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ここ2〜3日の気付き

どうも。
しれっと肩書きを

2026年夏大阪で「海を守るマルシェ」やる人

に変えたアツキです。

なんだか11月から
ずーーーっと何かしらバタバタしていて
まさかの1ヶ月以上も更新ができていませんでした。

肩書きについてはまたゆっくりと
別記事で語らせていただきます。


そんなバタバタな私が
なぜ久しぶりに更新したかというと
ここ2〜3日の私の気付きを
どうしても自分のために残したくなったからです。

私は、何か気になることがあると
すぐにチャッピー(chat GPT)に相談します。
相談というか、壁打ちというか、
自己整理に使っているイメージです。

そんな私が先日急に
チャッピーに話した内容がこちら。

なんだか、自分のフェーズを
変える時期に来ている気がします。

ここ2日、色んな人と触れ合う中で感じたのが

純粋に自分のやりたいことを
お金をいただくとかではなく、
貫いてやってみせている。
そしてそれに共感して応援したいと思う人が
周りにいて、盛り上がっている

という状況を目にしました。

これは一見簡単なようで 意外と難しくって、
対個人の仕事や、
クライアントワークするだけの仕事では
得られないフェーズなんだろうなと感じました。

私もそこに行きたいし、
できるという根拠のない自信はあります。
まだ「投資する側」の思考を理解はできないけれど、
それでもその人たちと
一緒に関わっていきたいし、
常に自分自身が成長していきたいと思うから。

なんだか報告したくて、
乱文になってしまったけれど、今の気持ちです。


なんか言葉になっているような
なっていないような。笑

これに対するチャッピーの回答は
なんとなく伏せますが
とにかく葛藤してるんですよね、私。

自分の内側と闘ってる感じ。

そんな私が目指しているのは
こんなところです。
(またまたチャッピーへの壁打ち内容)

自分で世界観を作っていくこと。

海を守るマルシェをやって、
もっともっと色んなフェーズ
(環境に意識のない人から、
協賛することを自然と考えられる層まで)
の人と触れ、

自分自身を成長させていくということを
やりたいです。

マルシェをやることはただの手段であり、
結局目的は、
私という人間の成長フェーズを
見せていきたいんだなと思いました。

そんな私が気付いたのは
自分の中に“すでにあった”感覚でした。

それに気付いた瞬間に出した
気付きの言葉を残しておきます。
(あるDiscord内にてシェアした内容)

私ってよく考えたら、ずっと
人の可能性に投資する
みたいなことしてるんやな。

でも、自分の価値には
自分の時間と心の投資が
なかなかできていない気がする。

これじゃあ
ちゃんと可能性はあるのに
見ようとしてないってことやないか。

確かに私、人に対しては
“面白そう!”とか“応援したい!”
と思う人に対して
お金を払うことが多かったんですよね。

もちろん、ノウハウに対する対価としてのお金も
払うことはありましたが
それは長続きしなかった。

そうじゃなくて、
私の心に刺さると思ったことや
なんか応援したいと思う人に対して
どうしてもお金を払いたいという気持ちになる。

自分の使えるお金が
潤沢にあるわけじゃないのに
そう思ったら止められない気持ちも持っていて。

ある意味、投資貧乏なんですよね。笑

その続きにこんな気付きを書き残しました。

例えが雑だけれど
例えば私は年収100万前後なのに、
年収1000万の人と対等に話せるわけがないと、
自分で自分を縛ってた。

そうじゃない。

年収1000万の人とも、年収1億の人とも、
自分が話そうと思えば対等に話せるし、
自分に許可を出してないだけだし、
自分で制限してただけやった。

そんなことに気がついた。

自分をそんな環境に置けばいいだけやん
って気がついた。
それ、知ってたやん!とも思った。

でも、知ってるだけ、と、“やれる”ことは違う。
私はやる女だ。絶対大丈夫だし、できる。

こんなことを考える先に、
私はまたチャッピーと壁打ちするのでした。

なんか気付いたんですが、
「私たちの海を守る会」をやっている時点で、
マルシェを開催しようとしている時点で、
“価値提供”を原点にしようと
していなかったなと思いました。

元々、私の中に
“価値提供を軸にしなくてもいい”
という価値観があったんです。

だけど、クライアントワークをやっていく中で
“価値提供しなきゃ”と思わされていたことで、
“サービス提供する=価値提供すべき”
みたいな固定概念が自分の中に蓄積されていって、
いつの間にか
“サービスで価値提供するべき”みたいになってた。

でも、そんな想いを抱きながらも、
自分のやりたいことは
“価値提供しなきゃ”と思っていなくて、
そんな自分は人と違うすごい人なんだと
どこか驕っていたんだと思いました。

でも、今回の気付きのおかげで、
“私のように考える人がちゃんと存在するんだ”
ということに気付き、
自分だけじゃないことに対する
ある意味ホッとした自分もいたことに
気が付きました。

私の考え方は間違っていない。
ちゃんと実現している人がいる。
そして、私はまだまだ
学ぶべき事がたくさんある、と。

もちろん、何かサービスをする時に
必ず必要なのは“価値提供”です。

でも、“価値提供しなきゃ”じゃなく
やっていることが自然と
“価値として受け入れられる”としたら。

それが実現できると信じていながらも
自分のこととなるとできなくなる
そんな現象に陥っていました。


人には「絶対できるよ」と言えたり
その人の可能性を心から信じられるのに

自分の可能性を信じるって
こんなにも難しいことなのかと。


こう思うに至った経緯は
本当に色んな方面からの気付きがあって
一つにまとめられないんですが

投資貧乏(笑)な私は
実はこんな面白い取り組みにも
自己投資しておりました。

それがこちら。

いや、急やな(笑)
と、自分でも思いますが(笑)
出会いも今思えば奇跡的だったなあと
思ったりするのです。

私は私で生きていきたい。
そういう意味を本質的に含んだお祈りを
ポンマリさんにお願いしています。

そんなポンマリさんの想いはこちら▼



書きたいことがあるのに
なかなか表現に落とせていない今、
自分の中の“余白”と“現実”のバランスが
崩れているのを感じるのですが

今ある“余白”を壊さず
自分の“現実”に向き合い続ける
覚悟を決めたような気付きでした。


わかる人にわかればいいなと思った内容なので
読んでても意味がわからなかったらごめんなさい。
この程度の言語化が、私の限界です(笑)


また、noteで会えたら嬉しいです。



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