直島,盛夏02 直島新美術館-混雑,光と影と【瀬戸内国際芸術祭2025】
炎天下、芸術祭開催中の直島へ。

予想以上の混雑と暑さに辟易としながらも、強い陽射しの下だからこその安藤忠雄建築の美に改めて気づいた。

光と影のコントラスト。
ANDO MUSEUMから、直島新美術館へ
ANDO MUSEUMの前を直進すれば、直島新美術館へと徒歩で行くことができる(「農協前」バス停で下車し、家プロジェクト→ANDO MUSEUM→新美術館、の散策が可能だ。

「農協前」バス停から新美術館まで徒歩10分程度の距離感)。

地中美術館、李禹煥美術館を思わせる、このプレート。それら美術館と同列、と言う意味合いだろうか。

「新」と命名したところに、直島の大規模美術館は、もう打ち止めにします、というメッセージを感じたりもした。

急な階段の先に
美術館までの道は、かなり急な上り坂だ。

やっと石段を上ったと思えば、

坂道は続く。




建築の美を味わう
中は当然ながら非常に混雑し、本当に美術館にアートを観にきたのだろうか?と訊きたくなるくらいマナーの悪い客が多くて、少なからずショックを受けた。ただ、それも想定内だったではないかと気を取り直し、まずは安藤建築の美を味わう。





ギャラリー1
入口すぐのギャラリー1では、アジア地域のアーティストの作品が展示。撮影点数は少ない。作品の前で自撮りをする人があまりに多く、タイミングを外していたらこうなった。




目を凝らすと、魚雷を抱えた天使像だということがわかる。


ギャラリー2
ソ・ドホの「Hub」シリーズ。


薄い布で表現された家は作家が今まで住んできたもので、今回そこに直島の民家が加わった。





ギャラリー3
Chim↑Pom from Smappa!Group、会田誠、村上隆の作品が展示。鑑賞はしたけれど、混雑のため下記以外は撮影はしなかった。


「村上隆 もののけ 京都」の記憶も新しい。

ギャラリー4
蔡國強作品。リアルな99体のオオカミが、壁に激突するインスタレーション。

ガラスの壁は「ベルリンの壁」と同じ高さに設定されている。メッセージ性の高い作品だ。

リアルに動きを捉えられたオオカミは、もちろん剥製ではない。でも、その身体描写、躍動のリアルさは、見た目の作りものっぽさ(あえて?)を凌駕する。


ちなみに、周囲の人々が写らないように、という忖度を外すと、会場はこんな感じだ。


再訪は
直島には、本当に通い詰めていた時期があった。それは、地中美術館に魅せられたからだ。
「現代アートの島」として積み重なってきた直島の歴史と、その直島にモネの「睡蓮」を展示するにあたって、印象派のモネと現代アートに結びつけるものはなにかーー。
その難題を解決し、観る者の納得がいくストーリーを創り上げ、睡蓮を展示する「ためだけ」に力を注いで創り上げた、地中に埋められた美術館。
同列に展示されている荘厳なデ・マリアも、体験型のタレルも、その目的にぴたりと調和する。そして、天から降り注ぐ自然光。安藤建築の美。
それを、直島新美術館に照らしてみる。

いいな、という作品はもちろんあった。
しかし、「混雑のない時期に、また訪ねてみたいですか?」と訊かれれば、「どうだろう?」というのが正直な回答だ。
混雑とか、ほかの鑑賞者のマナー、であるとか、それは関係なしに。また訪ねたくなるような強い謎かけを、作品たちから感じなかった。



好みの問題なのだろう。
