《網膜屋/記憶濾過小屋》の謎 -大竹伸朗展「網膜」@MIMOCA(丸亀市)-11/24
また1週間ほど旅をしてきた。37度超えの暑さにクラクラしながら、しかし写真の仕上がりは、素晴らしい天候をそのまま反映していた。ここに、少しずつ記録をのこしていこうと思う。

MIMOCAについて
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)のファンだ。
画家・猪熊弦一郎氏のお人柄が随所にあらわれている。自然光の入る展示室の設計(当時としては画期的だったと聞いた)も居心地がいい。
そして特別展も、常設展と響き合っている。いつも、美しい思い出をいただいている。
わたしは拠点が関東で、いつも足を運べるわけではないので、その出逢いは貴重だ。
大竹伸朗展がMIMOCAで
そんなMIMOCAでなんと大竹伸朗展が開催されると知って、そわそわしていた。
大竹伸朗作品といえば、直島をはじめ瀬戸内海のベネッセ関連の展示(今回の旅で再撮してきたので、いずれ)をはじめ、
東京国立近代美術館を「宇和島駅」にしてしまうという(!?)、わたしのなかではお堅いイメージだった近代美術館の寛容さを示す、パワフルかつ濃密な展覧会が記憶に焼き付いている。
件の展覧会では、途中で休憩をして観ても、脳がオーバーフローするようなありさまで、参戦を誓い、
二度目に行ったときは、会場内がざわついているなと思ったら、突然作家自身が現れ、観ていた作品(DJブースだった)の中に入ってゲリラ的なパフォーマンスを行うという、幸運すぎる体験もした。
前置きがとても長くなった。そう。MIMOCAの大竹伸朗展。

友人の厚意で、岡山から丸亀へ
今回の旅は、岡山県の友人のイベントで写真など撮り、少し泊めてもらって旅などして、そのあと一人旅で瀬戸芸夏の部に参加する、とざっくり決めていた。(直島の激混み!具合は、思い出しても笑ってしまうし、記念にもなると思うので、旅の経験談として、後日書いてみたい)。
アートの師匠でもあるその友人は、ドライブテクにも優れ、長距離ドライブもものともしない。MIMOCAで大竹伸朗とくれば行くしかない、と、瀬戸大橋を渡って観にいくことにした。
当日はもちろん快晴、気温は38℃くらいあったと思う。

展覧会、概要
別の美術館、昼食、と立ち寄って(その話はいずれ)、MIMOCAへ。


知ったところで鑑賞にはあまり影響がない気がするので、まず、展覧会の概要から示したい。なお、同ページからダウンロードできるフライヤーはとてもかっこいいので、チェックするのがおすすめだ。
大竹伸朗展 網膜
Shinro Ohtake: Retina
2025年8月1日(金)-11月24日(月・休)
休館日:月曜日(8月11日、9月15日、10月13日、11月3日、11月24日は開館)、9月16日、10月14日、11月4日
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)では、2013年の「大竹伸朗展 ニューニュー」に続いて12年ぶりに大竹伸朗(1955-)の個展を開催します。
大竹は1970年代後半より作品発表を始め、ドクメンタ(ドイツ)やヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)など重要な国際展への参加を経て、近年では東京国立近代美術館を皮切りに愛媛、富山へと巡回した大規模な個展まで、国内外での幾多の展覧会を開催してきました。その半世紀におよぶ活動を通じ、圧倒的な熱量が生み出した膨大かつ多様な作品の数々から、本展では〈網膜〉にフォーカスすることにより大竹の作品世界をさらに掘り下げようとするものです。
〈網膜〉シリーズは、1988年に制作の拠点を移した宇和島のアトリエで着想され、1990年代初頭まで集中的に制作されたあとも、他のシリーズへの展開を伴いながら制作が続けられてきました。網膜とはそもそも眼球の最奥にある、光を感受し視神経を介して脳に情報として伝える機能を担う薄い透明の膜ですが、大竹は、廃棄された露光テスト用のポラロイド・フィルムに残された光の痕跡を大きく引き伸ばし、その表面に透明の絵具としてウレタン樹脂を塗布する絵画作品のシリーズに、この名をつけました。分離している「写真像の色面」と「透明の塗膜層」の2つが私たちの網膜を介して脳内で統合され、「時間」と「記憶」を内包した新たな像として立ち現れます。現在制作中の新作の〈網膜〉でもさらなる更新が試みられる一方で、長期間放置され変質した感光剤は、そこに蓄積する時間を像として刻印し、その像を透明の塗膜層が幾重にも覆うことで、一貫して〈網膜〉が発する情景は未だ見ぬ記憶として見る者を揺さぶり続けます。
こうして新たに創り出された渾身の新作〈網膜〉12点に加えて、〈網膜〉に音と光を組み込んだ、高さ約3mのレリーフ状の新作《網膜/六郷》(2025)、そして1990年代初頭に制作された未発表の大型〈網膜〉をはじめとした作品群が核となり、構想時のサイズに更新した大規模インスタレーション《網膜屋/記憶濾過小屋》(2014年)、2010年代半ばから続くグワッシュの連作〈網膜景〉や油彩のシリーズ〈網膜/境〉といった、「時間」や「記憶」を介して〈網膜〉と絶えず往還し続ける作品が骨格となります。本展では、さらに「眼」「フィルム」「写真」から〈網膜〉へと接続する膨大な数の作品をも取り込みながら拡がり続ける大竹伸朗の〈網膜〉世界を展観します。
MIMOCA では1991 年の開館以来150 本を超える企画展を実施してきましたが、本展は当館の歴史においても最大規模と密度を有する展覧会となるだけでなく、大竹の現在地を示し、これからの展開を予感させる極めて重要な展覧会となることでしょう。
吹き抜け部分に展示された、1作品めは、こちら。



3階からの展示室空間。

余裕を持った展示がなされていて(MIMOCAの展示室の天井高もあるだろう)、圧迫感はない。

ただ、大竹作品の密度はもちろんそのままで、作品の前に足を停めてちゃんと向き合おうとしようとするものなら、時間がどんどん奪われていく感じがもちろん変わらない。

学芸員解説 ①ポラロイドと網膜「網膜屋」とは
学芸員による解説がある、というアナウンスがあった。これはぜひ聴かなければと思い、集団に合流した。本来は会場を移動して解説をしていくところを、人数が多すぎてほぼ移動せずに聴くことになるほど、たくさんの人が参加していた。

網膜、について、さきほどの解説から再度抜粋。
網膜とはそもそも眼球の最奥にある、光を感受し視神経を介して脳に情報として伝える機能を担う薄い透明の膜ですが、大竹は、廃棄された露光テスト用のポラロイド・フィルムに残された光の痕跡を大きく引き伸ばし、その表面に透明の絵具としてウレタン樹脂を塗布する絵画作品のシリーズに、この名をつけました。分離している「写真像の色面」と「透明の塗膜層」の2つが私たちの網膜を介して脳内で統合され、「時間」と「記憶」を内包した新たな像として立ち現れます。現在制作中の新作の〈網膜〉でもさらなる更新が試みられる一方で、長期間放置され変質した感光剤は、そこに蓄積する時間を像として刻印し、その像を透明の塗膜層が幾重にも覆うことで、一貫して〈網膜〉が発する情景は未だ見ぬ記憶として見る者を揺さぶり続けます。
ポラロイドについては、懐かしい記憶がある。雑誌のグラビア撮影などで、フィルム時代は撮ったときに仕上がりがわからないので、「ポラ」で確認、というのがあった(デジタル時代になっても、作風として、フィルムで撮影する写真家さんは当初少なくなかった)。
写真家が本番と同じアングルでポラで撮影し、編集者がアングル等を確認して「はいOKです」となって撮影が進む。
印画紙にふわっと浮き上がってくるポラの画面。編集者時代は、それを切り取って、雑誌のラフに貼り付けて、撮り残しがないようにしてきた。本番納品されるまで、デザイナーとの打ち合わせに使ったりもした。
なんだかきれいなので、わたしは、それを結構、取っておいたりした(引っ越しを重ねた現在では、手元にはないけれど)。

ただ、多くの現場で、ポラは破棄される運命にあったようだ。学芸員解説では、大竹氏の作品を写真家が撮影した際に、事前にもちろん大量のポラ撮影が行われた。
確認後に破棄されそうになっていたのを、作家が何かに使えるからと、とっておいたという。その保管期間、約30年。

ポラロイド写真に日光は大敵だ。当然、劣化する。でもその経年は、画面に変化を与える。そして大竹氏は画家だから、もちろんそれを絵に描く。
描くだけでなく、移住した宇和島の造船業で使われる樹脂で、作品の表面をコーティングした。
それが「網膜」シリーズ。

ちなみに、はじめのうちは樹脂がきれいに流れず、表面で固まってしまった。「失敗か」と関係者はヤキモキしたが、大竹氏はそれも作品の味ととらえた。


自然にその形状となったものなのだが、事情を知らなければ、意図的ななにか、と捉えてしまうと思う。
学芸員解説 ②「網膜屋」とは
会場中央には、大竹作品におなじみのインスタレーション。「網膜屋/記憶濾過小屋」という、ふしぎなタイトルが付いている。

横浜トリエンナーレで2014年に展示され、長らく保管され、パーツをばらばらにしてMIMOCAまで輸送されて、展示に至った。天井の高いMIMOCAだから、作家の意図に沿う展示ができているそうだ。
「網膜屋/記憶濾過小屋」を、とりあえず観てみよう。
気になる「窓」部分。画面左はショーケースで、右は、内部だ。


至るところに、無数の写真や小物が高密度に展示されているのは、大竹作品では、おなじみだ。


では、学芸員解説を(ネタバレになる)。
「網膜屋」は架空の職業だ。網膜屋は、自分の網膜を通じて、故人の見たものを観ることができる。「亡くなった人の記憶」を観ることが何の役に立つかといえば、例えば相続。ちなみに、そのスキルによって「3級」~「1級」があるそうだ。
自分の網膜と故人の網膜がアクセスしたとき、下の写真のように、ボイラー?から、シュッと蒸気が噴き出す。

車輪が付いているので、出張も可能だ。

そんな設定を聞いていると、作品内の無数のものたちが「故人の思い出の品々」と映り、まったく異なるものに見えるからふしぎだ。


作品のヒント、が2階に展示
展示は2階展示室に続く。学芸員解説を聴いたあとだと、これらの展示の意味がわかってくる。つまり、3階の作品が生み出されるまでのサイドストーリーがここにある。


膨大な枚数のポラロイド写真。

「網膜屋」の話を聞いたあとでは、じっくりと眺めてしまう、模型たち(2014年ヴァージョンのスケッチ、模型と思われる)。



廊下の展示もお見逃しなく
新作だけでなく、過去の代表作の数々もあって、



資料も多数。

高松市ゆかりのエピソードも。


大規模展のような、クタクタに疲れ果てる感じではなく、猪熊さんの常設展も併せて楽しめるだけの余裕を持って、また余力があれば展示を2周くらいはできそうな、ほどよい規模感だった。

そうそう、ちなみに。

3階展示室の突き当り右側には、細い廊下がある。MIMOCAはここも展示会場として使うことが多い。今回も、もちろん。

忘れずに鑑賞を、ぜひ。
