半開きの扉|風まかせ文芸部
「今度の土曜、みんなでカラオケ行かない?」
放課後の教室で憧れの彼が声をかけてくれた。心臓が跳ねる。
「あ、えーっと...」
うまく言葉が出てこない。 元々話すことは苦手だけれど、彼の前では特にそうなる。
「大丈夫、大丈夫。気楽に来てよ」
彼の笑顔はいつでも自然で、まぶしい。
「はい、ぜひ」
やっと答えた私の声は、自分でも驚くほど小さかった。
約束の土曜日は、カラオケボックスに行くのがもったいないほどの小春日和になった。駅での待ち合わせ。私は三十分前に着いていた。 少しずつ集まりだした友達の輪の中にいるのに、何を話していいのか分からない。
みんなが集まると、彼は自然にグループの中心にいた。笑い声を響かせて、みんなを盛り上げている。私はさっきよりも端っこにいた。参加しているようで、していない。
カラオケボックスでも同じだった。
彼は最初から歌い続けている。恥ずかしがるでもなく、はしゃぎまくるでもなく、ただ楽しそうに。
「次、何歌う?」
私はマイクを振られても、「まだいいです」とつい言ってしまう。
歌いたい曲はあった。彼に聞いてもらいたい歌もあった。でも、どうしても一歩が踏み出せない。
みんなが盛り上がっている横で、私は烏龍茶をちびちび飲んでいた。
帰り道、一人になって思った。
小さい頃には思っていた。いつか理想の男性が現れて、すっと扉を開けて迎え入れてくれると。 あるいは誰かが私の閉ざした扉をノックして、静かに中まで入ってきてくれると。
でも、現実は違う。
彼はいつも扉を開け広げているのに。誰に対しても、自然に、オープンに。
私の扉は半開き。のぞいているだけで、そこから先に進めない。
夕方になって、昼間の暖かさが嘘のように感じられた。
駅前の小さな交差点。信号待ちをしていると隣で女性の声がした。
「そんなことしちゃダメよ」
ベビーカーの女の子が、大きく身を乗り出して、手を伸ばしている。
視線を追うと道の向こうには白い子犬が飼い主の足元でじゃれついている。
私にもそんな子供時代があったはずだ。いつからこんなに臆病になってしまったのだろう。
扉の隙間から見ているだけじゃダメなんだ。あの子のように、欲しいものに向かって手を伸ばさなければ。
次のカラオケがあったら、今度こそ歌おう。彼の前で、私の好きな歌を。
きっと、それが私なりの扉の開け方。
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