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【AIに仕事を奪われるコンサルタント】第6章 もう一度、木暮家具へ

小暮家具の社長の慎也から返信が来たのは、その日の夕方だった。

佐伯亮介は、事務所のパソコンの前で何度もメールを確認していた。

送信してから、まだ数時間しか経っていない。
それなのに、やけに長く感じた。

前回の提案は、AIと同じだと言われた。
顧問料を払う意味が分からないと言われた。
その相手に、もう一度会ってほしいと頼んだ。

断られても仕方がない。

佐伯は、そう思っていた。

メールの通知音が鳴った。

差出人は、木暮慎也。

佐伯は、少し息を止めて開いた。

佐伯様
ご連絡ありがとうございます。
正直、前回の提案については迷いがありました。
ただ、「木暮家具が本当に選ばれている理由を、お客様の声から見つけたい」という言葉には興味があります。
一度、お話を聞かせてください。

佐伯は、画面を見つめたまま、深く息を吐いた。

断られなかった。

それだけで、胸の奥が少し軽くなった。

ただし、今回は前回とは違う。

きれいな提案書を持っていくわけではない。
自分が考えた答えを説明するわけでもない。
「こうすれば売れます」と言いに行くわけでもない。

今回は、聞かせてもらうために行く。

お客様の声を集めることから始めたい。
そのための協力をお願いする。

それは、佐伯にとって慣れない商談だった。

翌日、佐伯は木暮家具へ向かった。

前回と同じ幹線道路。
同じ大型家具チェーンの看板。
同じ木暮家具の駐車場。

しかし、佐伯の気持ちは少し違っていた。

前回は、自分の提案を通すために来た。
今回は、前回の提案が足りなかったことを認めるために来た。

店内に入ると、慎也が商談スペースに案内してくれた。

「佐伯さん、メールありがとうございました」

「こちらこそ、もう一度お時間をいただきありがとうございます」

佐伯は、最初に頭を下げた。

「前回の提案について、あらためて考えました。正直に言います。私の提案は、木暮家具さんだけの提案になりきれていませんでした」

慎也は黙って聞いていた。

佐伯は続けた。

「ターゲットを絞る。強みを伝える。不安を解消する。ホームページを改善する。SNSで発信する。どれも大切です。でも、それだけでは一般論です。AIでも出せます」

自分で言いながら、胸が少し痛んだ。

だが、不思議と前ほど怖くはなかった。

「前回、木暮さんは『木暮家具だからこそ何を言えばいいのかを知りたい』とおっしゃいました。そこに答えられなかったのは、私が木暮家具さんで実際に購入されたお客様の声を聞いていなかったからです」

慎也の表情が少し変わった。

「お客様の声、ですか」

「はい」

佐伯は、カバンから一枚の紙を取り出した。

そこには、五つの質問だけが印刷されていた。

1.購入する前に、どんなことで悩んでいましたか?
2.何で木暮家具を知りましたか?
3.購入する前に、どんな不安がありましたか?
4.何が決め手になって購入しましたか?
5.実際に購入してみて、どうでしたか?

慎也は、その紙をじっと見た。

「これだけですか?」

「はい。まずはこれだけです」

慎也は、少し意外そうな顔をした。

「もっと細かいアンケートかと思いました」

「私も最初はそう思いました。でも、販促に必要な材料を集めるなら、この五つがとても重要です」

佐伯は、指で一つ目の質問を示した。

「購入前の悩みが分かれば、広告の入口が分かります。お客様は、自分の悩みが書かれている広告に反応します」

次に、二つ目を示す。

「何で知ったかが分かれば、どの媒体が本当に届いているのかが分かります。チラシなのか、紹介なのか、検索なのか、通りがかりなのか」

三つ目。

「購入前の不安が分かれば、買わない理由を先に消せます」

四つ目。

「決め手が分かれば、木暮家具さんが本当に選ばれている理由が分かります。会社側が思っている強みと違う答えが出るかもしれません」

五つ目。

「利用後の感想が分かれば、これから買う人の安心材料になります」

慎也は、紙から顔を上げた。

「確かに、今まできちんと聞いたことはありません」

「多くの会社がそうです」

佐伯は言った。

「社長やスタッフは、お客様のことを分かっているつもりになります。でも実際には、お客様が買う前にどんな不安を持っていたのか、何が最後の決め手になったのかまでは、意外と聞いていません」

慎也は、少し苦笑した。

「父は、うちの強みは品質だと言います」

「はい」

「僕も、それは間違っていないと思います。でも前回も言いましたが、品質が良いだけでは伝わりません。お客様が本当にそこを見ているのかも分からない」

「だから、聞く必要があります」

佐伯は、静かに言った。

「木暮家具さんのお客様は、大型店ではなく、ネット通販でもなく、なぜこの店で買ったのか。そこに、木暮家具さんだけの言葉があります」

慎也は、しばらく紙を見つめていた。

そのとき、売り場の奥から先代社長がやって来た。

慎也の父、木暮隆一だった。

七十歳近いが、背筋は伸びている。
無口で、いかにも職人肌の雰囲気がある。

「また販促の話か」

隆一は、少し低い声で言った。

慎也が説明した。

「佐伯さんが、今度はお客様にアンケートを取ってみたいそうです」

隆一は眉をひそめた。

「アンケート? うちはそんなことしなくても、お客様は品質で選んでくれている」

慎也は、少し困った顔をした。

佐伯は、隆一に向き直った。

「社長のおっしゃる通り、品質は大きな強みだと思います」

隆一は黙っている。

「ただ、お客様がその品質をどんな言葉で感じているのかを知りたいんです」

「どういう意味だ」

「例えば、単に『品質が良い』と書いても、他のお店も同じことを言います。でもお客様が『前に安い家具を買ってすぐ壊れたので、今度はちゃんと選びたかった』と言っていたら、それは広告の言葉になります」

隆一の表情が少し動いた。

佐伯は続けた。

「あるいは、『大型店では誰に相談すればいいか分からなかった』と言っていたら、木暮家具さんの相談できる価値が伝わります」

慎也も加えた。

「父さん、僕たちが思っている強みと、お客様が感じている強みが同じかどうか、一度確かめたいんだ」

隆一は腕を組んだ。

「悪いことを書かれたらどうする」

「それも大事な声です」

佐伯は答えた。

「ただ、今回は粗探しが目的ではありません。木暮家具さんで買ってよかったというお客様に、なぜ選んだのかを聞くところから始めます」

隆一は、まだ納得しきっていない様子だった。

「お客様に面倒をかけるんじゃないか」

「お願いの仕方が大事です」

佐伯は、用意していた別の紙を出した。

そこには、スタッフがお客様に伝えるための短い言葉を書いていた。

今後、同じように家具選びで悩んでいる方に、木暮家具の良さを正しく伝えるために、少しだけお声を聞かせていただけませんか。

慎也がそれを読んで、うなずいた。

「これならお願いしやすいですね」

佐伯は言った。

「評価を集めるためではなく、これから同じ悩みを持つ人に役立てるため。そう伝えることが大切です」

隆一は、しばらく黙っていた。

そして、低い声で言った。

「本当に役に立つのか」

佐伯は、正直に答えた。

「やってみなければ分かりません。ただ、前回のように私が頭で考えた提案だけでは、木暮家具さんだけの言葉にはなりませんでした。次は、お客様の声を材料にしたいんです」

沈黙が流れた。

やがて、隆一は小さくため息をついた。

「慎也がやりたいなら、やってみればいい」

慎也の表情が少し明るくなった。

「ありがとう」

佐伯は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

そこから、具体的な進め方を決めた。

まずは、直近で購入したお客様十名にお願いする。
年配のお客様には、スタッフが聞き取りながら代筆してもよい。
無理に長く書いてもらわない。
良いことを書かせようとしない。
実際の言葉を大切にする。

佐伯は、スタッフ向けの説明も提案した。

「スタッフの皆さんには、『お客様と同じ悩みを持つ方に、安心してもらうため』と伝えてください」

慎也はメモを取っていた。

「分かりました。スタッフにも共有します」

佐伯は、そこで一つ大事なことを伝えた。

「集まった声を、そのまま広告に使うとは限りません。まずは読み解きます。悩み、不安、決め手、感想を整理して、木暮家具さんが本当に選ばれている理由を見つけます」

慎也は、ゆっくりとうなずいた。

「前回とは、全然違いますね」

佐伯は、苦笑した。

「前回は、私が答えを持っていこうとしていました」

「今回は違うんですか?」

「今回は、答えを探しに行きます」

慎也は、その言葉を聞いて少し笑った。

「それなら、僕も知りたいです。うちのお客様が、本当は何で選んでくれているのか」

その瞬間、佐伯は自分の中で何かが変わるのを感じた。

コンサルタントは、社長に正解を教える人だと思っていた。
クライアントが気づいていない改善策を提示する人だと思っていた。

しかし今、佐伯がやろうとしていることは違う。

社長も知らない答えを、お客様の声から一緒に見つけること。

それは、AIが一瞬で出す一般論とはまったく違う仕事だった。

商談を終え、佐伯は店を出た。

前回と同じ駐車場。
同じ看板。
同じ幹線道路。

しかし、佐伯の胸の中は前回ほど重くなかった。

まだ成果は出ていない。
アンケートも一枚も集まっていない。
木暮家具だけの言葉が見つかる保証もない。

それでも、前回とは決定的に違っていた。

今度は、佐伯の頭の中だけで答えを作らない。

お客様に聞く。

そこから始める。

車に乗り込むと、佐伯はカバンの中の本を見た。

A4一枚。
たった五つの質問。

地味だと思っていたその方法が、今は頼もしく見えた。

佐伯は、エンジンをかける前にノートを開き、短く書いた。

答えを持って行くのではなく、答えを聞きに行く。

それは、佐伯が一般論を売るコンサルタントから抜け出すための、最初の実践だった。

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