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東京へ行く前に|風まかせ文芸部|ひとりじゃない

大掃除を始めたのは、十二月三十日だった。
来年の春、この部屋を出る。
就職が決まって、東京に引っ越す。

「手伝おうか?」
母が声をかけてくれた。
「大丈夫」 私は断った。
自分の部屋は、自分で片付けたかった。

本棚から本を出す。
中学の頃の参考書。高校の教科書。大学の専門書。
一冊一冊に思い出がある。
でも、もう開くこともないだろう。
段ボールに詰めていく。

クローゼットを開ける。
入学祝に母が買ってくれた服。
お小遣いを貯めて買った服。
デートのために準備した服。

これも、あれも、思い出がある。
でも、もう着ない。着れない。
ゴミ袋に入れた。

引き出しを開ける。
古い手紙。お父さんと三人の家族写真。メモ。
誰からもらったのか、もう覚えていないものもある。

でも、何故か捨てるのがためらわれた。
小さな箱に入れて、取っておく。

掃除を続けていると、机の奥から小さなノートが出てきた。
小学生の頃の日記。
開くと、稚拙な字で書いてある。
「大きくなったら、東京に行きたい」

思わず笑った。そうだ夢がかなったんだ。
でも、この部屋を出ていかねばならない。

窓から、冬の夕日が差し込んでいる。
この部屋で過ごした時間。
朝、目が覚めて窓を開ける。
夜、机で勉強する。
友だちと電話で話す。
そんな日常が、もうすぐ終わる。

私は立ち上がって、窓を開けた。
冷たい空気が入ってくる。

私は階下に向かって呼んだ。
「お母さん」
「何?」
「やっぱり、手伝って」

母が階段を上がってくる音がした。
部屋のドアが開いた。
「どこから手伝おうか?」
母はいつもの笑顔で言った。

母は、私が捨てようとしたものを、いくつか拾い上げた。
「これ、まだ使えるわよ」
「これ、懐かしいわね」
他愛のない思い出話とともに二人で掃除を続けた。

夕方、部屋はあらかた片付いた。

「綺麗になったわね」 母が言った。
その声は心なしか上ずっているようだった。
「うん」
私は声を落として言った。

大掃除。 過去とのしばしの対話が終わってしまった。
でも、整理はしたけれど捨てたわけじゃない。
大事なものは、持っていく。
母との時間も、この部屋の記憶も。
全部、持っていく。

「お母さん、ありがとう」
私は言った。
母は笑って、私の膝に手を置いた。
「頑張ってね」

窓の外は、もう暗くなり始めていた。
新しい年が、もうすぐ始まる。



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iさんの風まかせ文芸部にお世話になっています。



「ひとりじゃない」はこのnoteの独自企画で、シングルマザー・母子家庭の日常を描くシリーズです。

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