【AIに仕事を奪われるコンサルタント】第9章 AIの答えが変わる瞬間
コンサルタントの佐伯亮介は、木暮家具から戻ると、すぐに事務所の机いっぱいにアンケートのコピーを広げた。
前回の提案書を作った時とは、机の上の景色が違っていた。
前回は、会社案内、ホームページの印刷、競合店の情報、自分のメモが並んでいた。
今回は違う。
そこにあるのは、お客様の手書きの言葉だった。
ネットで買うのは不安だった。
部屋に合うか分からなかった。
高いものをすすめられそうで不安だった。
急かされずに選べたのがよかった。
写真を見ながら一緒に考えてくれた。
買った後も相談できそうで安心だった。
佐伯は、それらを一つずつノートに写していった。
きれいな文章に直さず、できるだけそのまま書いた。
なぜなら、そこにお客様の体温があると感じたからだ。
「品質が良い家具店」
この言葉は正しい。
だが、冷たい。
「ネットで買うのは不安だった」
この言葉には、買う前の迷いがある。
「部屋に合うか分からなかった」
この言葉には、自分だけで選ぶ不安がある。
「急かされずに選べたのがよかった」
この言葉には、売り込まれたくない気持ちがある。
佐伯は、ようやく分かり始めていた。
広告に必要なのは、売り手が整えた説明ではなく、買い手が心の中でつぶやいている言葉なのだ。
佐伯は、パソコンを開いた。
AIツールの画面を出す。
前回、木暮家具の相談内容をそのまま入力したとき、AIは一般的な答えを出した。
ターゲットを明確にしましょう。
大型店との差別化をしましょう。
品質や地域密着を訴求しましょう。
ホームページを改善しましょう。
SNSで発信しましょう。
それは、佐伯の提案とよく似ていた。
だから慎也に言われた。
「AIに聞いた答えとほとんど同じなんです」
その言葉は、今でも胸に残っている。
だが、今回は違う。
佐伯は、新しい入力文を作った。
今回は、ただ「老舗家具店の販促案を考えてください」とは書かなかった。
木暮家具のお客様の声を、材料として入れた。
以下は、木暮家具で実際に購入されたお客様の声です。
この声をもとに、チラシとホームページで使える広告コピーを考えてください。
その下に、お客様の声を並べた。
・ネットで安いソファを見ていたが、座り心地が分からず不安だった。
・部屋に合う家具が分からなかった。
・高いものをすすめられそうで不安だった。
・大型店では誰に相談すればいいか分からなかった。
・何種類も座らせてもらえて、急かされなかったことが決め手だった。
・部屋の写真を見せたら、合う色や大きさを一緒に考えてくれた。
・寸法の測り方まで教えてくれて安心した。
・買った後も相談できそうで安心だった。
佐伯は、送信ボタンの前で少し手を止めた。
前回、AIに打ちのめされた。
今回はどうなるのか。
佐伯は、静かに送信した。
数秒後、画面に文章が現れた。
ネットで家具を買って、失敗したくない方へ。
座り心地も、サイズも、部屋に合うかどうかも。
木暮家具では、実物を見ながら、急かされずに相談できます。
佐伯は、思わず画面に近づいた。
前回とは違う。
次の案が出る。
部屋に合う家具が分からない方へ。
写真や寸法をもとに、暮らしに合う家具選びを一緒に考えます。
さらに続く。
大型店では相談しづらい家具の悩み、ありませんか?
木暮家具は、売り込むのではなく、一緒に選ぶ家具店です。
佐伯は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
AIの性能が急に変わったわけではない。
変わったのは、材料だった。
前回は、会社側の情報と一般論を入れた。
だから、AIの答えも一般論になった。
今回は、お客様の声を入れた。
だから、AIの答えが木暮家具らしくなった。
佐伯は、画面を見ながらつぶやいた。
「AIがすごいんじゃない。材料が変わったんだ」
もちろん、AIの出したコピーをそのまま使うつもりはなかった。
まだ整えたい。
言葉の順番も調整したい。
紙面に合う長さにもしたい。
木暮家具の空気感も加えたい。
だが、出発点がまったく違っていた。
前回の提案は、佐伯の頭で組み立てた一般論だった。
今回は、お客様の声から立ち上がっている。
その違いは大きかった。
佐伯は、前回のコピー案を見返した。
高品質な家具をお探しの方へ。
きれいな言葉だ。
だが、誰に向けた言葉なのかがぼんやりしている。
次に、今回の案を見る。
ネットで家具を買って、失敗したくない方へ。
これは、特定の人に届く。
ネットで買おうとしている。
でも、座り心地やサイズが不安。
失敗したくない。
その人に向けた言葉だ。
佐伯は、ノートに書いた。
一般論は、誰にでも言える。
お客様の声は、誰か一人に刺さる。
その一人に刺さる言葉こそ、広告の入口になる。
佐伯は、さらにAIに指示を出した。
上記のお客様の声をもとに、木暮家具が選ばれている理由を整理してください。会社側の一般的な強みではなく、お客様が感じている価値として整理してください。
AIの回答が出た。
1.ネットや大型店では解消できない不安を相談できる。
2.部屋に合うかどうかを、一緒に考えてもらえる。
3.高いものを押し売りされず、急かされずに選べる。
4.サイズや使い勝手など、購入前の細かい不安に対応してもらえる。
5.買った後も相談できそうな安心感がある。
佐伯は、ゆっくりうなずいた。
これなら、慎也にも伝えられる。
先代社長にも伝えられる。
「品質が強みです」ではなく、
「お客様は、品質を納得して選べる安心感に価値を感じています」
と言える。
「地域密着です」ではなく、
「買った後も相談できそうな距離感に安心しています」
と言える。
「丁寧な接客です」ではなく、
「急かされず、自分の部屋に合うか一緒に考えてもらえることが決め手になっています」
と言える。
同じ強みでも、言葉が変わる。
売り手の言葉から、買い手の言葉へ。
佐伯は、画面を見ながらしばらく動かなかった。
AIに仕事を奪われると思っていた。
だが今、AIは敵ではなくなっていた。
AIは、材料をもとに整理してくれる。
コピー案を出してくれる。
切り口を広げてくれる。
しかし、その材料はAIの中にはない。
木暮家具のお客様が、実際に何に悩み、何を不安に思い、何を決め手にしたのか。
それは、聞きに行かなければ手に入らない。
そして、その聞き方を設計し、集まった声を読み解き、売れる言葉に変える。
そこに、コンサルタントの仕事がある。
佐伯は、ようやく自分の立ち位置が見え始めていた。
AIより速く文章を書く必要はない。
AIより多くの一般論を知っている必要もない。
AIに入れるべき本物の材料を集めればいい。
佐伯は、チラシの構成案を作り始めた。
メインコピーは、すぐに決まった。
ネットで家具を買って、失敗したくない方へ
その下に、補足のコピーを置く。
座り心地、サイズ、部屋に合うかどうか。
木暮家具では、写真や寸法をもとに、急かさず一緒に考えます。
次のブロックには、不安への共感を書く。
こんな不安はありませんか?
・ネットでは座り心地が分からない
・部屋に合うサイズや色が分からない
・高いものをすすめられそうで不安
・大型店では誰に相談すればいいか分からない
・買った後に困った時、相談できるか不安
佐伯は、ここまで書いて手を止めた。
この不安は、佐伯が想像したものではない。
お客様が実際に書いたものだ。
だから強い。
次に、木暮家具の選ばれる理由を書く。
木暮家具が選ばれている理由
・部屋の写真を見ながら、一緒に選べる
・何種類も試して、急かされずに決められる
・寸法の測り方まで相談できる
・購入後も相談しやすい
・地域で長く続く店だから安心できる
最後に、お客様の声を入れる。
「家の雰囲気に合うか分からなかったのですが、写真を見ながら一緒に考えてもらえて安心しました」
「ネットで安いソファも見ていましたが、実際に座って選んでよかったです」
「台所がすっきりして、もっと早く相談すればよかったと思いました」
佐伯は、画面を見て、静かに息を吐いた。
これは前回の提案書とは違う。
前回は、佐伯が考えた広告だった。
今回は、お客様の声から見つけた広告だった。
佐伯は、慎也に送るための資料をまとめた。
タイトルは、こうした。
木暮家具様 お客様の声をもとにした販促改善案
前回のタイトルと似ている。
だが、中身はまったく違う。
佐伯は、資料の冒頭にこう書いた。
今回の提案は、木暮家具様が言いたい強みではなく、実際に購入されたお客様が感じている価値をもとに作成しています。
この一文を書いたとき、佐伯は胸の奥に確かな手応えを感じた。
一般論から抜け出せた。
完全ではない。
まだ始まったばかりだ。
もっと学ぶ必要もある。
もっと多くの声を読み解く経験も必要だ。
それでも、前に進んでいる。
佐伯は、ノートを開き、今日の最後に一行を書いた。
AIは答えを出す。
コンサルタントは、答えの材料を集める。
その一行は、佐伯にとって新しい仕事の定義だった。
AIに怯えていた夜から、まだ数日しか経っていない。
しかし、佐伯の中では大きな変化が起きていた。
AIに奪われると思っていた仕事の中に、
AIを活かしてさらに深められる仕事があった。
その入口は、たった一枚のアンケートだった。
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