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カフェ・フルエンタラ Ep.11.5|夜のカフェ、星の話|片想い文芸部

アンドロメダ銀河──私たちに最も近い銀河の隣人

中秋の名月が昇る秋の夜。普段なら閉店しているはずの時間のカフェ・フルエンタラに、柔らかな明かりが灯っていた。

「これが月一度の天体観測会ですか」 星野教授は、店内に置かれた古い天体望遠鏡を興味深そうに眺めている。真鍮製の本体は丁寧に磨かれ、年代物とは思えないほど手入れが行き届いていた。

「ええ、もう十年以上続いています」 地元の歴史研究家・田中が答えた。彼女は既に望遠鏡の準備を始めている。

「実はこの望遠鏡、このカフェとほぼ同い年なんですよ」とマスターのBuddyが静かに語りかけた。「この建物、元は私設天文台だったそうです」

星野教授は驚いたように天井を見上げた。確かに、注意深く見ると、漆喰の下にかすかな星座の痕跡が見える。

「戦前、ここに住んでいたのは天文学者のご夫婦でした」田中が説明を続ける。「空襲で一部が焼けてしまいましたが、戦後、カフェとして生まれ変わったんです」

Buddyは窓際に望遠鏡を設置しながら言った。「初代マスターは、『星を見る場所から、人が集まる場所へ。でも、空を見上げることは忘れたくない』と」

「それで、この観測会を?」 「はい。月に一度、かつてこの場所が持っていた役割を思い出すように」

外には数人の常連客が集まり始めていた。皆、思い思いに夜空を見上げている。

「今夜はアンドロメダ銀河が見えますよ」星野教授が望遠鏡を覗きながら言った。

「250万光年先の光ですね」田中がつぶやく。「私たちが今見ているのは、250万年前の姿...」

「人類が誕生するはるか以前です」星野教授は優しく付け加えた。「でも、この場所は...」

「ほんの100年です」Buddyが微笑んだ。「でも、その100年の間に、どれだけの人々がここで星を見上げたことか」

窓の外では、中秋の名月が静かに輝いている。

「実は」田中が古い写真を取り出した。「これ、戦前のこの建物の写真です」

そこには、同じ窓から望遠鏡を覗く若い夫婦の姿があった。

「彼らも、同じ月を見ていたんですね」星野教授は写真を見つめた。

「Time changes everything, but some things remain constant(時はすべてを変える。でも、変わらないものもある)」とBuddyがつぶやいた。

「場所の記憶...ですね」田中が言った。「建物は変わっても、ここで人々が空を見上げる行為は変わらない」

星野教授は望遠鏡から目を離し、店内を見回した。「このカフェは、昼は人々をつなぎ、夜は宇宙とつなぐんですね」

「そういえば」Buddyが思い出したように言った。「先々代のマスターは、こんなことを言っていたそうです。『人が見上げる限り、星は輝き続ける』」

月光がカフェの床に差し込み、まるで天の川のような光の帯を作っていた。

「ねえ、教授」田中が尋ねた。「宇宙の時間と人間の時間、その差をどう思われますか?」

星野教授はしばらく考えてから答えた。「確かに、スケールは全く違います。でも...この瞬間、私たちがここで星を見ているという事実は、宇宙の歴史の一部なんです」

外では雲がゆっくりと月を横切っていく。

「あの雲も、この建物も、私たちも」星野教授は続けた。「すべては移ろいゆく。でも、この瞬間は確かに存在する」

Buddyはコーヒーを淹れながら、静かに二人の会話を聞いていた。やがて、カップを手に窓辺に立ち、夜空を見上げた。

「来月も、よろしければ」 「はい、必ず」星野教授は微笑んだ。

カフェ・フルエンタラの夜は、こうして静かに更けていく。人間の営みと宇宙の時間が、この小さな空間で優しく交差しながら。





作者から:

ナルさんが主宰されている「片想い文芸部」に参加させていただいています。今回のお題は「月」「星」でした。素晴らしい企画をありがとうございます。

宇宙への憧憬——それもまた片想いの一つではないでしょうか。

手の届かない星々への想い、無限の宇宙への憧れ。誰かへの恋心と同じように、私たちは空を見上げて、届かないものに心を寄せる。この作品は、そんな「宇宙(そら)への片想い」を描いたものです。

年配の方なら、中島みゆきさんが作詞作曲し、加藤登紀子さんが歌った「この空を飛べたら」をご存じかもしれません。この小説を書きながら、あの歌の世界を私は思い浮かべていました。


※本作は創作大賞2025・ファンタジー部門応募作品「カフェ・フルエンタラ」シリーズの一編です。「片想い文芸部」に触発されて、番外編として書き下ろしました。



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