それぞれの歴史を繋ぐ -児島虎次郎記念館(倉敷)
盛夏、大原美術館へ。



本館、工芸館、中庭を鑑賞したあと、


倉敷の美観地区をそぞろ歩きつつ、



その、旧い洋館へと向かった。

大正時代の洋館を記念館に
大原美術館 児島虎次郎記念館。

昨年、友人たちとそぞろ歩いた際、建物は記憶にあった。
記念館としてオープンしたのは2025年4月。大原美術館の入場券で入場できる。

その概要は、岡山県の観光サイトにもある。
(前略)「児島虎次郎記念館」は大原美術館の別館で、大原美術館の所蔵品の収集に貢献した洋画家・児島虎次郎の作品や古代エジプトや西アジアの美術品などが展示・収蔵されています。
大正11年(1922)に旧第一合同銀行倉敷支店として竣工した建物は、大原美術館本館を手掛けた薬師寺主計が設計。平成10年(1998)に国の登録有形文化財に選定されています。平成28年(2016)まで銀行として長らく人々の暮らしを見守り、愛されてきた銀行建築です。
第一合同銀行の倉敷支店として大正11年(1922)に竣工したルネサンス風の建物。大原美術館や有隣荘など、大原家関連の建物の多くに関わった総社市出身の建築家、薬師寺主計が設計しました。鉄筋コンクリート造の2階建で、アーチ窓上部のステンドグラス、独特なドリス式コラム、3連アーチのドーマー窓が特徴的です。(後略)
「中国銀行」といえば、友人が中国地方に嫁したばかりの頃、地域の銀行が「Bank of China」なのかとたいそう驚いた、という笑い話を思い出した。

入館すれば、高い天井が目をひく。


シンプルにリノベーションされた展示室には、古代オリエントの遺物と、それをかつての日本に紹介した歴史とその使命と……。

圧倒的な情報量を、静かに感じた。





建築の美、歴史の重み
2016年までは中国銀行の支店として使われていた空間。

長椅子に腰かけてみれば、

カウンター越しに、忙しく働く銀行員の姿が浮かび上がるようだ。


さまざまな歴史の積み重ね。

この空間に身を置きたくて、しばらく、椅子に佇んで展示室のようすを眺めていた。
画家・児島虎次郎
画家、児島虎次郎については、大原美術館の功労者としてその名を知った。47歳という道半ばの逝去。その作品が、上階の展示室にあった。


大原美術館のウェブサイトには、こうある。
大原美術館は、倉敷を基盤に幅広く活躍した事業家大原孫三郎が、前年死去した画家児島虎次郎を記念して1930(昭和5)年に設立した、日本で最初の西洋美術中心の私立美術館です。
日本美術のコレクターでもあった孫三郎は、友人でもあった虎次郎の才能と、美術に対する真摯な姿勢を高く評価し、三度にわたる渡欧を促します。虎次郎は、そこで制作に励むかたわら、孫三郎の同意のもと、日本人としての感覚を総動員してヨーロッパの美術作品を選び取るという作業に熱中しました。
明治の気骨を持つ虎次郎の選択は、東洋の感覚と西洋美術の精華との真剣勝負でした。彼は、エル・グレコ、ゴーギャン、モネ、マティス等、今も大原美術館の中核をなす作品を丁寧に選び、倉敷にもたらします。同時に進めた中国、エジプト美術の収集にも、東西の狭間で悩みつつ文化の源流に迫ろうとした虎次郎の心情が伺い知れます。







赤い壁の展示室。




さまざまな歴史が、クラシカルな洋館のなかに錯綜していた。


