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まりこふんと行く!!古墳にコーフン♪~神奈川&静岡の巻~ byはとバス

2026年1月22日 今年初めてのはとバスの古墳ツアーに行ってきました。
今回は、秦野 桜土手古墳群、三島市 向山古墳群、長泉町 原分古墳へと行きました。

朝方の電車のトラブル、人身事故などで 出発に間に合うかドキドキで集合場所には、ぎりぎりで到着。置いてけぼりは回避されました。実際には、いろいろあって10分ほど延発でした。まず、海老名SAで休憩では、下り線名物?メロンパンを調達。

窯出しメロンパン

1時間ほどで秦野市 はだの歴史博物館のある桜土手古墳群に到着。


南北200メートル、東西500メートルの範囲で35基の古墳が分布する神奈川県内でも規模の大きい古墳群です。工場等建設の開発にともない23基の古墳の発掘調査が行われましたが、残り12基のうち6基が桜土手古墳公園内に、6基が隣接する工場に秦野市の史跡として保存されています。また、古墳公園内には、古墳群の中でも最大規模の1号墳が復元されています。(秦野市役所HPより)

復元古墳石室見学

石室入口の周辺、基壇の張り出しが珍しいとのこと。
石室内部(復元)
そのほかの古墳

はだの歴史博物館が併設されており、出土品のほか、周辺の縄文時代、弥生時代の展示物が見られます。
また、古墳の復元ビデオも放映されており、石室の復元工事の解説もされておりました。

三島市から見る富士山は、宝永火口が美しい。

つづいて、向山古墳群へ。

向山古墳群は向山小学校北東側の尾根上に直線的に分布する、円墳14基、前方後円墳2基の、合計16基からなる小規模な古墳群です。これらの古墳が造られた時期は4世紀中頃から6世紀前半で、三島市内では最も古い古墳群です。田方平野北部を支配していた「くに」の王(首長)の墓と考えられ、前方後円墳があることから、大和王権との関係を知る上で重要な古墳群であるといえます。古墳群は昭和50年(1975)の向山小学校建設工事において、偶然発見されました。この時発掘調査した2基の円墳(1、2号墳)からは、鉄剣、鉄刀、鉄鏃が出土し、木棺直葬といって遺体を入れた木棺を、直接古墳の盛り土の中に埋めた構造であることがわかりました。これら2基の古墳は、小学校建設に伴い消失しています。ガイドさんによると、校庭になっていると。(三島市HPより)
向山十六号墳 68.2×40.7m
埋葬施設のあった場所
三号墳 前方後円墳 長さ21.7m
上部には、埋葬跡が示されております。
四号墳 11.5m直径の円墳
五号墳 14.4m直径の円墳
六号墳 17.3m直径の楕円形の古墳
七号墳
八号墳
九号墳(ほとんどない)
十号墳
十一号墳
十二号墳
十三号墳
十四号墳
十五号墳

↓ 向山古墳群リーフレット

https://www.city.mishima.shizuoka.jp/media/15020180_pdf_2017524_rad6CE28.pdf

つづいて、原分古墳へ。

7世紀に作られた直径16mの円墳で、古墳時代後期の横穴式石室としては、静岡県東部最大規模。石室からは金銅装の馬具や太刀飾り、須恵器が多く出土し、石棺には「伊豆石」が使われている。南側から墳丘を。道路新設工事で元の位置から数十メートル移設されています。

山神社が横にあります。
石室に流用された 溶岩(御殿場泥流)
天井石復元(多孔質玄武岩)
閉塞石(復元)
家型石棺


帰路は、道路混雑により、海老名SAは満車。通過となりました。残念。

帰路も富士山は、きれいでした。


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