広東メシ 乾炒牛河(ガンチャオニウホー)
[日] 乾炒牛河
[中] 干炒牛河
[粤] 乾炒牛河
河粉(沙河粉)という広州特産の幅広米粉とモヤシなどの醤油炒め。高火力で炒めた「鑊気(鍋の気、湯気が立つほどの高温で炒める)」がポイント。乾と干が混同され繁体字でも干炒牛河と書く場合もある。


由来
1938年日本軍の占領下の広州で、許彬は家族と小さな粥や米粉を出す店を営んで生計を立てていた。ある日の夜、日本兵が夜食を食べに訪れ、炒牛河を注文した。当時の炒河粉の炒めは水溶き豆粉(澱粉)で炒める「滑炒」だったが、この日、店の豆粉は底をついていた。許彬の兄は、餡に使う豆粉がなく、夜間外出禁止令が出ているため買い出しにも行けないことを理由に、料理を断った。日本兵は激怒し、拳銃を抜いて脅しをかけた。許兄弟の母親がすぐに仲裁に入り、許彬に河粉を炒めるよう言った。そこで許彬は即座に乾炒という方法を思いついた。まず油を熱した鍋で葱を香りが立つまで炒め、その後、河粉、もやし、そして予め油通しした半生の牛肉を鍋に入れて炒めた。日本兵が乾炒牛河を口にした後、「これは絶品だ」と称え、許家は災難を免れた。その後、許彬は店で乾炒牛河を出すようになったという。
(由来は、細部が異なるいくつかのバージョンがある。)
