「ママ、もっと自分を大切にして」と言われて泣いた日。
42年間生きてきて、ここまで他人から激しい人格否定の言葉を受けたのは初めてだ・・・
という体験を、今週した。
どうでもいい人からならまだしも、私が地域活動をする中で敬愛し、同じ志でやってきたと信じていた60代の大先輩からだったので、それはもう、ダメージが大きい。
私がうっかりやらかしてしまったことに対する叱責にくっつけて、日頃の私の一歩踏み込んだコミュニケーションや、場の雰囲気を和ませるつもりでやっていた振る舞い、脊椎反射的な行動、こういったものに対して、全否定の言葉を約1,000文字のLINEで受けた。
さらに、
「グループ内で、長橋さんのことを『危ういと感じている、PTA会長が務まるのか不安だ』と言っていた人もいます」という警告まで伝えてきた。
その人たち、PTA全く関係ないのに……
今まで良好な関係で3年近く過ごしてきた先輩を怒らせたことに対する自責の念で、最初はとにかくお詫びの言葉を述べたものの、しばらくして「ここまで一方的に断罪される筋合いってある?フェアじゃないよな」という疑問、そして怒りが湧いた。
今は、冷静に文章にすることができているが、言われて3日間は悲しみと怒りで力が湧かず、動悸と頭痛に見舞われつつ、泣いたり放心したりしながら横になっていた。必死に体を起こして長男と次男の参観・懇談にも参加した。末っ子にぐずられたり、抱っこしてと言われるのがしんどかった。
「自分が立ってるだけでも精一杯なのに……」
たとえるなら、結婚を前提に3年間付き合った大好きな恋人から、
「おめえのそういうとこ大っ嫌いだったんだよ!!!」と怒鳴られたような感覚。
悲しみ、後悔、羞恥心、怒り、喪失感。
空腹なのに、食事をしようという気にもならないあの感じ……
けど、昨日の夜からめちゃくちゃ食べている。せっかくダイエットできそうだったのにな。

心が弱っているとこういう言葉に惹きつけられるんだな…
という勉強にもなります。笑
今日、学校から帰宅した小2の次男が、
「今日鉄棒から落ちちゃった」と言う。
「え!大丈夫?頭打ってない?」と訊くと、脇腹を打ったという。
「えー!可愛いアンタが痛い思いをするのマジで嫌だから、気を付けてくれやな」と言いながら、「そういえば私も昔、うんていとかブランコから落ちてたか」と思い出す。
「自分が痛いのはどうとでもなるんだけど、我が子のは耐えられないんだよな」と言うと、次男が
「ママ、もっと自分を大切にして!」と言った。
ボロ泣きしてしまった。
「どうしてママがもっと自分を大切にした方がいいって思ったの?」と訊いてみると、
「だって人生は一度きりだから」と言う。
ほんと、その通りだね。
過剰な裁きによって心を痛めてまで、頑張らなきゃいけない役割なんてあるわけない。
次の更新時期に、役をやめる意思を伝えようと思う。今月の会議も休もう。
責められるだろうが知ったことか。自分の尊厳は自分で守ろう。
言葉の銃で一方的に撃たれ、苦しい渦中だが、今回の経験は間違いなく自分史上大きな出来事になるだろうと思う。何を私に知らせるための出来事だったのか?
ただ、よくなかったことは真摯に受け止めつつも、受け入れがたい言葉は受け取らないでおきたい。反省と自責、この境界線が難しい。
自分の良さだと思っていたものが、全く逆の評価を受けることがあるのか、という衝撃。
耐えがたくも、興味深い事象ではある。
ちきしょうめ、小説のいいネタになりそうだ。
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【2025/07/18:追記】
ネタにしました。
つらいことは全て創作にしちゃおう。
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