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あかね噺-第128席・いよいよ-感想

<第127席感想・感想リンク・第129席感想>

「呪術廻戦」の連載終了。
先日終わったヒロアカと合わせてジャンプの一つの時代が終わった感じがありますね。
論理的なバトルだけど、ノリと勢いもある作品で、王道だけど型にはまらない面白さがありました。
最終回は、彼らの日常が描かれていました。彼らの戦いが終わることは無いけれど、それが彼らの日常であるんだなと思ってみたり。
芥見先生お疲れさまでした。ゆっくり充電して、次の作品を楽しみにしています。

◆あらすじ


週刊少年ジャンプ 2024年9月30日発売 44号

あかねが”志ぐまの芸”を継承されることを察する大人達と、ライバルたちの日常。

◆感想


あかねが志ぐまから教わることについて、前回は志ぐま一門で、今回はその他の人の様子みたいな感じの話でした。
からひかとか、なにげに初披露だった魁生・禄郎の2ショットなども良かったんですけど、冒頭の一生と師匠のシーンが衝撃でした。
今回は、志ぐまを殺した?・選ばなかった噺、について書いていきます。

志ぐまを殺した?
先代・志ぐま(以下先代)、うらら、志ぐまのカットインの後に、お前が俺を殺した。と先代から名指しで批判される一生は、びっくりしましたね。
一生の過去の記憶の断片のようなものだと思います。

この中の先代の”ここは噺の墓場さ”というのが気になりました。
墓場さって言い様が、どこか具体的な場所を指しての言葉のように聞こえました。髪型の雰囲気的にも”阿良川志ぐま”時代ではなく、若い頃の”柏家生禄”時代にも見えたので、噺の墓場とは柏家に関する事や、当時の落語界を指しての言葉かもしれませんね。
また、死んでしまった落語(落語界?)を生き返らせるべく奔走したからこそ、こういうセリフが印象に残っていたのかもしれませんね。

今回の一番注目部分は”生そば、お前が俺を殺した”という先代のセリフでしょう。
これは一生が、落語家として先代の落語を師匠と違う形で超えたので”殺した”という表現になったと考えるのが自然な感じはしますが、志ぐまの落語を継ぐと啖呵を切ったあかねに期待していた描写もあるように、一生自体は先代の芸に対してリスペクトがあるように見えるので、そういう殺し方では無かったのではないかと思います。

このセリフから分かる通りに、先代は一生に対して恨みを持っていたように感じます。
回想の後の一生の顔や死神の呪文の演出からは、一生には師匠に疎まれてしまった事への負い目があるように感じました。
しかし、志ん太だけではなく、先代も殺していたとは、一生の業の深さを感じますね。

選ばなかった噺
先代が恨んだ原因はなにか?は、このシーンの後の魁生のセリフがヒントになっていると思います。

”師匠を選ばなかった噺を受け継ぎたいとは思わない”

一生は”志ぐまの芸”を受け継ぐ事に選ばれなかったから、自分もやりたいとは思わないって意味ですが、これは誰に選ばれなかったのでしょうか?

普通に考えれば、先代が選ばなかった。
先代が、志ぐまの後継者として選んだのは、弟弟子である禄ゑんで”志ぐまの芸”の後継者として選ばれなかった。
付け加えると、その嫉妬が一生と志ぐまの確執の原因だと考えていました。

しかし、今回の先代が、一生に対して殺したと攻めていた事から、この解釈は少し違うように感じてきました。

一生を選ばなかったのは”志ぐまの芸”なのでは無いでしょうか?

先代は、一生に”志ぐまの芸”を教えたが、一生は”志ぐまの芸”を引き継ぐことが出来なかった。
冒頭の”噺の墓場さ”からも分かる通り、先代の中では噺(落語)にも命があると考えており、自分の命を噺に託して生き続けたかった。
しかし、一生が出来なかった事で、”自分の死=志ぐまの落語の死”になってしまうことを悟り、噺を残せない一生へ”殺した”と言った。

整理すると、先代が”志ぐま”にしたかったのは、生そばの方だったが、”志ぐまの芸”を諦め、継ぐことを拒否して一生になり、弟弟子である禄ゑんが”志ぐまの芸”を身につけるべく”志ぐまを襲名した。
一生と志ぐまの確執は、名前を継ぎながら、未だに”志ぐまの芸”に届かない志ぐまへの怒りであり、志ぐまもそれを理解しているので、一生の怒りを甘んじて受けている構図のように感じました。
自分には出来ない”志ぐまの芸”を、誰かに蘇らせてほしいと言うのは、一生の純粋な願いなのかもしれません。

一生の身勝手のように感じますけど、一生は”志ぐまの芸”が出来ない者が”志ぐま”を名乗るべきではないと思っているんじゃないでしょうか?
だから、俺は志ぐまにならなかった。という想いがあるんでしょう。
一生の中には、先代に対する強いリスペクトがあるように感じます。
志ん太への破門にも、この想いが根底にある感じがしました。

こう考えてみたけど、どうでしょうか?まだピースが揃ってない感じがしますが、考察する面白さのあるマンガなので、こういう考察もしたいです。
例えば、冒頭のカットシーンに”うらら”がいる理由もよく分からないんですよね。”三禄”や”全生”じゃなくて”うらら”なのは、なぜなんでしょうかね。
志ぐまが、あかねに”志ぐまの芸”を教えることを察してる感じもあったし、先代時代の重要なキーパーソンなのかもしれません。


最後の見開きで、次回からいよいよ”志ぐまの芸”とは何かがみえてくるんじゃないでしょうか?
楽しみにしつつ感想を終わります。でわでわ。




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