊が担った。
プールではロープワークと担送。
港外の練習海域では、人を見失わない歩き方と、波の下で落ち着いたふりをしない練習。
ルーシーから受け取ったマーメイドバンダナは犬用の呼吸装置として機能し、チームはそれを装着して水中行動の基礎を積む。

教官が短く言う。
「水深60メートルまで潜ることがある。ルールは3つ。1つ、焦らない。2つ、戻る。3つ、ひとりにしない。守れないなら潜らない」
アンは水際で深呼吸。ルナが横で拍を刻む。
「2つ吸って、1つ止めて、2つ吐いて。いいよ」
りうくんは舷側で素早く結び、すぐ解く。
「速さより確かさ。指先で迷わん結び目を覚える」
リッチーは無線で外国語の確認。
「This is Shiba-Zero. Copy. Standing by」
言葉は短くて礼儀正しい。
空気を温めてから渡す。
ルークはポンプ音に目を細める。
「今のレンジ、気持ちええ。熱の逃げ道が生きてる」
リョーマは隊列の外側で海を睨み、吠えずに喉を鳴らす。

「迷うな。顔、上げちょけ。ここは道ぜよ」
あんこがタグ越しに全体を要約する。
「落水ゼロ。ライン均等。呼吸は2-1-2で安定。次の課題へ」
厳しい。
でも、折れない。
倒れたら支えて立ち、できたら短く喜ぶ。
それを何度も繰り返す。
つづく
