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民生委員なんてなくなっちまえ。

3年前に引き受けた民生委員、今月で任期満了となる。もちろん続ける人は続けてオッケーだが、私は最短の3年でやめる。

全国民生委員児童委員連合会HPより

3年。
あっという間だった。

3年前の初めての定例会では、置いて行けなかった2歳の娘をおんぶして行った。子育て世代だからこそ出来ることがあると、私はやる気に燃えていた。民生委員のメンバーで母親ほど歳の離れた先輩が、
「これからは、こういう若い人がやっていくのがいいのよね」と力強く言った。
しかし、3年後、その人は私の理解者ではなかった。

活動自体は意義のあるものばかりだった。
報告書などの作成は面倒極まりなかったが、子どもに関わる「主任児童委員」という役だったので、ヤングケアラーや、不登校、児童養護施設の実態などを学ぶ研修も多く、知らないことが少しでも知れたことは良かった。

また、未就園児親子との関わり、小学生の長期休みの居場所づくり。特にこれらの活動で、サポートが必要な地域の人たちと繋がれたことは、貴重な体験だったと振り返って思う。

そう、活動自体は、やりがいはあるんだよ。
でもなんだろう……「民生委員」という組織にとても違和感がある。

今日、今期最後の定例会があり、後任の方とも顔を合わせた。
私よりは先輩ママだが、まだ子育て中だという。塾の送迎で会議には毎回遅れると淡々と告げていたが、周りのシラ〜っとした態度に「すみません」と消え入りそうな声で付け加えていた。

……また、「擦り減らす人」が増えてしまうの?
もう、「民生委員」なんて、なくなればいい。
成り手不足なのは、もう今の時代に合ってないからだよ。

心からそう思った。

民生委員は「無償奉仕」が建前。
でも、背負うのは、「子どもの安全」「虐待の芽の察知」「高齢者の見守り」など、行政がやるレベルの役割だ。
無理のない範囲で、自分の生活を第一に、とは言いながらも善意に依存してる制度で、善意の強い人ほど疲弊するしくみ。
そして、心が折れても、誰も守ってはくれない。

また、「厚生労働大臣から委嘱された非常勤の地方公務員」という位置付けのため、名誉ある職だと信じ、「ふさわしい振る舞いを!」と声高に叫ぶ委員には閉口してしまう。何が非常勤の地方公務員だ。

会議後、新任の方が「結構研修とかイベント多いですか?」と不安そうな顔で尋ねてこられた。

「あ……そうですね、結構あるかもしれないです。でも行けなかったら無理しなくていいんですよ。自分の生活が第一って私も言われてやってたんで」
そう答えるも、「そんなにやることないですよ、ラクですから」という言葉で誘われたらしく、心外な様子。

ーー騙してんじゃん。
そんな胡散臭い勧誘はやめてよ。
足りてない福祉サービスがあればあるほど、人の困りごとが見えてしまう民生委員は忙しくなるんだから。暇なんかじゃないよ。育児が大変な親子と関わるのラクじゃないよ。一緒に泣いてきたんだよ。馬鹿にすんなよ。

民生委員を長年続けている方は本当に素晴らしいと思うけど、正しさを重視し、古い価値観で新しい風を堰き止めるようなことをしてる人がそのグループの実権を握っていたなら、誰も救われない。
それなら、高齢者の同好会のほうが楽しくて、入ったり抜けたりが自由な分、健全だろうと思う。

私は、ずっと誰かの役に立つ自分じゃなきゃ価値を感じられずにいた。そして、ボランティアであっても役割があったほうが、地域の人と関わりやすいのではないかと思っていた。

今回の退任は、そんな自分からの卒業でもある。
今は誰よりも私が私を必要としている。
私が好きな人と好きなことをするのを許す。

3年間、とても良い経験をさせてもらったと思っている。

でもそれは、創作の肥やしになったと思えていることが大きいためで、noteでエッセイや小説を書いていなければ、ただのつらい経験で終わっていた可能性が高い。

今日、21時に会議から帰宅した私は、3年前に民生委員になるのを泣いて反対した長男に3年間分の「ただいま」を言った。

長男は「おかえり。あぁ、よかった」とホッとした顔で私を見た。



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