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不良柴アン 第1話:足元にいた名探偵

柴犬のアンは、かつて名探偵として数々の事件を解決してきた。けれど、ある悲劇を境に、人間を信じられなくなった。
そんな彼女が出会ったのは、不良少女、神原レン。
喧嘩っ早い。
でも、曲がったことが嫌いで、まっすぐすぎるくらいまっすぐな少女だった。
レンと出会い、アンは少しずつ心を開いていく。
孤独を抱えたふたりは、学園の抗争、暴走族、裏社会、国家の陰謀という、でかすぎる現実にぶつかりながら、それでも前へ進んでいく。
吠えることで、誰かを守る。
これは、魂の反逆と再生を描く、少女と柴犬の熱くて切ない青春バトルストーリー。
どんな困難が来ても、ふたりなら越えていける。
そう思わせるだけの熱が、そこにはある。

「正義とやらは、時にずいぶん勝手ですの」

「信じた人間に牙を向けられることなんて、世の中ではそう珍しくありませんわ」

「それでも、夜の隅っこで誰かが泣いていたら」

「見て見ぬふりなんて、やっぱりできませんの」



夜の商店街は、半分眠っていた。

閉まったシャッターが並び、開いている店だけがぽつぽつと明かりをこぼしている。

白い蛍光灯とネオンの赤や青が、濡れた路面の上でまざって、冷たい色の川みたいに揺れていた。

遠くで原付の音がして、すぐに消える。

どこかの換気扇が回りつづけ、コンビニ袋のこすれる音だけがやけに大きく聞こえる。

その夜の空気に、神原レンはひとりでよくなじんでいた。

ポケットに手を突っ込み、ガムを噛みながら、少しうつむいて歩く。

肩は開いているのに、心は閉じている。

そんな歩き方だった。

「あー、ほんまムカつく」

つぶやいた声は小さかったが、自分の耳にはちゃんと届いた。

放課後、担任とまたぶつかった。

きっかけは、ほんとうにどうでもいいことだった。

提出物がどうとか、態度がどうとか、そんな話だ。

でも、どうでもいいことに限って、人は人の心を雑に踏む。

怒鳴られた。

睨み返した。

机を蹴った。

そのまま教室を出た。

やってることだけ見れば、レンの方が悪く見えるだろう。

そういうのには慣れていた。

最初から、だいたいそうなる。

足が向いたのは、裏通りの角にある小さな店だった。

ドッグカフェ『ルビィ』

目立たない店だ。

古い木の扉に、小さなガラス窓。

窓辺には犬の形のクッキー缶。

看板の電球はひとつ切れていて、店の名前の最後が少し暗い。

数ヶ月前にも、レンはここに逃げこんだことがある。

逃げ場なんて言葉、ほんとは嫌いだ。

でも、あの店に入ると、胸の内側で暴れていた熱が、少しだけ座りなおす。

そんな妙な場所だった。

レンは扉を押し開けた。

カラン、と鈴が鳴る。

中は外よりずっとあたたかかった。

コーヒーの匂い。

焼いたクッキーの甘い匂い。

犬用クッションのやわらかそうな色。

小さな照明が、木のテーブルを丸く照らしている。

「いらっしゃいませ」

カウンターの奥から声が飛んできた。

店員のゆずきだ。

やさしい顔をした人だった。

でも、やさしいだけじゃない。

人のしんどさを見つけるのが、たぶんうまい。

「あれ、神原さん」

レンは言葉の代わりに、ひらっと片手を上げた。

「今日も顔が、世界にケンカ売ってる感じだね」

「今日もって何だよ」

「昨日もおとといも、ちょっとそうだった」

「細かく見すぎだろ」

そんなやりとりをしながら、レンはカウンター席に腰を落とした。

勢いよく座ったはずなのに、椅子がきしむ音がやけに大きく響いた。

そのときだった。

何かいる。

そう思って、レンは足元に目を落とした。

真っ赤な蝶ネクタイをつけた、小柄な赤柴がいた。

つやのある毛並み。

ぴんと立った耳。

黒くてまっすぐな目。

小さいのに、そこにいるだけで空気が変わる。

その柴犬は、レンをじっと見ていた。

ただ見ているだけなのに、見られている方の心が先にそわつく。

柴犬アンは、レンの足元までまっすぐ歩いてくると、ぺたんと座った。

それだけでも十分変だった。

でも、変なのはそこからだった。

アンはレンの膝のあたりをじっと見て、少しだけ首をかしげた。

鼻先が、ふっと鳴る。

まるで
なるほど、あなただったのですね
と言っているみたいに。

「何だよ」

レンは思わず言った。

「見すぎだろ、あたしの顔に何かついてんのか」

アンは目をそらさない。

その堂々とした様子に、レンの眉がぴくっと動く。

「何だよ、その態度。店の常連代表みたいな顔しやがって」

アンはまだ見ている。

「しかも無言かよ。圧だけは一人前だな、おまえ」

カウンターの奥で、ゆずきが息をのんだ。

「え」

その一文字が、店の空気を変えた。

「どうしたんだよ」

レンが振り向くと、ゆずきは本気で驚いた顔をしていた。

「アンちゃんが、自分から近づいた」

「それがそんなに珍しいのかよ」

「うん。すごく」

ゆずきはカウンターから出てきて、少し離れたところでしゃがんだ。

近づきすぎないように気をつける、その距離感がもう、アンの事情を語っていた。

「この子、他のお客さんにはほとんど近づかないの。人間が、ちょっと苦手で」

「へえ」

レンは口の端だけで笑った。

「見る目あるじゃん。あたしも人間はあんまり好きじゃねえし」

アンの耳が、ぴくっと動いた。

それは否定なのか肯定なのか、まだ分からない。

ゆずきは、アンを見てから、レンを見た。

「アンは、昔、探偵だったんですよ」

レンは片眉を上げた。

「探偵」

「ええ。しかも、ほんものの」

ルビィの店内に流れていた音楽が、ちょうど途切れた。

そのせいで、ゆずきの声はよけい静かに響いた。

「犬のために、人間が人を殺した事件があったんです」

レンは何も言わなかった。

軽口も出なかった。

ゆずきは言葉を選びながら続ける。

「アンはその事件の目撃者で、探偵として真相を見つけました」

「でも、真実を見つけた先で、この子は見てしまったんです」

「正義の名前を口にしながら、命を奪う人間を」

レンの指先が、ポケットの中で止まった。

「それからです。アンが吠えなくなったのは」

「人間に心を開かなくなったのも」

店の時計の秒針が、こつ、こつ、と鳴る。

レンは足元を見た。

アンは、さっきからずっとそこにいた。

逃げない。

媚びない。

でも離れない。

その姿が、妙に胸にひっかかった。

「でも」

ゆずきが言った。

「もしかしたら、この子の中にはまだ、誰かを信じたい気持ちが残っているのかもしれない」

レンは鼻で笑おうとして、少し失敗した。

「知らねえよ、そんな重い話」

そう言いながらも、リュックのジッパーを乱暴に開けた。

「気が向いたなら、ついてくれば」

ぶっきらぼうに言った、そのひと言。

アンは、瞬きひとつせず立ち上がった。

すっとレンの足元に並ぶ。

迷いのない歩幅だった。

レンが一歩出る。

アンも一歩出る。

まるで最初から、そうする約束だったみたいに。

こうして始まった。

名探偵だった過去を背負いながら、もう一度、誰かと歩き出す小さな柴犬の物語が。

そして、不良少女の新しい日々もまた、静かに、でも確かに動き始めた。

レンがアンを連れて帰った夜は、空まで機嫌が悪かった。

雲が低い。

ネオンがにじむ。

信号待ちの車のライトまで、どこか疲れて見える。

レンの部屋は、古いアパートの二階にあった。

階段はぎしぎし鳴るし、玄関のドアは閉めるたびに少し引っかかる。

広くもない。

しゃれてもいない。

でも、誰にも気をつかわなくていい場所だった。

「ほら」

レンはコンビニ袋からフードと水を出して、古い皿に盛った。

皿のふちが少し欠けている。

それでも洗ってあって、ちゃんと使われている皿だった。

アンは黙ってそれを見ていた。

見ているだけで、口をつけない。

「何だよ。食わねえのか」

レンはしゃがみこんで、アンと目を合わせた。

「こういう時、ふつう犬ってもっとがっつくもんじゃねえの」

アンはまだ食べない。

黒い目は深かった。

怒っているわけでもない。

怖がっているわけでもない。

ただ、その奥の奥に、簡単には手を伸ばせないものをしまっている目だった。

レンは首輪の名札を見た。

ANN

アルファベットの文字を見て、口をへの字にする。

「アン、ねえ」

「名乗るくせにしゃべんねえのかよ。探偵なんだろ、おまえ」

返事はない。

「ていうか、おまえ絶対ふつうの犬じゃねえよな」

返事はやっぱりない。

「まあ、あたしもふつうの人間じゃねえってよく言われるし、おあいこか」

そこでやっと、アンの鼻が小さく鳴った。

「何だよ。今の、ちょっと笑ったのか」

レンは思わず言って、それから自分で変な顔になった。

犬にツッコミを入れている自分が、一番よく分からなかった。

夜になっても、レンはなかなか眠れなかった。

布団に入っても、昼の担任の顔が浮かぶ。

教室の空気も、窓の外の色も、机を蹴ったときの音も残っている。

むかつきはある。

でも、それだけじゃない。

疲れの芯みたいなものが、胸の真ん中に居座っていた。

そのとき、足元に気配がした。

顔を向けると、アンが布団の端に座っていた。

じっとしている。

でも、ただ立っているのとは違う。

ここにいる

そう言われた気がした。

「何だよ」

レンは布団の中で眉をひそめた。

「今さら懐いてんのか」

寝返りを打つ。

アンは小さく身体を丸めた。

顔を伏せる。

でも、部屋から出ていかない。

尻尾が、ぴくっと動いた。

レンはしばらくそれを見ていた。

「他人が怖えの、あたしも同じだ」

ぽつりとこぼれた声は、昼間のレンよりずっと小さかった。

「だから来たのか、おまえ」

アンは答えない。

でも、動かない。

同じ夜を見ている。

同じ部屋の空気を吸っている。

それだけで、言葉より先に伝わるものがあった。



翌朝。

空気は冷たくて、まだ完全には明るくない。

レンは制服を着ず、黒いパーカーを羽織って学校の裏門へ向かった。

リュックの口から、アンがちょこんと顔を出している。

「こんな朝から誰かと歩くとか、笑えるな」

レンがぼそっと言うと、アンはちらっと見上げた。

「何だよ。今のは独り言だ」

学校の裏庭には、もう先客がいた。

フェンスにもたれて、ノートパソコンを膝に置いているのはルカだ。

細い指が、朝からすごい速さでキーボードをたたいている。

「おはよう、レン先輩」

眼鏡の奥の目が、リュックを見た。

「その子がアン?」

「ああ。勝手についてきた」

「勝手についてくる犬って、なかなか強いね」

「責任とらされた感じだよ」

ルカは少し笑って、アンを見つめた。

「あのアンが人間を警戒してたって、ゆずきさんから聞いてたけど」

「警戒してるだけじゃなくて、もうどっか諦めてんだろ」

レンは前を向いたまま言う。

「あたしと同じでさ」

ルカはその横顔を見た。

何か言いかけて、言わなかった。

そういうところが、ルカだった。

レンの地雷を知っていて、踏まずにそばにいる。

それができる、数少ない友達。

昔一度、レンの喧嘩に巻き込まれて、ひどい目にもあった。

それでも離れなかった。

そこへ、バイクのエンジン音が朝を引き裂いた。

「おーっす!」

スカジャンをひるがえして現れたのはマキだ。

肩にはスパナ。

脇には小さなシーズー。

情報量が多すぎる登場だった。

「うわ、マジで柴犬じゃん! レン先輩、ついにペット飼う時代来た?」

「来てねえよ。勝手についてきたんだって」

「ふーん」

マキはしゃがんで、アンの目をのぞきこんだ。

「でもこの子、すげえな。目つきが先輩に似てる」

「うれしくねえ」

「いや、ほめてる。見抜いてる感じがさ、そっくり」

アンはマキをじっと見返した。

その視線に、マキは一瞬だけ笑いを引っこめた。

アンの目は、表面だけを見ない。

人の中まで見にいく目だ。

マキは昔、レンと本気で殴り合ったことがある。

引き分けだった。

そこから妙な信頼が始まった。

「まあいいや」

マキは立ち上がる。

「うちら問題児トリオだし。犬一匹増えたところで誤差だろ」

「誤差の単位おかしいんだよ」

レンが言うと、マキはけらけら笑った。

その瞬間だった。

アンの耳が、ぴくりと動いた。

鼻先が風を切る。

顔つきが変わる。

レンも気づいた。

何か聞こえる。

風にまぎれて、遠くから細い悲鳴みたいな声が流れてきた。

アンはもう、そっちを見ていた。

「何だよ、その顔」

レンが言う。

「泣いてるやつの匂いでもしたか」

アンは前をにらんだまま動かない。

「分かったよ」

レンはリュックのファスナーを開けた。

「行くか」

そのひと言で、アンは飛び出した。

「え、ちょ、どこ行くの!」

ルカが端末を抱え直す。

「知らねえよ。でもこの犬が走るなら、あたしも走る」

マキがスパナを肩に担ぎなおす。

「いいね、それ。朝から運動会だ」

「そういうテンションじゃない」

「でも行くんだろ」

「行く」

不良少女と名探偵犬が、朝の街を駆け出した。

そのあとを、ルカとマキも追う。

誰かが泣いているなら。

誰かが追いつめられているなら。

まだ始まったばかりのこのチームは、たぶんもう、止まれなかった。

悲鳴のした方へ走る。

朝の風が頬を打つ。

住宅街を抜ける。

フェンス沿いの道を曲がる。

工事現場跡地が見えてきた。

人気のない場所だった。

鉄骨がむき出しのまま残り、ブルーシートが風にばたついている。

転がった空き缶が、誰かの靴に蹴られて小さく鳴った。

「いた」

ルカが端末をのぞきこみながら言った。

動体検知の画面に、人影が映っている。

工事現場の奥。

金属バットを持った不良男子が数人。

その真ん中に、壁に追いつめられた男子生徒がいた。

肩が震えている。

制服の胸元をつかまれ、逃げる場所もない。

声が出ないまま、目だけが助けを探していた。

「カツアゲかよ」

レンが吐き捨てる。

「時代止まってんのか。ダサすぎて逆に泣けるわ」

だが、そのときにはもうアンが前に出ていた。

フェンスのすき間をくぐる。

小さい身体が、すっと現場に滑りこむ。

「ちょ、アン!」

レンが止めるより早く、アンはまっすぐ不良たちの前に出た。

そして、怯える男子生徒と不良たちの間に立つ。

小さい背中だった。

でも、そこに通してはいけない線を引くには十分だった。

アンは低く唸った。

吠えない。

ただ睨む。

静かな警告だった。

「何だこの犬」

不良のひとりが鼻で笑った。

バットを持ち直し、嫌な顔でアンを見下ろす。

「犬がしゃしゃり出てくんなよ。ウチの犬も言うこと聞かなくてさ」

口の端をゆがめる。

「殴ったらすぐ従うようになったぜ。コツはな、まず腹に一発」

その言葉が最後まで出る前に、空気がひっくり返った。

「てめえら」

レンの声だった。

低い。

でも火が入っている。

次の瞬間、レンの蹴りが不良の手元のバットをはじき飛ばした。

金属音が響く。

「口たたく前に、てめえがたたき直されろ」

「はあ!? 何だよおまえ!」

「女かよ!」

「しかも犬連れ!?」

不良たちがわめく。

レンはアンの横に立った。

肩が怒っている。

目がまっすぐ燃えている。

「アンが怒ってんだよ」

レンは言い切った。

「人間のフリしてるクズどもにな」

ひとりが殴りかかる。

「アン、右!」

レンの指先が動く。

アンは地面を蹴った。

するりと足元に潜りこむ。

不良の足がもつれる。

体勢が崩れる。

そこへ、レンの膝蹴りが叩きこまれた。

「ぐっ」

「よそ見してんじゃねえよ」

背後から別の不良が動こうとしたその時、頭上に影が落ちた。

「はい、そこまで」

マキだった。

スパナを肩に担ぎ、脇にシーズーを抱えたまま、やたら堂々と立っている。

「おまえらがやってんの、ただの弱いもんイジメ」

マキは鼻で笑った。

「ウチのシーズーでも、おまえらの根性には勝てるわ」

シーズーは腕の中で、きょとんとしていた。

たぶん何も分かっていない。

でも、そこが逆に強かった。

「何だおまえら、ふざけ」

その横で、ルカがすっと端末を持ち上げる。

無表情。

でも目は冷たい。

「顔、ちゃんと撮れてるよ」

画面を軽く見せる。

「録画中。時間も場所も残ってる」

「送信先、先生にする? 警察にする? それとも親?」

その言い方が静かすぎて、逆に怖い。

レンが腕を回して不敵に笑う。

「選べよ」

「逃げるか、ボコられるか、通報されるか」

「朝からサービスいいだろ。好きなの選ばせてやる」

ほんの数秒、誰も動かなかった。

それから一気だった。

不良たちは、蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ出した。

転びそうになりながら、バットも拾わず走っていく。

「うわ、ダサ」

マキが言う。

「すげえ。ほんとに全部置いてった」

「置いてっていいのは宿題だけにしろって感じだな」

レンが言うと、マキが吹き出した。

その声で、張りつめていた空気が少しだけゆるむ。

残されたのは、壁際に立ちすくむ男子生徒だった。

顔が青い。

呼吸が浅い。

今にもへたりこみそうだ。

アンは、ゆっくりその子に近づいた。

驚かせないように。

責めないように。

鼻先でズボンの裾を、ちょんとつつく。

男子生徒は目を見開いた。

それから、つまっていた息をひとつ吐いた。

「ありがとう」

声が震えていた。

「犬にも、きみにも」

レンは一瞬だけ表情をゆるめたが、すぐにそっぽを向いた。

「礼なんかいい」

「こいつが勝手に動いただけだ」

アンはレンの足元に戻って、静かに座った。

その横顔はまだ遠くを見ていた。

でも、さっきまでとは少し違う。

ただ警戒している犬の顔じゃない。

守った者の顔だった。

朝の空の向こうから、どこかで犬の遠吠えが聞こえた気がした。



帰り道は、来た時より少しだけ長く感じた。

朝の光が広がりはじめている。

静かな道に、足音が重なる。

レン。

ルカ。

マキ。

柴犬のアン。

シーズーのモモ。

人間3人に犬2匹。

見た目だけ言えば、なかなか変な集団だった。

「なあ」

しばらくして、レンが口を開いた。

「あんたさ」

アンは黙って前を歩いている。

赤い蝶ネクタイが、風に小さく揺れる。

「ほんとに探偵だったのかよ」

返事はない。

でも、レンは続けた。

「あたしも昔さ、犬だけは裏切らねえって思ってた」

ポケットに手を突っ込んだまま、前を見て言う。

「人間より、ずっとマシだって」

「だけど、いなくなったんだ」

その声に、少しだけ湿り気が混じる。

「置いてかれた」

ルカもマキも、何も言わない。

「それからは、誰にも期待しなくなった」

「殴るか、無視するか。その方がラクだろって、そう思ってた」

そこで、アンが立ち止まった。

くるりと振り返る。

じっとレンを見上げる。

「何だよ」

レンが言う。

でも、その声にはもう最初のトゲだけじゃないものが混ざっていた。

アンは、少しだけ首をかしげた。

小さく鼻を鳴らす。

そして。

口を開いた。

「わたくしも」

その声に、全員が止まった。

マキの目が丸くなる。

ルカの眼鏡がずれる。

シーズーのモモは何も分からずあくびをした。

「わたくしも、信じていた者に裏切られたことがございますの」

アンは静かに言った。

その声には怒鳴り声なんていらなかった。

小さいのに、まっすぐ胸に届く。

「だからこそ、もう信じない方が楽だと、何度も思いましたわ」

「けれど」

アンはレンを見つめる。

「今日また、誰かを信じてみようと思えましたの」

「あなたが、走ったからですわ」

レンの目が見開かれる。

「は」

それしか出ない。

「だって、かっこつける時の足だけは、やたら速かったですもの」

アンが真顔でつけ足した。

マキが吹き出した。

「そこ言う!?」

ルカも口元を押さえて笑う。

レンは耳まで赤くなった。

「何だよそれ!」

「感動の流れぶち壊すな!」

「事実を申し上げただけですの」

「しかも語尾が上品なのがむかつく!」

アンは、ふっと鼻を鳴らした。

それはきっと、この子なりの笑いだった。

ルカがぽつりと言う。

「でも、似てるかも」

「は? どこが」

「噛みつき方」

「おい」

「あと、ほんとは見捨てられないところ」

その言葉に、レンは言い返せなかった。

マキが肩をすくめる。

「へえ。あのアンがレン先輩になつくとか、もうこれは運命だな」

「飼っちゃいなよ。責任とって」

「誰が飼うか」

言いながらも、レンの視線は足元のアンに落ちる。

小さな体。

赤い蝶ネクタイ。

しれっとした顔。

なのに、さっき誰より先に前へ出た背中。

レンは少しだけ口元をゆるめた。

「なあ、アン」

アンが顔を上げる。

「あたしと一緒に来るか」

アンは答えない。

ただ、レンの横に並ぶ。

そして、同じ歩幅で歩き出した。

それが返事だった。

レンは笑った。

今度はちゃんと、笑った。

「気に入った」

少し照れくさそうに、でも胸を張って言う。

「今日からおまえは、不良柴アンだ」

「何ですの、その、勢いだけで決めたみたいなお名前は」

アンが即座に返す。

マキが腹を抱える。

「やばい、会話成立してる!」

ルカも笑う。

「でも、ぴったりかも」

朝の細道に、ふたつの影が並んで伸びていく。

傷ついた少女と、心を閉ざしていた柴犬。

でも、もう前より少しだけ違う。

ひとりじゃない。

守りたい誰かができた者は、前より強い。

アンの尾がふわりと揺れた。

その先に、新しい日々が待っている。

学園の抗争も。

暴走族も。

裏社会も。

国家の陰謀も。

この先、きっと楽な道ではない。

それでもいい。

夜の隅で泣く誰かがいるなら。

この少女と柴犬は、きっと走る。

何度でも。

何度だって。

自分が信じたいものを、最後まで守りぬくために。

To Be Continued…