【AIに仕事を奪われるコンサルタント】第12章 前回とは全然違いますね
週末、チラシを見て問い合わせてきた女性が木暮家具に来店した。
社長の慎也から、その報告が届いたのは日曜日の夕方だった。
コンサルタント佐伯亮介は、事務所で別件の資料を作っていたが、メールの件名を見てすぐに手を止めた。
本日のお客様の件です
メールを開くと、慎也らしい丁寧な文章で、来店時の様子が書かれていた。
その女性は、マンションのリビングに置くソファを探していた。
ネット通販でいくつか候補を見つけたが、座り心地が分からない。
サイズも不安。
部屋の色に合うかも分からない。
一度、大型家具店にも行った。
しかし、広い売り場に商品が多すぎて、かえって迷ってしまった。
店員に聞こうにも、誰に相談すればいいのか分からなかった。
聞いたらすぐ買わなければいけない気もして、結局その日は何も買わずに帰った。
そんな時、木暮家具のチラシが目に入った。
ネットで家具を買って、失敗したくない方へ。
その言葉を見て、
「まさに自分のことだ」
と思ったという。
佐伯は、画面を見ながら小さく息を吐いた。
自分のことだと思った。
この一言は、何度読んでも重かった。
広告は、売り手の主張を見せるためのものではない。
読み手が、自分の悩みを見つけるためのものなのだ。
慎也のメールは続いていた。
女性は来店後、売り場で三種類のソファに座った。
慎也は、急いで商品をすすめなかった。
リビングの写真を見せてもらい、壁の色、床の色、カーテンの雰囲気を確認した。
サイズも一緒に見た。
搬入経路の不安も聞いた。
最終的に、その日は即決ではなかった。
一度家族と相談すると言って帰った。
だが、帰り際に女性はこう言った。
「売り込まれなかったので、安心しました。ここなら相談しながら選べそうです」
佐伯は、その一文をノートに書き写した。
売り込まれなかったので、安心した。
相談しながら選べそう。
これもまた、広告の材料だった。
数日後、その女性から正式に注文が入った。
慎也から電話があった。
「佐伯さん、ソファ、決まりました」
声が明るかった。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。しかも、チラシを見た時から、相談するならここだと思っていたそうです」
佐伯は、胸の奥が温かくなった。
慎也は続けた。
「父も接客の様子を見ていたんですが、あとでこう言っていました。『ああいうお客様は、昔からうちに来ていたな』って」
「昔から、ですか」
「はい。ただ、僕たちはそれを広告で伝えていなかったんです」
慎也の声には、実感がこもっていた。
「うちのお客様は、家具に詳しい人ばかりじゃない。むしろ、よく分からないから相談したい人なんですよね」
佐伯はうなずいた。
「そこが分かると、伝える言葉が変わります」
「本当にそうですね」
慎也は少し間を置いてから言った。
「前回の提案とは、全然違いますね」
佐伯は、静かにその言葉を受け止めた。
前回。
AIと同じだと言われた提案。
ターゲット、強み、差別化、不安解消、SNS、ホームページ。
正しいけれど、どこにでもありそうな提案。
今回。
お客様の悩み、不安、決め手、感想を聞いたうえで作った広告。
木暮家具に来る人の気持ちから始まるチラシ。
違いは、佐伯の発想力ではなかった。
違いは、材料だった。
佐伯は答えた。
「前回は、私が考えた提案でした。今回は、お客様に教えてもらった提案です」
慎也は電話の向こうで、少し笑った。
「その言い方、しっくりきます」
「私自身も、今回かなり学ばせてもらいました」
佐伯は正直に言った。
「AIに聞けば、一般的な販促案は出ます。私も前回は、そこに近い提案をしてしまいました。でも、お客様の声を集めると、AIに入れる材料が変わります。材料が変わると、出てくる答えも変わります」
慎也は言った。
「つまり、AIを使うかどうかより、何を材料にするかが大事なんですね」
「はい」
佐伯は、はっきり答えた。
「そして、その材料は社長の頭の中だけにはありません。実際に買ってくれたお客様の中にあります」
電話を切ったあと、佐伯はしばらく机の上のチラシを見ていた。
木暮家具の案件は、まだ大成功と呼べるほどの数字ではない。
一件の問い合わせ。
一件の成約。
数件の来店予約。
だが、問い合わせの質が明らかに変わっていた。
「安い家具はありますか?」ではない。
「ネットで買うのが不安です」
「部屋に合うか相談したいです」
「大型店では決めきれませんでした」
「売り込まれずに相談できますか」
そういう人たちが反応し始めていた。
それは、木暮家具が本当に役に立てるお客様だった。
佐伯は、以前の自分なら、この違いを見落としていたかもしれないと思った。
問い合わせ数だけを見ていたかもしれない。
チラシのデザインやコピーの良し悪しだけを見ていたかもしれない。
費用対効果だけで判断していたかもしれない。
もちろん、それらも大切だ。
しかし、今回見えてきたのはもっと本質的なことだった。
誰が反応したのか。
なぜ反応したのか。
その人は、どんな悩みを持っていたのか。
木暮家具のどの価値に安心したのか。
そこまで見なければ、広告の本当の改善はできない。
数日後、佐伯は木暮家具を訪問した。
店内に入ると、慎也が嬉しそうに迎えてくれた。
「佐伯さん、また新しいアンケートが取れました」
商談スペースには、数枚の新しい回答が置かれていた。
その中には、先日のソファを購入した女性の回答もあった。
佐伯は、慎也、先代の隆一、スタッフと一緒にそれを読んだ。
購入する前に、どんなことで悩んでいましたか?
ネットで買うか迷っていましたが、座り心地やサイズが合うか不安でした。
何で木暮家具を知りましたか?
チラシを見ました。以前からお店があるのは知っていました。
購入する前に、どんな不安がありましたか?
高いものをすすめられたらどうしようと思っていました。相談だけでもいいのか不安でした。
何が決め手になって購入しましたか?
急かされず、部屋の写真を見ながら一緒に考えてもらえたことです。
実際に購入してみて、どうでしたか?
相談してから決めたので安心感がありました。ネットで決めなくてよかったです。
読み終えたあと、隆一が静かに言った。
「これは、そのまま次の広告に使えるな」
佐伯は、少し驚いた。
最初はアンケートに懐疑的だった隆一が、自分からそう言った。
慎也も笑った。
「父さん、変わったね」
隆一は照れたように顔をしかめた。
「お客様がそう言っているなら、使わんともったいないだろう」
佐伯は、その言葉を聞いて強く感じた。
お客様の声には、社内を動かす力もある。
コンサルタントがいくら言っても動かないことがある。
社長が納得しないこともある。
スタッフが半信半疑なこともある。
しかし、お客様が言った言葉は違う。
「ネットで決めなくてよかった」
「急かされなかったので安心した」
「相談してから決めたので安心感があった」
この言葉は、コンサルタントの意見ではない。
買った人の事実だ。
だから、社内の受け止め方が変わる。
佐伯は、ホワイトボードに書いた。
お客様の声は、広告を変えるだけでなく、社内の思い込みも変える。
慎也がそれを見て、うなずいた。
「まさにそうですね。うちは品質が強みだと思っていたけど、その品質を安心して選べるようにしていることが価値なんですね」
佐伯は答えた。
「はい。品質は土台です。でも、お客様が広告で最初に反応するのは、品質そのものより、自分の不安を分かってくれているかどうかです」
隆一が言った。
「そう考えると、うちの接客も変わるな」
「接客ですか?」
慎也が父を見た。
隆一は、アンケート用紙を指で軽く叩いた。
「お客様は、最初から買う気満々で来ているんじゃない。相談だけでいいのか不安に思っている人もいる。だったら、最初に『今日は見るだけでも大丈夫ですよ』と言った方がいい」
スタッフの女性が、すぐに反応した。
「それ、いいですね。こちらから言うと安心してもらえそうです」
佐伯は、心の中で驚いていた。
アンケートから、広告だけでなく接客改善のヒントまで出てきた。
お客様の声を聞くと、販促が変わる。
売り場も変わる。
スタッフの声かけも変わる。
これは、単なる広告作成ではない。
会社がお客様目線に戻るための仕組みだ。
佐伯は、ノートに書いた。
お客様の声は、売れる広告だけでなく、売れる接客も教えてくれる。
帰り際、慎也が佐伯に言った。
「佐伯さん、正直に言うと、最初は顧問契約をお願いするか迷っていました」
佐伯は苦笑した。
「そうだと思います」
「でも今は、お願いしたいと思っています」
佐伯は、慎也を見た。
「ありがとうございます」
慎也は続けた。
「ただ広告を作るだけなら、AIでもある程度できます。でも、お客様の声をどう集めて、どう読み解いて、どう広告や接客に変えるかは、自分たちだけでは難しいです」
佐伯は、その言葉を静かに受け止めた。
それは、慎也が最初に投げかけた問いへの答えでもあった。
毎月の顧問料を払う意味。
AIではなく佐伯に頼む意味。
それは、一般論を教えてもらうことではなかった。
お客様の声を集め、読み解き、木暮家具だけの言葉と行動に変えていくことだった。
佐伯は、深く頭を下げた。
「全力で支援します」
木暮家具を出ると、夕方の光が店の看板を照らしていた。
暮らしに寄り添う家具の店 木暮家具
以前は、この言葉が少しぼんやり見えた。
今は違う。
お客様の声を読んだあとでは、「寄り添う」の意味が具体的に見える。
急かさないこと。
写真を見ながら一緒に考えること。
相談だけでも受け止めること。
買った後も頼れること。
言葉に中身が入った。
佐伯は車に乗り込み、ノートを開いた。
そして、一行書いた。
AIを扱えるコンサルタントではなく、お客様の声を扱えるコンサルタントになる。
その瞬間、佐伯の中で仕事の定義がまた少し変わった。
AIに怯えるだけの日々は、終わり始めていた。
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