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【AIに仕事を奪われるコンサルタント】第11章 最初の問い合わせ

新しいチラシが配布されたのは、翌週の水曜日だった。

木暮家具の商圏に合わせて、新聞折込とポスティングを組み合わせた。
ホームページのトップコピーも同じ方向で差し替えた。

ネットで家具を買って、失敗したくない方へ

佐伯亮介は、その文字が入ったチラシの完成品を事務所の机に置いていた。

何度見ても、前回の案とは違っていた。

前回のチラシ案は、きれいだった。

高品質な家具をお探しの方へ。

悪くはない。
ただ、どこか他人事だった。

今回のチラシは違う。

ネットで家具を買おうとしている。
でも、座り心地が分からない。
サイズが合うか不安。
部屋に合うか分からない。
安いものを買って後悔したくない。

そう感じている人に向けて、まっすぐ話しかけている。

コンサルタントの佐伯は、チラシを見ながら思った。

この言葉は、自分が作ったのではない。
お客様の声から見つけたものだ。

しかし、チラシを配ったからといって、すぐに電話が鳴るわけではない。

一日目。

社長の慎也から連絡はなかった。

二日目。

ホームページのアクセスは少し増えたが、問い合わせはまだない。

三日目。

佐伯は何度もスマホを確認した。

仕事のメールを返しながらも、どこか落ち着かない。

自信はあった。

前回とは違う。
お客様の声をもとに作った。
木暮家具の本当の価値を言葉にできた。

そう思っていた。

だが、反応が出るまでは、やはり怖かった。

もし、これで反応がなかったらどうする。

お客様の声を使ってもダメだったら。
アンケートを取っても成果につながらなかったら。
慎也やスタッフに期待させただけで終わったら。

佐伯の中に、また不安が戻ってきた。

AIに似た提案しかできなかった自分。
その不安から抜け出すために、お客様の声に向き合った。
しかし、販促は結果がすべてだ。

どんなに考え方が正しくても、問い合わせにつながらなければ、クライアントにとって意味はない。

佐伯は、机の上のチラシを裏返した。

見ていると、逆に落ち着かなくなる。

その日の夕方、スマホが鳴った。

画面には、木暮慎也の名前が表示されていた。

佐伯は、一瞬だけ息を止めてから電話に出た。

「佐伯さん」

慎也の声は、少し弾んでいた。

「問い合わせが入りました」

佐伯は、椅子から少し身を起こした。

「本当ですか」

「はい。チラシを見た方からです」

佐伯は、ペンを手に取った。

「どんな方でしたか」

「五十代くらいの女性です。今使っているソファを買い替えたいそうなんですが、最初はネットで探していたらしいんです」

佐伯は、黙ってメモを取った。

慎也は続けた。

「でも、画面で見ても座り心地が分からないし、サイズも部屋に合うか不安だったそうです」

佐伯の手が止まった。

チラシに書いた言葉そのままだった。

慎也の声が少し震えていた。

「その方が、電話でこう言ったんです。『チラシを見て、自分のことだと思いました』って」

佐伯は、しばらく何も言えなかった。

自分のことだと思いました。

その一言が、胸の奥に深く届いた。

広告の目的は、それだった。

「当店は高品質です」と言うことではない。
「地域密着です」と言うことでもない。
「丁寧に対応します」と言うことでもない。

読み手が、
「あ、これは自分のことだ」
と思うこと。

そこから、広告は始まる。

慎也は続けた。

「その方、すぐ買うかどうかはまだ分からないそうです。でも、相談だけでもできますかって。今週末に来店予約を入れてくださいました」

「よかったです」

佐伯は、それだけ言うのが精いっぱいだった。

電話の向こうで、慎也が小さく笑った。

「父にも伝えました。そしたら、『やっぱり座り心地は大事だからな』って言ってました」

佐伯も笑った。

慎也は続けた。

「でも、父も少し驚いていました。『チラシを見て自分のことだと思った』なんて、今まで言われたことがなかったので」

佐伯はうなずいた。

「それは、お客様の悩みから入ったからです」

「はい。今なら分かります。前の『高品質な家具をお探しの方へ』だったら、この方は電話してこなかったかもしれません」

佐伯も同じことを思った。

その女性は、高品質な家具を探していると自覚していたわけではない。

ネットで買うのが不安だった。
座り心地が分からず迷っていた。
部屋に合うか心配だった。
失敗したくなかった。

その気持ちにチラシが触れた。

だから、電話が鳴った。

佐伯は慎也に言った。

「来店されたら、ぜひ丁寧に話を聞いてください。そして、可能であればまた『A4』1枚アンケートをお願いしてください」

「分かりました。今回のお客様の声も聞いてみます」

電話を切ったあと、佐伯はしばらくスマホを握ったまま座っていた。

大きな成果ではない。

まだ、一件の問い合わせだ。
売上になったわけでもない。
予約が入っただけだ。

それでも、佐伯には大きかった。

AIと同じだと言われた提案から始まった。
自信を失い、過去の成功まで疑った。
その後、お客様の声を集め、読み解き、広告を作り直した。

そして今、チラシを見た人が「自分のことだ」と言って問い合わせてきた。

それは、佐伯にとって単なる反応以上の意味があった。

自分の仕事は、まだ終わっていない。

ただし、今までと同じ仕事ではない。

一般論をきれいに説明する仕事ではない。
社長の言葉を整えるだけの仕事でもない。
AIが出した答えを少し直す仕事でもない。

お客様の声を集め、そこから広告の入口を見つける仕事。

読み手が「自分のことだ」と感じる言葉を探す仕事。

それが、佐伯が取り戻し始めた仕事だった。

佐伯は、ノートを開いた。

そして、新しいページに書いた。

反応する広告は、売り手の主張からではなく、買い手の悩みから始まる。

その下に、もう一行書いた。

お客様の声は、広告の入口を教えてくれる。

その文字を見ながら、佐伯は木暮家具の最初の商談を思い出した。

慎也に言われた言葉。

「木暮家具だからこそ、何を言えばいいのかを知りたいんです」

その答えは、佐伯の頭の中にはなかった。
AIの中にもなかった。
社長の思い込みの中だけにもなかった。

実際に買ったお客様の声の中にあった。

その日の夜、慎也からメールが届いた。

件名は、
本日の問い合わせについて

本文には、電話で聞いた内容がもう少し詳しく書かれていた。

問い合わせた女性は、マンションのリビングに置くソファを探していた。
ネット通販でいくつか候補を見つけたが、座り心地とサイズ感が不安だった。
大型店にも行ったが、広すぎてどれを選んだらいいか分からなかった。
チラシの「ネットで家具を買って、失敗したくない方へ」という言葉を見て、自分に向けて書かれているように感じた。

メールの最後に、慎也はこう書いていた。

佐伯さん、今回初めて、お客様の声から広告を作る意味が分かった気がします。
これは、AIに相談しただけでは出てこなかったと思います。

佐伯は、その一文を何度も読み返した。

正確には、AIでもコピーは作れる。
実際、今回もAIを使った。

だが、AIに入れる材料が違った。

一般論ではなく、お客様の声。
会社側の強みではなく、買った人の悩み、不安、決め手。

だから、出てくる言葉が変わった。

佐伯は、返信を書いた。

木暮慎也様
ご報告ありがとうございます。
今回の問い合わせは、木暮家具様のお客様の声から見つけた言葉が、同じ悩みを持つ方に届いた結果だと思います。
引き続き、来店時のお話も大切に聞いてみてください。
次の広告改善にも活かせます。

送信してから、佐伯は椅子にもたれた。

以前の自分なら、この問い合わせを「コピーが当たった」と考えたかもしれない。
「チラシの反応が出た」と喜んだかもしれない。

今は違う。

これは、コピーの勝利ではない。

お客様に聞いたことの勝利だ。

その声を集め、読み解き、広告に変えたプロセスの勝利だ。

佐伯は、机の上に置いていた「A4」1枚アンケートの本を見た。

たった五つの質問。

だが、その五つは、佐伯の仕事の意味を変え始めていた。

AIに怯え、一般論しか語れない自分に気づいた。
そこから抜け出すために、派手な新技術ではなく、お客様に聞くという原点に戻った。

その結果、一人のお客様が動いた。

大きな数字ではない。

しかし、確かな一歩だった。

佐伯は、ノートに最後の一行を書いた。

AI時代に必要なのは、答えを早く出す力だけではない。
答えのもとになる声を、正しく聞く力だ。

その一行を書き終えたとき、佐伯は久しぶりに仕事の手応えを感じていた。

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