『機械の中の灯』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
スラム街のゴミ山で掘り出し物を漁って生計を立てる少女アミは、壊れた人工知能を搭載したロボットの頭部を見つける。アミはロボットを家に持ち帰り、修理をする。人口知能は記憶を失っていたため、アミは人工知能にイオという名前を与えた。
アミはイオの能力を活用し、スラム街で新しい商売を始める。安全な水が不足しているところに目を付けてゴミ山の資材を使ってろ過フィルターを作ったり、読み書きの出来ないスラム街の子と一緒に塾を開いたり、少ない資材で小さな手作りの水の浄化施設を建てたりした。
これは一人ぼっちの少女と孤独なロボットの希望のお話。
本編
第一章 少女とロボット
「夜空に浮かぶ月が見守るぅー」
スラム街の端の冷たく静まり返ったゴミ山に霜が降りていた。夜明け前の暗闇は厳しい寒さと共にこの場所を包み込み、積み上げられた廃棄物の山々は無言で冷たい時間を刻んでいる。ここは見捨てられた物語や失われた夢が静かに終わりを告げる場所であった。
「小さな星のようにキラキラァー」
そんな中、一人の少女がその寒さをものともせず小さな声で歌などを口ずさみながらゴミ山を探っていた。頭にヘッドライト、背に大きなリュックサック、そして薄汚れたジャンパーを着こんだ少女だった。
少女の吐く息は白く、呼吸の度に凍りつく空気に小さな雲を作り出す。少女の目はこの暗く冷たい環境の中で何か貴重なものを見つけようと希望を失わずに輝いていた。
その少女の名前はアミという。
「夢の中で、君は自由に舞うぅー」
アミはそう子守歌を呟きながら、慣れた動きでゴミをかき分けていた。捨てられた電子機器や壊れた玩具を手に取る。そうしてまだ使えそうな僅かなお宝を背中のリュックサックに詰めた。
アミは八歳の時からこの仕事をずっとやっている。そして今年で十四歳となった。つまりこのゴミ山で生計を立てて六年のベテランである。
「静かな夜が優しく包むぅー」
亡き母の聞かせてくれた子守歌を歌い終えると静寂が辺りを包んだ。
「ふぅぅ。そろそろ帰ろうかな……」
アミはジャンパーの袖で額の汗を軽く拭う。そして背中に背負ったリュックサックが少し重たくなったので帰る準備をし始めた。
その時「ワ!」大きな驚嘆の声が辺りに響いた。
アミはびくっと全身を硬直させ、その音に反応した。
ゆっくりと、辺りを見渡す。今は誰もいないはずである。この辺り一帯を根城にしている怖くて意地悪なチンピラがいない時しかここのゴミを漁らせてもらえないからだ。アミはそういう時間を選んでやって来たのだ。
「んぅぅ?」
アミは頭をひねりながら、背後を振り返る。頭のヘッドライトを使い、良く確認しながらゴミ山の中に軍手をはめた手を突っ込んで先ほどの音源を探した。
そこで見つけた物は埃にまみれた異形のオブジェクトだった。それは人間の頭部ほどの大きさで、金属とプラスチックの混ざった外観をしている。明らかにここには不釣り合いな高度な技術の産物であった。
「何の機械かな?」
アミはそれを両手でそっと持ち上げ、好奇心に満ちた眼差しで観察する。
「貴方、生きているの?」
その言葉はアミにとっては問い掛けですらなく、ただの独り言のつもりであった。
異形のオブジェクトにある二つの赤いランプが点灯した。その二つのランプはまるで人の眼光のようであった。
「…………………………………………ハ、い…………」
ざざざ……っと周波数の合わないラジオのような機械の音声で、確かに知性ある肯定の返事をアミは聞いた。
人間と同じ高度な知性を持つ機械、確か人工知能といったか。そういうものが研究されていることをアミはラジオで聞いたことがあった。
「エーアイだ」
アミがそう呟いたと同時、夜が明けた。
**********
朝、アミは逸る気持ちを抑えつつ、家までの近道となる貧民街の路地裏を走り抜け、賑やかなスラムの商店街に辿り着いた。
商店街には木造の建物やスラム街の住人達が営むテントを張っただけの露店がぎっしりと並んでいる。そこには様々な物が売られている。そして露店の持ち主達が声を張り上げて宣伝しており、それに応えるように買い手達の値切り交渉が繰り広げられている。
「おはようございまーす! ちょっと家にこもるからお水とお肉を頂戴!」
アミは食べ物を売る露店主に挨拶を済ませ、自身の僅かばかりのお金で飲料水と干し肉を買う。
「アミちゃん、朝から大変そうだねぇ。家賃が払えなくて追い出されそうって聞いたけど、何か算段がついたのかい?」
「ふっふっふ……。そう! あたし史上最大の大ピンチだったけど、凄い掘り出し物を見つけちゃったの! これからがとっても大変だけど、詳しいことはまた今度!」
アミの胸には例のロボットの頭部と思われる異形のオブジェクトがしっかりと抱かれていた。その頭部は錆びており、一部の部品が露出している状態であった。夜明けの時は一回返事をしてくれたが、それっきり反応がない。壊れているのか壊れる寸前なのかもしれないとアミは焦っていた。
アミは急いで商店街の一角にある自分の家へ向かう。トタンや板で造られた二階建てのボロボロのバラック小屋の二階に滑り込む。そこはやや狭い四畳半の部屋であった。壁は色とりどりの布で覆われ、スラム街で撮った様々な写真が貼られているこの場所こそがアミの大好きな自分の部屋だった。
アミはストーブを点け、ロボットの頭部を自分の作業スペースであるちゃぶ台の真ん中に慎重に置く。そして他にもちゃぶ台に精密ドライバー、ニッパ、ペンチ、ピンセット、ハンドルーペにはんだごて等を並べる。そして自身の体より大きなぶかぶかのトレーナーの袖口をまくり、自身の頬を二回叩いて気合を入れた。
「よし、やるか!」
そうしてアミはロボットの修理を始めた。
まずアミはゆっくりと頭部の筐体を開ける。
「凄い。こんな高性能な物、見たことない」
中には複雑な電子回路や長寿命の原子力電池が見える。こんな代物をアミは見たことがなかったが、それでもアミは全力を尽くすことにした。
自身の経験を基に回路基板を注意深く観察し、焼けた部品や断線を見つけていく。そして壊れているものを取り外し、ゴミ山で見つけた使い道のない部品と交換して回路を修理していく。アミの動きは慣れたものだった。
「音がする」
アミはロボットの頭部から微かな音を聞いた。
確かな手応えを感じる。
そうしてアミが修理を終え、ケーブルの配線を整理したりコネクターの接続を確かめたりしていると淡くロボットの目が光り始めた。ゴミ山でロボットが返事をしてくれた時と同じである。
そしてロボットのスピーカーから「起動」と音声が出る。
アミは嬉しくてたまらなかったがすぐに集中力を取り戻し、作業を続けた。気が付けば飲まず食わずで作業を続けて五時間が経過していた。もう日が暮れようとしていた。
アミは回路の修理を終え、ロボットの頭部を再び組み立てる。そしてロボットを正面に据えて話しかける。
「……エーアイさん。大丈夫? 自分の名前、分かる?」
そうアミが尋ねる。
アミは簡単な機械の修理は出来るが、複雑な精密機械の知識はほとんどない。何か不具合が残っているのならばロボットの人工知能に自己申告してもらうより他にない。
「だ、イじょう、ブ、です」
アミはロボットのスピーカーも交換したが、古いラジオカセットレコーダーの物だったから上手く話せないかもと不安だった。しかしロボットの返答を聞くと、何とか簡単な会話なら出来そうであると安心する。
「ハ、……ハいキ、ぶつ、ジュウさん、……ゴう」
と名乗った。
「廃棄物? 十三号? それが貴方の名前?」
「はイ」
「全然可愛くない。ずっとその名前だった訳ではないでしょう? 前は何て呼ばれていたの?」
「……分カり、ませン」
アミは人工知能の記憶に関する部分が壊れているか、消されていることを察した。どちらにしろあまり喜ばしいことではない。この大事な商品を可能であれば完全に近い状態にして売ってあげたい。それがこのロボットと買い手への誠意であるとアミは思った。
「じゃあ、あたしが名前を付けてあげる」
アミはロボットと見つめ合い、アミは頭を捻る。
「エーアイに因んだ名前が良いかな。『エー』って日本語だと「あ」のことなのよね。あたしがアミだから……。イ、イ……オ? うん。そうね。貴方の名前はイオにする!」
アミにはイオの眼光のランプが強く輝いて見えた。イオのスピーカーが僅かに反応して「イオ? ……イオ」と、イオは自分の新しい名前を繰り返した。それに呼応するように頭が小刻みにガタガタ震え出した。人工知能なりの感情の表現だろうか? まるで人間のようだとアミは思った。
「イオ、沢山お喋りしましょう!」
アミは満面の笑みでイオに話し掛け始める。
アミはイオにイオを売り込むための性能や記憶、それに能力について質問を投げかけた。だがイオの答えは不明瞭なものか答えられないものばかりだった。アミが思うにやはりイオは多くの機能を失っているようだった。
「…………不出来な機械デ、申シ訳アりまセン……イオは反省しマス」
イオは落ちこんで、そのまま黙ってしまう。
イオの人間のような振舞いにアミは可笑しくなってしまった。
「ふふ、気にしないで。じゃあ今度はあたしの事を話すね」
アミとイオはそのまま朝まで語り明かした。
**********
アミ、本名を『宮本亜美(みやもとあみ)』という女の子は、代々官僚をしていた裕福な家の長女として生を受けた。一見して誰もが羨む家柄とは言え、実は亜美の母は宮本家の家政婦であり、妻の子ではなかった。
亜美が生まれる前、宮本家は中々子宝に恵まれずに悩んでいたため、亜美の妊娠が分かった時は大いに沸いた。亜美は当主である『宮本武(みやもとたけし)』の意向により素性を隠された上で正妻の子として育てられることとなった。
しかし宮本家の意向に逆らう者がいた。それは家政婦から愛人となり、子供を家に取られることとなった亜美の母『佐々木結花(ささきゆうか)』である。
「私の可愛い子……亜美」
佐々木結花はお腹を優しく撫で、決断した。
結花は大きいお腹のままで宮本家から逃げたのだった。
しかし結花は元々体が弱かったし、所持していた少ないお金ではどうしても移動や生活に制限が生じた。
そのため結花はそのまま宮本家から少ししか離れていない町に流れつき、病弱で身重の体に鞭を打ちながら、近所のスーパーで長時間レジ打ちや売り子のアルバイトをして生計を立てた。
そんな中、宮本家の雇った探偵は僅か二カ月で結花を探し当て、出産の直前の結花を追い詰める。
結花は少しばかり抵抗をしたようだった。だが宮本武に「体の弱い貴様では赤ん坊を幸せにすることはもちろん、満足に育てることすら叶わない。しかし宮本の家なら叶う」と言われ、宮本家の外で生活をして厳しい現実を知った結花は観念した。
そうして結花は宮本の家で出産し、子供の亜美を宮本家に捧げ、亜美が溺愛される様子を複雑な心境で遠くから眺めるだけの生活を送ることとなる。
これで宮本の家も安泰と思われたが、風向きが変わったのは亜美が生まれてから約三年の時である。
武と正妻に溺愛され、期待されて礼儀作法を教えられ教育を施された亜美だったが、勉学の基礎となる読み書きが中々身につかなかった。
「知恵が遅いのではないか?」
家政婦の一人が陰で亜美をそう嘲笑った。
それを聞いた武は激怒し、その家政婦を大勢の前で怒鳴りつけて解雇した。
だが武はこの一件で一つの疑念を抱えることとなる。
そして亜美は三歳になり多少読み書き出来るようになったが、完璧ではなかった。武は亜美が字を間違える度に強く叱った。何度もやり直しをさせ、教育しようとした。けれどもそうして武が亜美を強く叱る度、亜美は緊張して間違えるようになった。
やがて亜美は怒られることを恐れ、誰とも話さなくなった。
そして亜美が四歳になった時、武は亜美を専門の病院に連れて行った。
「発達障害です」
亜美は医師にそう診断された。医師は成長についてはどんな子供でも個人差があるということを説明し、そして今後の子供の支えになるような助言を色々話したがそれは武の耳には入らなかった。武の頭の中には発達障害という言葉だけが反芻していた。
――障害者。
その事実は当事者である亜美以上に武を落胆させた。そして武は亜美に対し、その日を境に親として関わることを止める。
その様子に遠くから眺めているだけのはずだった結花は、怒りと勇気を持って武に詰め寄った。
「貴方のお子ですよ!」
「失敗作を作りおって……。あんな者は要らん」
武はそう話して結花を突き飛ばした。
「宮本の家なら幸せになれると言っていたのに……」
武の掌を反すような態度に結花は失望した。同時に宮本を信じた過去の自分を呪った。
その頃の亜美は武とその正妻からは無視され、家政婦からも腫れ物に触るような扱いを受けていたため、一人で孤独に過ごすことが多かった。
「亜美様、一緒に遊びませんか?」
結花は今まで通り亜美の生みの親とは名乗らず、あくまでも武の愛人として亜美に接した。生まれたばかりの赤ん坊を捨てた結花が、今更何の面目があって親だと名乗ることが出来ようか。
「は、……はい」
亜美は始め、結花に対し緊張していた。けれども常に一人で寂しかったこともあり、結花の優しさに触れて少しずつ心を開いていった。いつも二人はままごとや塗り絵、お人形遊びなどをして過ごした。そして結花はお手紙ごっこと称して字を教えたり、簡単な算数を教えたりもした。
亜美が一人で遊んでいたある時、家にあった家宝の壺を割った。それを耳にした武は謝る亜美の言葉など聞かず、亜美の頬を何度も引っ叩いた。
「この愚図! 人間の失敗作が! 家から出て行け!」
これ以上両親に嫌われまいと努力して感情を殺してきた亜美だったが、この時ばかりは大きな声で泣いてしまった。
結花は急いで武と亜美の間に割って入り、亜美を抱き締めた。
「本当に大切なものは何か、それが分からない可哀想な人」
結花はそう言い捨てて、亜美を連れ再び宮本の家を出る。
そうして結花と亜美は二人で港近くの小さな長屋で暮らし始めた。
「貴女は私の宝ですよ、亜美様」
「ありがとう、ございます」
前回の時とは違い、今回の結花は強かった。
結花も亜美も孤独ではない。結花が親と名乗れない以上親子の関係ではないが、結花は家に帰れば守るべき子供が待ってくれているというだけで力が出る。そして亜美も最初は両親に捨てられた事実に傷心していたが、自分を愛して守ってくれる人がいるだけで心が満たされていく。
だが残酷なことにその生活が上手くいったのは最初の三年間、亜美が七歳になるまでであった。
前回の時とは違い隠れる必要のない結花は亜美が困らない出来る限りの金銭を稼ぐため、劣悪な環境の工場仕事を選んでいた。そのせいで結花は工場から出る煤煙に肺をやられ、喘息を患った。
結花は薬を肺に吸入する薬の手放せない生活を送る。亜美は咳き込む結花を見ていつも心配そうに結花の背中を撫でてやった。けれど結花は「これくらい大丈夫」と気丈に振る舞う。そしてそのまま結花は薬に頼りながら、体を壊しながら働き続けた。
「あの!」
亜美は自身も仕事をして家にお金を入れることを結花に提案する。
「貴女は心配しないで」
そう結花は話すが、無理をしていることは小さい亜美にも分かった。
そして結花の意思とは関係なく体が限界を迎えた。重労働の工場では働けなくなり、低賃金の内職の仕事しか出来なくなった。亜美は少しでも結花の力となるために新聞配達の仕事を始めた。
二人で支え合うように懸命に生きていく。
だがその一年後、亜美が八歳の時に最期は訪れた。
ほとんど呼吸が出来なくなった結花が頬を濡らしながら小さな声で囁くように亜美に話す。
「こ……こんな、私で、ごめんね。……不幸に生んで、ごめん、ね」
そして結花は力尽きた。
亜美はこの時、悟った。
亜美には詳しいことは分からない。だがこの人は確かに母だったのだ。
亜美は「生んでごめんね」という最後の言葉の重み、深い愛と悲しみを知る。
「大丈夫」
母は子に対する責任を感じていた。だから亜美は障害があっても、捨てられても、母の庇護がなくても、誰にも頼らず一人で立派に幸せに生き抜かなければならなかった。実家に帰ることもなく、児童養護施設の助けも受けず、頑張って頑張ってゴミ山で一人生きる術を身につけたのだ。
「お母さん……置いていかないで……一人にしないでよ……」
けれども本当は寂しかったのだ。
**********
今日のスラムの商店街には初雪が静かに舞い降りてきていた。冬の訪れを告げる雪は色あせた看板やボロボロのシャッターに穏やかに触れ、露店の屋根には白い帽子が載せられている。
人々は寒さに身を縮めながらも、本格的な寒波の到来に心の準備を始めていた。商店街の各店は入り口にドラム缶の焚き火台を置き、集まる人々に暖を提供している。
「はぁ……」
そんな喧噪の中でアミも家の前の路上で露店を開き、そして心ここに有らずといった感じでぼーっとしていた。
いつものアミならばゴミ山で見つけた商品を並べ、商店街の通行人に元気な声で商品の宣伝しているところだ。だが今日のアミはイオを脇に置いて店の真ん中に座り込みながら大きな溜め息を吐き、ぼんやり物思いにふけっている。
「アミ様、元気ないですか? 悩み事ですか? イオは心配です」
アミの隣にはアミのことを気に掛けるイオがいた。イオは昨日に比べて綺麗な音声が出せるようになっていた。そのことについてイオはアミに音声の最適化が完了したからだと話した。
「ん? んー……。何でもない。元気だよ?」
嘘であった。
アミは悩んでいた。それもこれもイオが悪い。なぜイオは機械のはずなのにこんなにも人間らしく、こんなにも優しいのだと内心アミは思っていた。
実は少し前に事件があった。
時を六時間ほど遡る。
アミを含めたスラム街の住民は飲み水を商店街で調達することが多いが、財布に余裕がなくなるとスラム街の中心にある共同の水道まで汲みに行って調達する。
これがまた厄介でバイクなどの足がない場合、片道三時間かかる道を歩き、長い列に更に数時間待ち、また片道三時間かかる道を頭に重たいタンクを乗せたまま歩いて帰らなければならない。
アミは自転車を持っているため多少はマシであるが、それでも重労働である。
そんな不便な生活をしているスラム街の人々の中には悪知恵の働く者も出てくる。そう、水を調達したその帰りを狙う泥棒や喝上げだ。
アミはイオというどんな値段が付くか分からない代物の御披露目ということで気合を入れていた。だから早く帰って早く店を開きたかったのだ。アミは近道をして治安の悪い路地裏を通り、そこでたむろするチンピラ四人に呼び止められた。
「おうアミか、久し振りじゃねぇか。そう言えば今月のゴミ山の使用料を貰ってねぇな」
そうチンピラ達はアミに話した。
「あの、ゴミ山の使用料はもう払ったはずじゃ……」
アミは焦り、見逃して貰えるはずがないのに時間稼ぎのための無駄な対話をする。
「馬鹿。毎月払うんだよ」
「でも、でも、お金ないし……」
「水を置いて行け」
「水がないと困る……」
アミは自分の迂闊さに嫌気が差す。アミは頭に乗せたタンクを大事そうに抱えて小さく震えた。誰でも良いから助けて欲しかった。
「聞き分けがないな」
チンピラの一人が持っていた金属バットで地面を強く叩いた。カンと乾いた音が鳴る。
アミは恐怖で縮こまってしまう。
その瞬間である。警報のような、サイレンの音のような目覚まし時計のようなリーンリーン、ジリリリリリリリという耳をつんざくような大きな音がした。
「うるせえな! 何の音だ!」
激しい音にチンピラ達は耳を塞ぎながら叫んだ。
「え? え? え?」
アミは最初、それが何の音か分からなかった。自分の後方から聞こえるその音に驚き振り返るが背後には何もない。その爆音が自分の背中から発せられたものだと、全く気付かなかったのだ。
「音止めろ!」
「あ! あ、あたしにも分からない!」
そこら中の建物の窓から、通りの向こうから、何だ何だと人が集まって来る。色んな所からアミとチンピラ達は視線を浴びる。
「チッ……行くぞ!」
目立つことを嫌がったチンピラ達はアミに舌打ちし、その場を後にした。
呆然と一人で立ち尽くすアミは背中でもぞもぞ動く感触でリュックサックに入れたイオのことを思い出した。水を貰う道中でお喋りできたら少しでも楽しいかもしれないと思って連れてきたのだ。
アミがリュックサックを降ろすとリュックサックが発光していた。
「イオ?」
「アミ様、お怪我はありませんか? 迷惑ではなかったですか? イオは不安です」
アミがリュックサックを開けると目を光らせたイオがそう語りかけてきたのだった。
それが今朝のことである。
アミはぼうっと商店街の店番をしながら木造の建物とテントで狭められた雪が降る空を見上げ、寒さに身を震えさせた。そうして何気なしにかじかんだ手でイオの頭部を抱き抱える。イオは微かに温かかった。
「昨日の夜はイオとのお喋り楽しかったな……」
アミはイオの頭を撫で回しながらそんなことを呟く。するとイオは「いつでもお話しします」と返答した。アミにとって、一人ではない夜は久し振りだった。
「はぁ…………」
アミは再び、長い溜め息を吐いた。溜め息は白い小さな雲となり宙に消えていく。
「アミちゃん。それは何だい?」
ぼんやりしていたアミが、はっと我に返る。
沢山の人々が往来するこのスラムの商店街で、アミの商品に興味を持つありがたい客が来たようであった。よくよく顔を見れば顏馴染み、いつもにアミの商品を良い値段で購入してくれるお得意様がイオを指差していた。
家賃も払えないし、水を買うお金すら困っているアミにとってはイオを売り込む絶好の機会である。
アミは慌てて客に応対する。
「凄く優秀なエーアイを積んだロボットなんだ! 頭だけだけど、とっても賢くて色々お話し出来るの! イオっていう名前なの!」
「へぇ……。俺は機械のことはさっぱりだが、そいつは凄いな」
紹介されたイオも「こんにちは。イオです」と挨拶をした。
「ふむ、値札がないな。その優秀なロボットをアミはいくらで売っているのだ?」
「えっと……」
アミは言葉を詰まらせる。束の間にアミの頭の中を目まぐるしく思考が駆け巡った。
「えっと……その、この子は商品じゃないの。一緒に店番してもらっているんだ……」
アミはそうゆっくり慎重に言葉を紡ぐ。
「そうなのか、イオも店番頑張れよ」
スラム街の上客はイオの頭をぽんぽんと撫でると去ってしまった。
「アミ様、嬉しそう」
「ふふ……まぁね」
頭の中で思考が駆け巡った結果、アミの出した答えは到底正解と言えるものではなかった。だがイオと一緒に居られると考えるとアミは不思議と笑みがこぼれた。少し心が軽くなっていた。
