大原美術館 -ムンクそして中庭の睡蓮
友人宅に滞在して、瀬戸大橋を渡って四国方面の旅を愉しみ、

その最終日。
友人が、所用の前に倉敷でおろしてくれて、

ピックアップ時間まで、大原美術館。



自分的にはかなりの集中力で鑑賞したあと、本館2階のこの展示室の窓から「ふぅ~」と外を眺めるのも好きだ。

ムンクの版画特集で、初めて知ったこと
同美術館といえば、エル・グレコの《受胎告知》。しかし、修復のために展示が一時中断、代わりに7月8日よりムンクの版画特集がはじまっていると聞き、楽しみにしていた。
昨日(7/7)の展示替えにて、修復事業のためエル・グレコ《受胎告知》の展示を一時中断いたしました。
— 大原美術館 (@OharaMuseum) July 8, 2025
《受胎告知》が展示してあった本館3室では、本日(7/8)よりエドヴァルト・ムンクの版画特集が始まっております。
ムンクの画業の要所を抑えた版画作品をぜひご鑑賞ください。 pic.twitter.com/lLdCtR93RJ
照明を落とした展示室。中央にはソファも置かれ、ムンクの世界にゆっくり浸ることができた。
ひとつ、自分にとって発見だったのは、複数制作され、作家にとっても思い入れが深かったであろうと感じる「マドンナ」だ。展示された作品の画面左下には、ほかのヴァージョンでは見かけなかったはずの、描きこみがあった。胎児だ。
この作品のマドンナの腹部はすらりとしていて、妊娠しているようには見えない。ただ調べてみれば、ほかの「マドンナ」には、妊娠を思わせるような姿の女性もある。
AIと話した回答のまとめ。ご興味があれば↓
《マドンナ》の基本構図
女性像は裸で、目を閉じ、恍惚の表情を浮かべています。
額縁(画面周囲)には、しばしば精子や胎児のイメージが描かれることがあります。
女性の腹部がふっくらと描かれ、妊娠を思わせるものもあります。
これらは、単なる「母なる聖女」ではなく、生と死、エロスとタナトスを同時に象徴する存在としての「マドンナ」像を示しています。
背景にある思想
性的快楽と宗教の聖性の融合 伝統的にマドンナは清らかな母性の象徴ですが、ムンクはそれを裏返し、性愛の絶頂と生命誕生の神秘を重ね合わせました。快楽の瞬間=受胎の瞬間、という連想が画面に組み込まれています。
生命と死の両義性 精子や胎児が縁取る図像は「生命の始まり」を示すと同時に、ムンクにとっては「死への宿命」も意味します。ムンクのテーマである「愛、苦悩、死」と直結します。
女性へのアンビバレントな視線 ムンクは生涯、女性に対して「魅惑」と「恐怖」を抱き続けました。《マドンナ》の女性像は、神聖でありながら、男を破滅に導く「ファム・ファタル」としても解釈できます。
版画における差異
《マドンナ》には複数の版(リトグラフ・エッチング・木版)があり、それぞれ縁の装飾や胎児の描写が異なります。大原美術館の所蔵品は、左下に胎児、周囲に精子のような模様が描かれるタイプで、ムンクが「生命の循環」を強調したヴァージョンです。
妊娠を想起させる女性像は、版の刷りによって着色や線の強弱が異なるため、印象が変わるのです。
美術史的文脈
同時代には、女性の「母性」と「性的存在」とを結びつける表現はまだタブーでした。ムンクはキリスト教的聖母像を転倒させ、近代的な「エロスと死の結合」を提示しました。この視点はフロイト的な精神分析(無意識・性・死)と共鳴し、20世紀美術への影響が大きいと考えられています。
まとめ ムンクの《マドンナ》における胎児や妊娠表現は、「母性」「性愛」「生命の誕生」と同時に「死」をも内包した象徴であり、伝統的聖母像を挑発的に読み替えたものです。

中庭の睡蓮と工芸館
大原美術館の素敵なところは、本館を観終わって「なんだか少し物足りないが、観光に戻ろうか」と思っていると、実はまだ東洋館、工芸館があって、観ているうちに「多すぎる……時間が……」となってくるところだろう。

東洋館はお休みのままだが、今はそこに、4月開館した児島虎次郎記念館も加わってきて、入館料2000円を安く感じる。

工芸館、中庭。

小さな池なのだが、睡蓮の花が静かに水面に揺れている。



蓮、といえば、どうしても不忍池を連想してしまうのだが、
この、ほのかな睡蓮こそ、晩年にはモネの目の病もあいまって、抽象画にも見える、まさに「睡蓮」の世界なのだった。



そして足は、美観地区を進みつつ、初めて訪れる児島虎次郎記念館へ。





