あかね噺-第131席・解体-感想
新連載の総括をする時期なので、今回の新連載に対する雑感を書いていきたいと思います。
【魔男のイチ】
今回の新連載シリーズの目玉ですね。宇佐崎しろ先生は「アクタージュ」の終わり方からも応援したい漫画家です。編集部も宇佐崎先生に報いようと、原作もビックネームを呼んできて当てる気をすごく感じます。
物語も絵も素晴らしい漫画なんですが、物語と絵があってない感じがします。あと、このマンガが呪術やヒロアカのような柱になる未来も見えないかな?良くも悪くもキチッとしててつまらなくはないけど、頭ではよく出来てるって理解できるんだけど、読んでてワクワクしないのが気になります。
ビックネームの新連載らしく、若干スローペースなので、本当に面白くなるのはこの先だと期待しています。
【しのびごと】
「アメノフル」のコンビが新連載で帰ってきました。作者の名前が「アメノフル」に乗っかった名前だったので、そのままなのに驚きましたが、これも応援したい漫画家コンビです。
「テニスの王子様」以来続く強すぎる主人公ものなんですけど、今の連載にもキヨシくん、キルアオ、の2つがあり、コミュ力が弱点も被ってる感じで、コミュ力が一番重要な能力だとされている現代らしさを感じます。
でも、アプローチが同じだと面白みが無く凡百なイメージです。この辺は編集側で調整しても良いんじゃないの?とは思いました。
ただ「しのびごと」は強すぎる主人公に対する制約を、他の2作品よりも上手に作っていて、バトルに面白さや気持ちを入れ込めているのは良いと思います。
バトルの中の会話で少し笑いを取れるあたりにもセンスを感じるので、キヨシくん、キルアオとのバトルで勝ち抜けるかどうかだと思います。
【白卓HAKUTAKU】
一応、私も業界の片割れなので、気になる漫画です。石川光貴先生は、これが初連載という事で、上の2作品に比べるといろいろと足りない部分があるけど、ジャンプは新人作家をガンガン起用するのが良いところだと思っているので、こういう漫画はジャンプらしくてすごく良いと思います。
ただ、このタイトルが「SHIROBAKO」を連想させるのが、ヒット作にあやかって似たような作品を作らされてるように見えるのが勿体ないかな。
作られるゲームが面白そうに見えるかどうかが作品の肝だと思うので、実際に作ったらつまらないものでも面白く感じさせられるかに期待したい。
うまくハマれば、出てくる作品をゲーム化みたいなメディアミックスも期待できるだけに頑張ってほしいですね。
◆あらすじ
週刊少年ジャンプ 2024年10月21日発売 47号
一生と一足触発な状態な所に、うららが現れ諌められるが、納得がいかないあかねは、うららに一生と志ぐまの過去について尋ねる。
◆感想
遂に過去編に突入か?諦めてた過去編が読めそうな気配ですけど、このまま素直に語るのか?って気もするんよね。
最近の掲載順だとそろそろ巻頭カラーありそうだし、始まるのなら巻頭ではなくてもカラーで始まる気がするので、次回からは始まらないと予想します。
今回は、一剣の苦悩・うららの怒り、について書いていきます。
一剣の苦悩
すっかり一門の中間管理職の位置になってしまってる一剣は、今回も一生とまいけるの間に挟まれて、なだめる役回りになっていました。
独善的な一生の通訳と後始末を阿良川四天王という一門のトップにも関わらずやる羽目になってるのが面白いです。
目の下のクマが特徴ですが、一剣の苦悩が現れたデザインなのかもしれません。
そういう立場でも、クールに卒なくこなせるイケオジなので、苦労して見えないのが彼の不幸なのかもしれません。
まいけるは、きちんと理解できる人なので、しっかりと理を話せば納得できると、分かりやすく説明してくれたので、読者の私も分かりやすかったです
。さらに、血が通っていないが合理という説明が”それな!”って感じがしました。
一剣もこれが血が通っていない事を理解してるから、この決定に反対する部分があると伺い知れた気がします。
まいけるも、一生に聞きに行かずに一剣に聞きに行ってるのもちょっと面白いんですよね。
一生、全生、泰全、一剣だと、一剣しか居ないんだけど、その役割をすんなり引き受けてるのが、苦労人すぎる。
まいけるが志ぐまを親として慕う通りに、一剣も一生を親として慕っているからこそ、こういう役回りも受け入れてるんだと思います。
一生の周りを押さえてくれる優秀な総領弟子がいる事が、一生の傍若無人な振る舞いを支えているので、ある意味、この人が一番たちが悪いとも言えるかもしれません。
うららの怒り
病院内で険悪な雰囲気を止めてくれたのは、お見舞いに来たうららでした。
一生とあかねを止められる人物はこの人しかおらず、出てきた瞬間に膝を打ちました。
うららが話しかけてると一生は病室を去り、その後にあかねから経緯を聞いておおよそを理解できたようです。
あかね達に、この決定の意味を突きつけて圧をかけるところはバトル漫画みたいでしたけど、今の時代にこういう圧で黙らせるのはどうなんだ?と思わなくもないけど、そこにうららの怒りを感じました。
この漫画には、しばしば志ぐま、一生、うららの過去の光景が描かれますが、そこでは仲間のように楽しい様子が描かれています。
このうららしか知らない光景が、あかね達とうららの感じ方の違いを生み、その事がうららの苦しみとして怒りに変わっているんだと思いました。
うららは、一生や志ぐまについての解像度が違うので、一生の言動の真意が読み取れるが上に、それを理解できないあかね達の”気働き”を責めた訳です。
ところが、あかねは解像度が低く理解できない。その差を埋めるために、何があったか教えてほしいというあかねの訴えとともに一生の過去に焦点を持っていく展開が綺麗です。
”気働き”について前回の感想で、一生の伝え方に”気働き”や”了見”が無いのはどうなんだ?みたいな事を書いたんだけど、うららの圧を受けて、少し考え直しました。
一生の決定には”理”がある以上、それをどう伝えるかについて考える必要はない。正しいことを伝えるのに、相手に媚びたり分かりやすくするのは、相手を馬鹿にしていると考えました。
あかねがきちんと一生が何を考えてるかを理解できる”気働き”ができるのなら、それが出来ないと思って気を使うのは無駄であり、相手をお客さん扱いしています。
可楽杯で、からしやひかるの落語を褒めたのは、相手に駄目だししても理解できないし、軋轢を作るだけ無駄だから、適当に褒めたんです。
ソレに対して、ひかるもからしも真意を理解できたから、それに怒り落語家を目指した。
少し前にあった「SEAIEs」っていう解釈改憲に反対する若者の集団がありました。これに対して厳しい声をあげる人たちに対して、若いのに政治に興味を持ってくれるだけで良いことじゃないかと持ち上げる人達が居ました。
そうして、団塊世代に持ち上げられて良いように利用され潰たのですが、この時期にニコ生で東浩紀は、彼らのあり方を論戦でボコボコにしていて、隣りにいた津田大介は、やんわりと東を止めていた構図がありました。この時に彼らを一人の人間として尊重していたのはどっちだったのか?
本当に彼らの為を考えていたのはどっちだったのか?
石丸の手加減発言なんかもそうだけど、間違った優しさは人を馬鹿にしてると感じるタイプです。
一生は、そういう間違った優しさは存在しない事が澪力的に感じてきました。ある意味では正しい優しさも無いように感じるけど。
ここまで貯めてきてるので、今度こそ過去編をやると思いたいけど、ガッツリやってしまうと物語の終わりに一直線に進んでしまいそうで見たいような見たくないような気もする。
物語は盛り上がりまくってるので、この調子でもっと人気になって欲しいと思いつつ感想を終わります。でわでわ。
