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【掌編小説】三駅先の望郷(2,263文字)

約3年ぶりに、私は故郷の空港に1人降り立った。
帰省、ではなく、出張先がたまたま今回地元だっただけなのだけれど。

地元ではあるが、もう私の実家はそこにはなく、私も親も、それぞれ別の土地へ移り住んでいる。なので、親に顔を見せる必要もない。

昼間は営業先をまわり、夜は、長く付き合いのある営業先の人と懇親会の予定だった。

しかし、彼らの会社のシステムから個人情報が流出するという問題が発生し、懇親会どころではなくなってしまった。サイバー攻撃に遭った可能性があるという。大変な状況だが、私にできることはなかった。

「どうしよう」

夕方から夜の予定がすっぽり空いた。

ふと、学生時代の仲間とよく行った街中の焼肉屋に行きたい気分に駆られたが、いきなり誰かを誘う気力もなかった。長く連絡も取っていないのに、お土産もなしに「今晩ひま?」なんて失礼な気がした。
かといって、一人で行くほど肝は据わっていない。

気軽に誘える旧友がいない。
5月だというのに、心の中に木枯らしが吹く。

街中から、電車に乗った。

たった3駅で、懐かしい風景が見えてきた。
幼少期から、転職で県外へ出るまでの20数年を過ごした町だ。
なんとなく、歩いてみたい衝動にかられたのだ。

「この公園で、川上くんから告られて付き合うことになったんだったな」

心が一気に中学生の頃に戻っていた。

思い出の公園を通りかかり、かつてのボーイフレンドを思い出し、顔を見たくなった。

元気に生きてるのかな。

風の便りで、早くに結婚して娘をもうけたけれど、数年後に離婚したと聞いていた。

再婚したのかな。

中学から高校までの1年間、付き合った同級生。
自分にとって、何もかもが初めてで輝いていたあの頃。

どう考えても、いきなり元彼の実家を訪ねるのは失礼だと思いつつ、川上くんの消息を知りたくなり、思わず足が動き出していた。

久しぶりの帰郷で、妙な興奮状態にあったかもしれない。

私と川上くんの家のちょうど中間地点に公園があった。

15分ほど歩くと、当時よく遊びに行っていた彼の家の前に着いた。

表札には「川上」と書かれている。
安普請の借家。まだここに住んでいたんだ。
ホッとした気持ちと、緊張と、どこか複雑な思いがないまぜになり、少し息苦しい。
部屋の灯りはついていて、中に人がいるようだった。

私は鳴るかどうか少々怪しいインターホンを思い切って押した。


ビーッ



「はい、どちらさまですか」

その声を聞いた瞬間、一気に動悸が激しくなるのがわかった。

川上くんの声だ。

え、実家に住んでたの?


「あ、あの……辻本です」


ガチャッと鍵を開ける音が聞こえ、ガラッと扉が開いて、川上くんと目が合った。

「どうしたの」

「ちょっと久しぶりに帰ってきて、近所を散歩してて……」

「……上がる?汚いけど」

そう言って、川上くんは、室内に私を招き入れた。

古くて、狭い家。そしてこの懐かしい、よそんちのにおい。

胸が押しつぶされそうだった。
川上くん、変わってないし。

「辻本は関東にいるって誰かから聞いてたけど」

「あ、うん。今日は出張で」

「で、なんでいきなり俺んちに?営業しに来たの?」

「まさか、いや、そうだよね、なんでって感じだよね……」

私は夜の予定がなくなったいきさつや、懐かしくてつい地元を散歩したくなったことを話した。

ふいに、付き合っていた頃にはなかった家具が目に入った。

黒い仏壇。真新しい彼の母親の遺影。

「……おばさん、亡くなったの……?」

「あぁ、うん、2年前にね。あれ、辻本って、俺の親父が亡くなったのは知ってたっけ」

「……あぁ、うん、高校生の頃だよね」

別の高校に行って、互いに心が離れていった私たちだが、その後たまにバッタリ出くわすことはあって、少し立ち話をすることもあった。

おじさんの訃報は、別れた直後に聞いたんじゃなかったかな、とそっと思い出す。

仏壇には、空き缶に活けた野花が供えられていた。

毎日摘んできて、丁寧にお母さんに手を合わせている彼の姿が目に浮かんだ。

川上くんが毎日、粛々と、ひたむきに生活を営んでいる場所に、私はズカズカと土足で踏み入ってしまったかのような罪悪感が急に襲う。

離婚したらしいこと、その後どういういきさつで実家に戻ることになったのか、今どんな仕事をしているのか。

知りたいけれど、わざわざ尋ねる気にはなれなかった。

この家に足を踏み入れてから、ずっと、じんわりと胸が痛い。

だけど彼が感じてきた痛みは、私の痛みにはなりえないのだ。
そんな中途半端な同情心はとても失礼に思えて、居心地の悪さを感じ始めていた。

だけど、その無責任な思いやりを抑えることができない。

かつての恋人。15歳なりに、本気で愛した人。

心の中で、彼を抱きしめたいような気になる。
しかし、それはしてはいけないことのような、越えてはいけない一線のように思えた。

「ゴメン、いきなり来て。もう帰るね」

「は、そうなの?飲みにでも行くかと思った」

「え、いいの?実はお腹空いてる」

「そこの角にさ、何年か前にできた焼鳥屋があって。うまいのよ」

「へぇ、じゃあそこ連れてってよ」

今の私たちにできることと言えば、あの頃に一緒に戻って、あの頃から見て今の自分をどう思うか、互いに述べ合うことくらいだろうか。

「辻本のおごりな。お前、稼いでそうだもん」

「うーわ、情けない男になったねー」

今晩は、あの頃の未熟さや後悔を、ただ、笑い合えたらいいね。


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熱い反応をくださったみなさまからのエネルギーを受け取りまくって、テイルズにて続編書き始めました。
よろしければぜひ🫶

脱稿後に書いた記事はこちら🫶


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