見出し画像

あかね噺-第136席・死んでない-感想

<第135席感想・感想リンク・第137席感想>

選挙が終わったのに、一向に騒ぎが収まらない兵庫県知事選挙。
メディアの謎の敗北宣言からの、公職選挙法疑惑で逆襲みたいな姿が、報道メディアに公器の資格が無い証明にしかなってない構図に、断末魔の叫びに近いものを感じてます。

例のPR会社社長の話なんか、疑惑段階でテレビが騒ぐ必要は全く無く、刑事事件として立件されてからの報道で良い話。32歳かそこらで自社のアピールになると話を盛ったようにしか見えず、不注意ではあるけど、それを吊し上げるのは報道リンチにしか見えないし、彼女のこれからの人生に大きな影を作った罪を償う事もしないだろう。
そういう部分が嫌われているのに、まだ続けているのに呆れる。

自民総裁選の高市・米大統領選のトランプ・兵庫県知事選挙、この3つの選挙に共通するのはメディアが推さない人が選ばれたという構図です。
高市は決選投票で負けてるんだけど、1回目の党員を含む選挙では1位。
SNSでの人気と報道からの人気が逆になっているのが面白い。
で、どっちが民意を反映していたか?というのはSNSの方が正しかった。
SNSは、工作もあるけど、基本的に個々人の思考の集合体であって、民意そのものなので、民意を正しく表すのはSNSなのは当たり前だけど、それを規制しろっていうのは、国民として声を上げるなと言ってるのに等しい。
これを叫ぶメディアは発信力という自らの既得権益を維持しようする醜さでしか無く、ただの営利団体であって公器でもなんでもない証明だと思う。
滅びるならきれいに滅びれば未来があるのに、自ら未来を潰す醜悪さが、テレビのここまでの歩みを表してると思う。

◆あらすじ


週刊少年ジャンプ 2024年11月25日発売 52号

高座に上がることは許されない二人は、それでも折れずに修行に励む。
それを応援する生禄だが、師匠である三禄から二人を破門しろと迫られる。

◆感想


金沢?!新幹線に乗ってどこに行くかと思ったら金沢でした。金沢に来た意味とは?っていろいろ調べたけど、金沢と落語を紐づけるような情報は無く、出てくるのは能登半島震災のチャリティー落語会ばかりなので、うららも能登半島の為にチャリティーに来たのかもしれないですね。
本編の方は不穏な雰囲気。結果を知ってるだけに生禄がどう動くか楽しみです。
今回は、止め名・健気な二人・阿良川一門誕生の予感、について書いていきます。

止め名
柏家三禄というのは”止め名”だと紹介されました。”止め名”というのは、功績が大きくて余人に代えがたい落語家に対して、名前を継がせずその名をその人で止める事を指します。

笑天の司会を努めた馬面で人気の円楽がお亡くなりになって、その弟子の腹黒キャラの楽太郎が円楽の名前を受け継ぎました。落語では、こうして人気のある落語家の名前を受け継いで、名前を残していく文化があります。
この円楽の師匠である圓生は名人として名高いですが、現在圓生を名乗る落語家はいません。
これは馬面の円楽が名前を継がなかったから、他に継ぐ人が居なかったので
圓生の名前が現在に残っていないので”止め名状態”です。

上の例でも明確に”止め名”では無く”止め名状態”としたのは、誰かが圓生を”止め名”にしますと宣言したわけでも決めたわけでもないからです。
”止め名”で調べると、古今亭志ん生、三遊亭圓生、三笑亭可楽、林家正蔵、笑福亭松鶴、桂文枝などとされていますが、林家正蔵や桂文枝など、少し時間が空いたけど現在に引き継がれた名前もあって、”止め名”というのは、文字通りに継ぐことを止めたではなく、継ぐことが難しい大名跡と捉えるのが一般的な気がします。

ただ、例えば今の正蔵が、止め名にするから。誰にも継がせないと決めたりする事はなく、亡くなった後に正蔵に相応しい継がせるべき落語家がいないと思わせるかどうかが、止まってしまうかどうかの判断になるので、今回の四代目柏家三禄が生前から”止め名”になってるのも、少し違和感がありましたが、それぐらいすごい落語家だったと言う事なのかなと思います。

健気な二人
三禄の理不尽な仕打ちにもめげず落語の研鑽をする一生と志ぐまが健気で応援したくなりました。
そう思ったのは現三禄も同じだったようで、この二人に対してかなり好印象を抱いていると感じました。
三禄が志ぐまへの対応が協力的なのも、この頃から続いていたと感じましたし、自身の兄弟子である生禄に対する尊敬の気持ちが”、禄朗の”志ぐまの芸”へのこだわりに繋がっているのかもしれません。

しかし二年以上も前座の下働きのみで高座に上がれないという待遇はあまりに酷く、それでも70席の落語を覚えたというエピソードが凄いです。
2年で70席だと1つ覚えるのに10日程度で覚えていることになります。
実際は、基礎の訓練や落語以外で覚えないといけない事もあるので、それ以上のペースで身につけていった事になります。
現実の落語家がどれぐらいで話を覚えるのか?気になって調べてみたら、林家ばな平さんがyoutubeで紹介しておられました。
個人や噺によっても大きく変わる断った上でおよそ1日~1ヶ月で、ばな平さん自身は、普通の話で1週間、長い話なら1月ぐらいかかるそうです。
これは最低限、話を暗記する時間としてこれぐらいはかかるとのことです。

二人が覚えている噺は、入門してすぐなので前座噺のような短いものが多いとはいえ、早さだけでは無く数を覚えるという事だけでも凄いと思います。
あかねは6年で5つしか覚えてなかった訳ですしね。

しかし、このエピソードを聞くと、一生に破門と言われ、あっさりと引き下がった志ん太の根性なしが際立つ。
仮に、一生や志ぐまが逆の立場なら、絶対に廃業はしなかっただろうなと思います。

こんなにやる気のある二人がなぜ干されているかというと、ヤクザと揉めたゴロツキ上がりというのが、伝統と格式を重んじた師匠が許さなかったという事でした。
落語家なんか真面目に働きたくない奴がなるもんだなんて事を言う落語家もいるんですけど、そういうイメージがあるからこそ、社会的地位を求めていきたい師匠がいるのも理解できます。

生禄が弟子を取った時に反対しそうなもんだけど、高座に上がれなければ辞めるだろうと高をくくっていたのかもしれません。
2年以上も耐え続けていることに業を煮やしたのか、止め名になっている”三禄”をやるから、あの二人を破門にしろと迫りました。

阿良川一門誕生の予感
四代目柏家三禄は、伝統と格式を重んじ、噺に変化を加えることも良しとしない守旧派のボスとして、当時の落語界に君臨していたようです。
その弟子である生禄は革新派として、自由な落語で人気を博していました。

生禄の落語には、きちんとした三禄から受け継いだ芸の上に様々な変化を入れているのですが、これを三禄がどう捉えていたのか?
ここに一生達への頑なな態度の原因がある感じがします。

そもそもいくらゴロツキ上がりだからって、生禄は戦地での関係とは言えヤクザの親分から恩人扱いされ付き合いもあります。
そこを見て見ぬふりをして、一生や志ぐまをそこまで問題視する事に違和感があります。

三禄は見た目から推測するに年齢的にも全盛期は過ぎており引退する日も近いように見えます。
現状の人気や実力では生禄に抜かれてしまっており、自分の引退後に生禄が柏家の代表として一門を引っ張っていく立場になる事も理解していると推測します。
しかし、生禄は自分の落語観とは真逆の存在です。
とはいえ、人気実力共にずば抜けた生禄に、その落語はダメだとは言えず、それが、生禄の弟子にケチをつけた原因なのではないか?
ある意味、最初からダメだと言えばよかった一生達の弟子入りに条件をつけて認めた事にも現れている気がします。

”止め名”になっている自身の名前を継がせる代わりに、弟子を破門にしろというのは、人気絶頂で誰も止めることが出来ない生禄に対して、自分の言う事を聞けと釘を差したかったのではないか?
柏家の代表として、伝統と格式を重んじ三禄の名前を告げと言う事です。
その為の儀式として、ゴロツキ上がりの弟子を破門にして格式を維持せよと命令したと考えます。

これを受けて、柏家の居ることを拒否し、自由になるために阿良川になったと言うのが、阿良川一門の始まりな気がします。
先の事は分かっているんだけど、弟子の為だけじゃなく、生禄も柏家に居ることが嫌になって出ていくんじゃないかと思いました。


次回は阿良川一門過去編佳境センターカラーだそうで、どんな盛り上がりがあるか楽しみです。
遂に、柏家生禄が阿良川志ぐまを襲名しそうな気がします。
ということで感想を終わります。でわでわー。










いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集