転シバ 第13話:転生動物を利用させるな
また……“あの夢”を見ましたの。
白衣の男たち、冷たい手、奪われる名前。
わたくしはただの柴犬──
でも、誰にもこの“記憶”は渡しませんわ。
家族として生きると決めた今、
わたくし──逃げませんの。
夜の静寂を破るように、アンちゃんが飛び起きた。
「……“回収対象”……? わたくしが……?」

息を荒げ、汗ばむ肉球を見下ろす。夢の中では、白衣の男たちが冷たい目で自分を囲んでいた。
背後には鉄格子、手術台の上には見覚えのある首輪。男たちは無機質に告げた。
「記憶保持、判定完了。対象、即時回収──」
(これは……ただの夢ではありませんわ。過去の、あるいは“実験”の記憶──?)
廊下の奥、スリッパの足音が近づいてくる。
現れた忍は、アンちゃんのうわ言を聞いていた。
「“回収”……だと……? まさか、C-0X作戦……」
忍の顔から一気に血の気が引いた。
あの夜の記憶が蘇る。白衣の男たち、燃え落ちる研究棟、そして──あの犬の瞳。
忍は無言で防犯モニターを起動し、早送りで映像を巻き戻す。
映ったのは、深夜1時20分。家の裏手の電柱に、一瞬だけ黒い人影。
次の瞬間、映像はノイズに包まれた。
「……監視用ドローンを起動。対象周辺に“目”を配置する……!」
周囲は眠っていたが、忍の頭脳だけは戦場にいた。
「またパパ、変なスイッチ入ってる……」
翌朝、あいこはため息をついた。
朝食の目玉焼きには謎の栄養強化粉末、新聞の代わりに諜報分析レポートが添えられている。
「これは作戦名“イエロー・ブレックファスト”。食後15分以内に体温上昇──」
「はいはい、黙って食べて!」
その一方、アンちゃんは庭の隅で鼻をひくつかせていた。
(この匂い……昨日まではなかった……これは“潜入者の痕跡”!)
テレビのニュースが偶然報じる。
「昨夜、近隣の保護動物センターで火災が発生。マイクロチップ未登録の動物が一時保護されていたとのことです──」
「……証拠隠滅ですわね」
アンちゃんがつぶやいたその瞬間、忍のスマホに着信が入る。
《コードB──フェーズ2、発動》
忍は画面を見つめながら、独り言のように呟いた。
「“フランソワ”が記憶を保持している限り、我々の秩序は崩れる。対象確保は最優先だ……!」
父と犬が、同時に動き出した。
その夜、リビングに一人残されたあいこは、ソファでスマホを取り出す。

画面には、深夜にもかかわらず動くグループLINE。
【チームあいこ🐾】
あいこ:「アンちゃん、最近なんか変。なんか、本当に“狙われてる”とか言い出して……」
ここ:「またパパのスパイ妄想?」
あいこ:「いや、今回は……違う気がする。アンちゃん、本気で……何かから逃げようとしてる気がして」
キムサク:「んじゃ、俺たちがアンちゃん守ればいいんじゃね?」
ここ:「やるじゃんキムサク」
あいこ:「えっ、ふたりとも……」
ここ:「アンちゃんのためやん。あの子、絶対タダモノじゃないけど……めっちゃいい子やし」
キムサク:「てか、あいつ俺の靴下隠してるのに、なんか憎めん」
あいこ(微笑みながら):「……ありがと。アンちゃん、幸せもんだな」
そのやり取りの後、あいこはスマホをぎゅっと握りしめる。
(アンちゃんが抱えてる過去、私たちは何も知らない。でも……知らないままで、いいはずない)
「守りたい。家族だもん、うちのアンちゃん──誰にも渡さない」
背後に忍が現れる。
「お前も、少しは勘が鋭くなったな」
「……パパ、黙ってて」
「……はい」
その頃──CODE-BOWWOW本部。
分裂する意見が飛び交っていた。
「転生個体は、ただ保護すべき命だ」
「いや、記憶保持個体は国家戦略資源。利用こそが最適解」
クロエが立ち上がる。
「フランソワ──あの柴犬は、記憶だけでなく“意志”を持っている。過去に囚われず、今を生きているんです。……彼女がいたから、私も……」
(──回収任務で初めて対面した、あの目。あの犬は、泣いていた……私を見て)
だが、Ωの冷笑がモニター越しに響く。
「情は不要。秩序こそが正義。“利用価値”がある限り、確保は必須だ。……あの夜のことは、忘れていないだろうな?」
モニターに映るΩの瞳は、炎のようにギラついていた。
「“フランソワ”だけは、俺が回収する。あれは……俺の“失敗”だからな」
そして命令が下る。
「第7区分、作戦フェーズ2を開始せよ──」
津村家の地下倉庫。

忍が鍵を差し込み、封印された装備を起動する。
「任務名──プロジェクト・ハートガード、発動だ」
備えられたガジェットは、かつて使われた諜報装備をペット用にカスタムしたものだった。
・ ステルス首輪(赤外線カット仕様)
・ 鉄骨センサー内蔵ハーネス
・ 自律ドローン“ワンコ1号”×3機
・ 肉球認証式のロック解除キー
アンちゃんが現れ、まっすぐに前を見据える。
「今度こそ……誰も失わずに済むように……わたくしが戦いますわ」
「……あの夜、俺は動けなかった。今度は──守るために動く」
父と犬、静かに頷き合う。

夜。庭の片隅で、アンちゃんが月を見上げていた。
「記憶とは……生きた証。でも、記憶があるからこそ苦しむこともあるのですわ……
けれど──誰かのために、その痛みを抱いても、わたくしは進みますの」
木の陰に、黒いスーツの男女が立っていた。
「対象“フランソワ”、観測完了。次の段階へ移行する」
――決戦の幕が、静かに上がろうとしていた。
To Be Continued…
