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地方創生の「きれいごと」に疲れたあなたへ。海士町で僕が鎧を脱いだ理由

※この記事は、海士町アンバサダーとして活動する中で感じた個人的な葛藤をまとめたものです。あくまで一個人の内省と記録です。

海士町でお正月を迎えた。冬の日本海は、刺すように冷たい。

そんな空気の中、地元の方々が集まる会合に混ぜてもらう機会があった。

島言葉が飛び交い、熱を帯びた酒が注がれる賑やかな席。そこで、ある年配の漁師さんと目が合った。

「で、あんたは結局、何しに来たんだ?」

笑いながらの問いだったが、言葉に詰まった。

元国家公務員。今はIT企業の管理職。そんな「外の肩書き」を並べても、ここでは何の意味も持たない。

僕の思考は、必死に「正解」を探そうとして、空回りしていた。

埋まらない「距離」と、僕の傲慢

これまで、自分なりに島のために動いてきた自負はあった。

東京と島をつなぐ調整や、デジタルの知見を活かした支援。パソコンの前で汗をかき、成果や効率を語ってきた。

けれど、お正月の湯気の向こうで、急に自分が恥ずかしくなった。

「この魚、うまいですね」

そう言った自分の声が、上滑りしている。

この魚が食卓に並ぶまでの、夜明け前の出港、荒れる海、凍える指先。その「生活の営み」という背景を、僕は記号としてしか見ていなかった。

僕がどれだけ企画書を書いても、彼らが命をかけて網を引く時間の重さには、一生追いつけない。

「アンバサダー」という肩書きを盾にして、僕は「島のために貢献している」という満足感を買っていただけではないか。

結局、安全な場所から眺めているだけなのではないか。

「役に立つ自分」という鎧を脱いでみる

自分への問いかけは続きます。

お前は何者なのか?

ここで僕は、無意識に「役に立つ自分」を演じようとしていたことに気づく。

「これだけの成果を出しました」「こんな課題を解決できます」。

そうやって自分を定義していれば、傷つかなくて済むからだ。

でも、それではいつまでたっても、僕は「よくわからない、たまに来て理屈を言う人」のままだ。

「なんのために来てるのかって……理由がないと、来ちゃダメですかね」

思わず口に出た言葉は、自分でも驚くほど素直なものだった。

隣の漁師さんは、「ははっ、そりゃそうだ。酒飲め」と笑ってくれた。

「何かする人」である前に、ただ「そこにいる人」に

地方創生という言葉の周りでは、常に「何をやったか」が問われる。

現場で泥にまみれて格闘している人たちには、心からの敬意を抱いている。彼らの必死な活動があるからこそ、僕のような人間が関われる余白が生まれている。その事実に甘えてはいけない。

ただ、今の自分に必要なのは、ソリューションを提示する専門家のような顔をすることではなかった。

「プロジェクトがあるから、海士町に行く」のではなく、

「なんとなく、この場所が好きだから、そこにいたい」。

そんな「理由なき好意」を、自分に許してみることにした。

役に立とうと焦る自分を一度捨てて、まずは一人の人間としてそこにいること。

それが、僕のような外の人間が、この土地と誠実に向き合うためのスタートラインなのだ。

また、海士町へ帰る

新年の会合でのあの時間は、僕への痛烈な、しかし温かい目覚ましのようなものだった。表面的な「アンバサダー」という役割を演じていただけでは、僕は一生、この島の本当の匂いに気づけなかっただろう。

次に島へ行く時期は、まだわからない。

でも、この問いは「いつか考える」ものじゃない。

明日、東京で企画書を書く時。

Zoomで島の人と話す時。

その瞬間、「役に立とうとする自分」と「ただそこにいたい自分」のどちらを選ぶのか。

「役に立つ人間」の仮面を脱ぐのは、次に島へ行く時じゃない。

今日から、だ。

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