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透明人間

日本語版はAIが中国語原文を翻訳したものです。


ねえ、そこの君。君だよ。ちょっと聞いてくれ。この世界のとんでもない真実に気づいてしまったみたいなんだ。最後までしっかり聞いてくれよ。
長々と話す前に、まずは簡単な自己紹介をさせてくれ。名前は……名もなき小卒、重要じゃない。出身は地方の街だ。どこの街かは重要じゃないし、東京や大阪のような大都市ではない。かといって、何もない田舎というわけでもない。生活必需品は一通り揃うけれど、少し洒落たものは手に入らない。大きなショッピングモールの1階に入っているブランドといえば、MKやCoach止まりという程度の地方都市だ。ここの住民のほとんどは代々この土地で暮らしており、街には人情味が溢れている。商業センターと呼べるような商店街が一つか二つ、ビルが数棟、そしてどこにも名の知られていない地方大学が一つ二つある。だが、地元の大学を出た者も、地元出身の若者も、大学を卒業すれば鳥のように大都市へと飛び立っていく。東京や大阪のような華やかな世界に比べれば、ここではあまりにやることがないからだ。駅から車で10分も走れば田んぼが広がり、歴史の教科書に載るような有名人も、特筆すべき大きな事件も起きたことがない。日本中どこにでもあるような、そんな小さな街だ。
そんな場所で、私は平凡な家庭の一人息子として育った。両親は教師だったせいか、私にことさら熱心で、「しっかり勉強すればここを出て東京の大学に行けるし、人生を変えられる」と教え込まれた。大学に入るまで東京なんてまともに訪れたこともなかったが、子供心にもテレビや雑誌を通じて、東京がキラキラした世界だということは知っていた。そうした刷り込みもあり、放課後に塾へ通わされても文句一つ言わず、ひたすら勉強に励んだ。両親は私の部屋に「努力は報われる」という額縁まで飾っていた。言ってみれば、それが私の人生の信条として植え付けられたのだ。
勉強には多少の才能があったのだろう。小学校高学年で同級生より優れた数学の能力を見せ、地元の名門中学、そして最高峰の高校へと進んだ。高校の最後の一年は大学入試に向けて死に物狂いで勉強した。週末のたびに部屋にこもって12時間以上机に向かい、高校時代に付き合っていた彼女と別れることさえ厭わなかった。その努力が実り、東京近郊の国立大学の電子工学科に合格した。上京する前日、父は親戚一同を地元のレストランに招き、壮行会を開いてくれた。私は一族で初めての「上京する大学生」になった。
私が合格した大学は東京圏にあるとはいえ、理工学部だけが切り離され、都心から一時間以上かかる田舎にあった。学校の周りには遊ぶ場所もなく、私は高校時代からハマっていたゲームやアニメに没頭し、アニメサークルに入った。毎年夏のコミックマーケットでサークルのメンバーが台場に行く以外、ほとんど都心に出ることはなかった。
大学の四年間はそれなりに努力した。技術的な詳細を突き詰めるのが好きで、論理で精密にコントロールされる世界に心地よさを感じていたからだ。成績も悪くなく、大学院へ進んだ。しかし、大学院で自分には研究の才能がないと悟り、指導教官ともうまく噛み合わなかった。熟考の末、博士課程への進学を諦め、熾烈な就職活動へと身を投じた。
大学までの学生生活において、自分の専攻が社会でどう役立つのか、全くと言っていいほど知らなかった。幸い、専攻には就職活動のノウハウを伝授する伝統があった。業界ごとの給与水準に基づき、大学のランクと同じようにCからSまでランク付けされた「就職先リスト」が存在した。その視点で見れば、就職活動は大学受験と非常によく似ていた。資料を集めて技術面接の対策をし、研究室の先輩の推薦枠も活用して、いくつかの大企業の面接を勝ち取った。しかし、その後の面接で性格面接に何度も落ちた。エンジニア職の採用にもかかわらず、「学生時代に最も努力したことは何か」「どんなサークルに入っていたか」「人生の夢は何か」といった質問をされ、見知らぬ人と話すのが苦手な私はどう答えていいか分からなかった。それでも、幸いなことに技術力という武器で大手企業のエンジニア枠に合格し、新卒として上京した。ここまでは自分の人生は順調そのもの、むしろエリートに近いとさえ思っていた。台本通りに努力して働けば、それなりの体裁の良い生活が送れると信じていたのだ。
電車の路線の複雑さや、大型店舗の多さ、立ち並ぶビルに感嘆しつつも、私はすぐに東京の日常に溶け込んだ。部屋を探す際、地元や大学の郊外とは比較にならないほどの家賃の高さに驚いた。精査を重ね、価格を天秤にかけ、街の北側に一人暮らしには丁度いい1Kのアパートを見つけた。職場は都心南部の工業地帯にあり、毎日、満員電車という名の缶詰に一時間揺られ、夜にはまた同じように押しつぶされて帰宅する生活が続いた。配属された技術部門は、女性の秘書一人を除けば全員男性で、日本語がおぼつかない中国人や東南アジア人、インド人もいた。東京のイメージとは裏腹に、同僚の多くは地方出身者で、身なりも無頓着だった。職場も洒落たオフィスビルではなく、商業施設と混在した古い雑居ビルの中だった。
唯一の例外は、一年先輩の勝田さんだった。彼は東京出身で、端正な顔立ちと高い鼻筋が強いエリート感を漂わせていた。学生時代には周囲にいなかったタイプで、女性にもモテるだろう。髪をいつも整え、立派なスーツを着こなす彼は、技術部の中でひときわ異彩を放っていた。
しかし、それ以外の面では、勝田さんは常に仕事に対して不真面目だった。技術部門にいながら、技術的なことを全く理解していない。慶應大学の文理融合学部出身だと聞かされたが、とても頭が切れるようには見えない。先輩でありながら、私に仕事の初歩的な質問を繰り返すのだ。さらに、勝田さんは理由もなく数日間会社を休んだり、遅刻や早退を繰り返したりした。上司が何度も注意したが、彼は一向に改める気配がなく、周囲も諦めて重要な仕事を任せなくなった。
入社して一年が経つ頃、私は相変わらず真面目に働き、遅刻も早退もしなかった。仕事を完璧にこなすため、自ら進んで残業もした。東京の生活費は地元より高く、いかに節約しても貯金はなかなか増えなかった。もっと稼ぎたいという欲求と、優等生としての習慣から、早く昇進して社内でキャリアを築くか、数年後に待遇の良い会社へ転職したいと考えていた。幸い、上司は私の努力を評価してくれ、重要な仕事を任せてくれるようになった。仕事に没頭するあまり、体重は20キロ近く増え、すっかり丸々としてしまった。
そして、ある木曜日の昼食後、勝田さんが同僚たちに向かって妙なことを言い出した。仕事を辞めて、早く人生を楽しもうと。彼は私たちを見回しながら大声で叫んでいたが、誰も相手にせず、皆キーボードを叩き続けていた。彼はまるで透明な幽霊のように無視されていた。
最後に、勝田さんは私に向かって話し始めた。人生にはもっと価値のあることがあるはずなのに、なぜそんなに必死に働くのか、理解できないと捲し立てた。彼は、それこそが日本という国の悲劇だとまで言った。私は少し苛立ち、彼に向かって「一体何がしたいんですか」と問い返した。
彼は突然、じっと私の目を見つめ、あることを知りたくないかと聞いてきた。まるで天にも昇るような秘密でもあるかのように、神秘的な態度だった。その時、確かに私の好奇心が刺激された。
「今日の仕事が終わった夜の7時、もしよければここに来てくれないか」

彼は恭しく、お世辞めいた口調で言い、私に一枚のポストカードを差し出した。あるホテルが印刷されていた。誰だって理解に苦しむ状況だ。私は疑念を抱きながら勝田さんを見た。
勝田さんは慌てて説明した。「誤解しないでくれよ、ホテルに連れ込もうなんて思ってないからさ、ハハハ。そんな変態じゃないよ。今夜、ここで交流会があるんだ。君を招待したいと思ってね。少しフォーマルな格好で来てくれると助かる。ホテルのロビーで待ち合わせよう」
勝田さんが何を企んでいるのか皆目見当がつかなかったが、彼の態度は真剣だった。私はもともと好奇心旺盛な性格だ。私は勝田さんから受け取ったカードをじっくりと眺めた。
岡本堂ホテル

東京都千代田区大手町1-3-18

野門ビル50階



仕事が終わるとすぐに出発した。勤務先からホテルがある東京駅までは電車を一度乗り換える必要があり、一時間ほどかかる。勝田さんを誘おうかとも思ったが、彼は「準備があるから先に行ってくれ」と言う。ちょうど通勤のラッシュアワーと重なり、特に都心環状線の山手線に乗り換えてからは、車内は呼吸すら困難なほどの混雑だった。前後左右を人に挟まれ、足が浮きそうになるほど身動きが取れない。何より恐ろしいのは、地元ではこんな光景、想像すらできなかったということだ。
ようやく夜の7時過ぎに東京駅へ押し出された。私は駅のホームで乱れた服装を少し整え、約束のホテルへと向かった。そのホテルは高級オフィスビルの最上階にあり、地下は駅と直結していた。エレベーターでオフィスビルに入ると、喧騒は嘘のように消え、駅の放送音は優雅なクラシック音楽へと変わり、空気にはかすかな香水の香りが漂っていた。通勤で東京駅を何度も通ってはいたが、この出口から上がるのは初めてだった。
ホテルの入口を探してしばらく彷徨った。廊下の端にある目立たない側面に隠されていて、全く主張していなかったからだ。入口には警備員が立っており、まるで犯してはならない聖域に入り込むような気がして、入るべきかどうか何度もためらった。
ようやく意を決して一歩踏み込むと、警備員が恭しくお辞儀をしてくれた。これまでの人生で受けたことのない丁寧な扱いに、戸惑いと驚きを隠せなかった。
入口から短い廊下を抜けると、専用のエレベーターが二基あった。ホテルのロビーへはこの専用エレベーターで行くらしい。私は抑えきれない興奮を感じていた。地元のビルなんてせいぜい十階建てで、東京駅のような高層ビルはテレビやゲームの中でしか見たことがなかったからだ。もともと冒険心は強い方だ。学生時代には電車で日本を一周したこともある。東京のルーチンワークで死にかけていた好奇心が、久しぶりに顔を出したようだった。
エレベーターの扉が開くと、洗練された男女が寄り添って降りてきた。女性がチラリと私を上下に見たのが分かった。途端に居心地が悪くなり、エレベーターの壁の鏡で自分の姿を何度も整えた。決してうぬぼれではない。普段は無頓着な私が、このホテルの空気に触れて、まるで異世界の魔法陣にでも足を踏み入れたかのように、場のリズムに合わせなければならないという強迫観念に駆られたのだ。
やがてエレベーターは40階に静かに止まった。扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。異常なほど広々としたロビーで、天井は五階分ほどの高さがあり、そこにいる人々は皆小さく見えた。空間は黄金色に彩られている。室内は照明が落とされ、中央の平たい水盤に飾られた、手入れの行き届いた植栽にスポットライトが当たっていた。日本的な美意識を感じさせる佇まいだ。館内に流れるサックスの音色と、窓の外に広がる巨大な夜景。私はただの田舎者(実際そうだが)のように立ち尽くし、言葉を失っていた。
「おや、来たのか!」

聞き覚えのある声に我に返ると、そこには見違えるほど精悍なスーツ姿の勝田さんが、満面の笑みで立っていた。「それにしても、こんな場所にその服装で来たのか? 仕事着のままじゃないか」
私は思わず襟元を正した。仕事に追われて、服なんて週に一度しか換えない。「定時で上がってそのまま来たんです。乗り換えもあって、一時間近くかかりました。勝田さんこそ、わざわざ着替えたんですか?」
「ハハ、着替えただけじゃない、風呂にも入ってきたよ。君こそ電車だったんだろう? この時間帯は地獄だったはずだ。平日からこんな場所に呼び出して悪かったね。でもありがとう。誘った同僚の中で来てくれたのは君だけだよ」勝田さんが私の肩を叩いた。
「いえいえ。入社してから仕事以外で話したこともなかったのに、突然のお誘いで驚きましたよ」
勝田さんは私を連れてロビー左側の側面に歩み寄った。係員に名前を告げると、リストを確認した係員が微笑みながら二つの菊紋のバッジを渡してくれた。
バッジを付け、側門を抜けると、そこには広大なパーティー会場が広がっていた。内装はロビーと統一されており、深紅の絨毯の上で、黒いスーツの客たちが談笑しながら酒をグラスに注いでいる。テレビドラマでしか見たことのない典型的な商談のシーンだ。一時間前まで、あの薄汚れたオフィスのデスクに座っていた自分が信じられない。
「ここは一体、何なんですか?」

私は勝田さんの後をぴったりと追った。自分の居場所ではないという疎外感が、足を踏み入れた瞬間から強まっていたからだ。
「見ての通り、東京の高級ホテルで開かれているビジネスパーティーさ。ゲストの挨拶は終わったみたいだね。今は俺が一番好きな、自由時間と美食の時間だ」勝田さんがビュッフェエリアを指差した。上質な寿司や生肉、サラダ、海老が並んでいる。
「あの人たちは、何者なんですか?」

近くの男性グループを指した。皆、姿勢が良く、年相応の風格を漂わせている。唯一の違いはネクタイの色くらいだ。
「さあ、知らないな」と勝田さんは笑う。彼なら息子の年齢だろうに。「なら、聞きに行ってみようか」
勝田さんは大股で彼らの中へ割って入り、自己紹介を始めた。腰を折って名刺を差し出すと、中年男性たちは勝田の名刺を見て態度を一変させた。一人が眼鏡を外して目を細め、周囲に聞こえるほどの大きな声で言った。
「おお、勝田佑衣会長のご子息か! こんなに大きくなって!」
勝田さんは彼らと抱擁し、酒を飲みながら寿司をつまみ始めた。さっきまでの緊張感が嘘のように、場は和らいでいた。対照的に、私はその場から消えてしまいたかった。この世界に馴染めない自分が、そこにはっきりといた。隣にいる勝田さんと自分は、仕事以外では決して交わらない別の世界に生きているのだと、痛感させられた。
勝田さんが私に気づき、手招きをした。私がためらっていると、彼は私の腕を掴んで強引に引き寄せた。「おい、君も挨拶してこいよ!」
私は威厳ある中年たちを前に、どうすればいいか分からなかった。「あ、えっと、エンジニアなので名刺は持ち歩いておらず……すみません」と、視線を床に落とすことしかできなかった。
「ああ、彼は同僚です。仕事で助けられていてね、先輩の私が頭が上がらないんですよ」と勝田さんがフォローしてくれたが、私のフルネームすら忘れているようだった。
中年たちは顔を見合わせ、私に気を遣ってか、次々と名刺を差し出してきた。「取締役」「専務」「常務」「社長」。軽い紙切れのはずなのに、その肩書きの重さに押しつぶされそうだった。
「いやあ、勝田君。子供の頃はよく君の家で食事をしたものだ。懐かしいね」

彼らは思い出話に花を咲かせている。私は一言も会話に入れない。勝田は彼らと堂々と渡り合い、笑い合っている。私はただの幽霊だ。彼らの視界には、もう私は存在していなかった。
耐えきれず、私は会場の隅のビュッフェへ逃げ込んだ。マグロの寿司を口に詰め込みながら、場内を見渡す。明らかに場違いな自分。そもそも、この世界を知ることさえ許されていなかったのではないか。自分が知っていたはずの世界が、本当にそこに存在しているのかすら疑わしくなった。
「お客様、お飲み物はいかがですか?」

ウェイターが声をかけてきた。私と彼に何の違いがあるのだろう。赤ワインを一杯飲み干し、ウェイターが去る前にグラスを返して、会場を後にした。
「おい! 帰るのか? 挨拶もなしか」

エレベーター前で勝田さんが追いついてきた。
「勝田さんこそ、なぜわざわざ私をこんな場所に呼んだんですか」
「うまいものを食わせたかったのさ」と勝田さんは笑う。「ところで、このホテル、一泊いくらだと思う?」
高級ホテルなんて考えたこともなかった。勝田が指で「3」というサインを作る。
「3万……円?」

学生時代、コミケで東京に来たときは一万円以下のビジネスホテルやカプセルホテルばかりだった。
勝田は残念そうに首を振る。「もっとゼロが多いよ」
「さん、さんじゅう……30万?!」
「これでも基本のスイートの価格だよ」
頭が真っ白になった。一泊の料金が、大手企業のエンジニアである私の月給より高いなんて。今日起きたことは全て夢であってほしいと願った。
勝田は私の驚きを面白そうに見ていた。「今日呼んだのは、仕事以外にも人生には意味があるって伝えたかったからだ。それと、仕事でいつも助けてもらっている礼だよ」

彼は軽く頭を下げた。「君は賢いエンジニアだ。私も理系に憧れた時期があったが、君たちほど頭が切れなくてね。だから、君には知っておいてほしいことがあったんだ。ところで、趣味は何だい?」
「アニメとか……でも仕事が忙しくて、休日はゲームをするくらいです」
勝田は満足げに頷く。「だろうね。歴史や政治の本は読まないタイプだ。……いいか、こういう高級ホテルは、ロビーを見るだけなら予約も消費もいらない。東京にはそういう場所が山ほどある。住宅も、店も、レストランもだ。せっかく東京にいるんだから、もっと世界を見て回るべきだよ」
「ですが、勝田さんの世界と、私の世界は全く違うんです。今日、ここに来るまでこんな場所があることすら知りませんでした」
「だから面白いんだ」勝田さんがエレベーターのボタンを押した。「俺は日本を変えたいんだ。周りに自分と似たような人間しかいなかったら、人生はつまらないし、日本は衰退する一方だ」
エレベーターが50階に到着した。扉が開く。
「じゃあ、失礼するよ。まだ話す相手がいるんでね。今日の経験が、君を少しでも変えてくれたら幸いだ」
「……ご招待、ありがとうございました。来週、また会社で」
「ああ、また会おう」
勝田さんは深くお辞儀をし、エレベーターの扉が閉まった。



帰りの電車で、私は再び両足が浮きそうになるほどの圧迫を受けた。
最上階のホテルからエレベーターで降り、地下鉄の駅へと向かうにつれ、周囲の人々は増え、騒音は激しさを増していく。全身を品定めするような視線の緊張感も消え失せた。明らかに、私は再び自分の慣れ親しんだ生活へと戻ってきたのだ。
夜のラッシュアワー、上司に無理やり連れ回された飲み会帰りと思われる会社員たちが、互いに肩を支え合いながら電車に乗り込んでくる。車内の狭い空間は酒の匂いで充満していた。この時間帯の電車には何度も乗っているが、今日に限っては違った。宴会で何か怪しげな薬でも飲まされたのか、私の感覚は異常なほど研ぎ澄まされていた。空気中に混じる安っぽいタバコの匂い、隣の男のスーツから漂う古びた汗の臭い、そして誰もが同じように浮かべる、生活に磨り潰された無機質な表情――それらが、今この瞬間、これほどまでに突き刺さるほど鮮明に感じられた。
そうして耐え忍ぶことどれくらいか、車内の乗客がまばらになり、ようやく自分の住む駅にたどり着いた。
駅からアパートへ向かう道すがら、居酒屋からは相変わらず活気ある煙が立ち上り、疲れたサラリーマンたちがスーツを脱いで小酌を楽しんでいる。近くのスーパーは閉店間際で、老人や主婦が食材を吟味していた。角を曲がると、塾帰りと思われる女子高生たちが、笑い声を上げながらコンビニへ吸い込まれていく。
さらに先へ進むと、店は消え、街灯も暗くなり、静かな住宅街へと入る。建物が靴箱のように隙間なくひしめき合い、一階の車庫には軽自動車が、壁を擦らないのが不思議なほどの精密さで停められている。東京のこの過密な住宅地は、地元では想像もつかない光景だ。ふと、勝田のような人間は、絶対にこんな場所には住んでいないだろうと思った。今までは無意識に自分を麻痺させていたのかもしれない。しかし、あの宴会以来、私は東京という場所をより深く探求したいという興味に駆られていた。昔なら調べるのも一苦労だったが、ネットがあれば価格などいくらでも辿れるはずだ。
考え事にふけっていると、背後から自転車のベルが鳴った。慌てて路肩に寄り、一人がやっと通れるスペースを空けると、ふらつきながら走る老婦人が通り過ぎていった。普段は気にも留めなかったが、ここの道は驚くほど狭い。
狭い路地を抜け、墓地を通り過ぎ、左に曲がる。立ち並ぶ戸建て住宅の隣に、六、七階建てのマンションが数棟、二車線道路を塞ぐように建っている。その中で最も古びた黄褐色のマンションが、私の住処だ。
いつものようにアパートのロビーに入り、郵便受けを覗く。今日、初めて気づいた。このアパートのロビーは、今夜のホテルの玄関ホールに比べれば見る影もない。入った瞬間に鼻を突く、湿ったカビの匂い。古い木材と長年積もった埃が混ざり合った、時代に取り残されたような腐敗臭がした。鍵を回してドアを開け、大人三人で一杯になる、安っぽい木板を繋ぎ合わせたような狭いエレベーターに乗る。上昇するたびにギシギシと鳴る異音は、数時間前に乗ったあのホテルの優雅なクラシック音楽とは対極にあった。七階に上がり、錆びついた銅青色の鉄扉が並ぶ廊下を抜け、ようやく部屋の前に着いた。
ドアを開けると、そこは標準的な日本の単身用アパートだ。玄関があり、廊下の片側にキッチン、もう片側に風呂とトイレ。奥には四畳半の部屋が一つ。これが私の生活のすべてだ。東京への就職が決まった時、母と一緒に仲介業者を通して決めた部屋。学生時代からずっと寮生活だった私にとって、これが初めての東京の家賃だった。こんな靴箱のような部屋でも、郊外で給料の三分の一が消える。地元なら、同じ家賃で二、三倍の広さのモダンなマンションが借りられたはずだ。
夜の部屋。カーテンの隙間から月光が差し込んでいる。
ドアを閉めた途端、どういうわけか、もう我慢の限界だった。足の力が抜け、その場に崩れ落ちた。自分の体を抱きしめ、喉の奥から勝手に声が絞り出される。涙が堰を切ったように溢れ出した。頭の中は真っ白で、ただ床にうずくまって泣き叫んでいた。
その声は狭い壁の間で反響し、滑稽で惨めなものに聞こえた。
正直、泣き叫んでいる間、自分の意識は肉体から離れているようだった。床にうずくまる自分を、別の自分が眺めているような感覚。なぜこれほどまでに悲しいのか、自分でも分からない。子供の頃、無理やり学校に行かされた時も、試験に落ちた時も、就職活動で拒絶された時も、これほどの痛みを感じたことはなかった。しかし、あの夜の出来事は、二十数年間積み上げてきた私のささやかな人生観を、根底から崩壊させるのに十分だった。
一分ほど泣き続けた後、ようやく正気を取り戻し、ふらつく足で洗面台へ向かい、顔を何度も洗い流した。冷たい水が肌を打つ。夢であってほしかった。
その後、居室の隅にある冷蔵庫から、残っていたウィスキーの瓶を取り出し、一気に飲み干した。胸の奥を焼くような感覚で、あの痛みを消し去りたかった。それだけでは足りず、冷蔵庫のビールを一本、また一本と開けていく。
壁の時計を見ると、もう夜の12時を過ぎていた。明日は平日だが、眠気は全くない。アルコールで沈んだ心を麻痺させたかったが、六缶飲み終えた頃には、ただ強い吐き気と、重く濁った頭だけが残っていた。
私は服を脱ぎ捨て、浴室へ入り、シャワーの湯を全開にした。水音を聞きながら思考を整理しようとした。
その後のことは少し記憶が曖昧だ。酒に強い方ではない。飲み始めて一時間ほどで激しい頭痛に襲われ、胃の中がひっくり返るような感覚に陥った。何度も何度も吐いた。あの宴会で食べた寿司も、すべて吐き出してしまった。かつて「高級」だと思っていた食材は、便器の中で見るも無残な汚物に変わっていた。
何度か吐いた後、ようやく少し楽になり、湯船に浸かった。
しかし、湯温のせいだろうか、温かいはずのお湯は凍りついた心を溶かすどころか、逆に私を震え上がらせた。
頭を何度も湯に沈め、上げ、沈め、上げた。
思考は水しぶきとともに飛び散り、走馬灯のように過去が蘇る。友達と駆け回った小学校時代、初恋の人と夏の田野を歩いた記憶、塾で過ごした夜、アニメサークルの仲間と徹夜でコミケに並んだ大学時代、論文が初めて受理された時の喜び、最終面接を突破した時の震えるような内定、先輩の指導のもとで初めて仕事を完遂した達成感……。私は、地元を離れ、東京で自立し、懸命に働き、大成し、平凡な一生を送れると信じていた。だが、そのすべてが、あの鷹の鼻の勝田と、宴席にいた高潔なビジネスマンたちによって、一瞬で粉々に砕かれた。
浴室の水を抜き、ベッドに横たわった時には午前四時を回っていた。脳裏には疑問が渦巻いている。一泊30万円の高級ホテル、社長や会長と対等に肩を並べる一歳上の勝田、そして自分が知っているはずの街とは全く別の顔を見せる東京。働く目的は何なのか。
そんな思考に囚われたまま、一時間以上も天井を見つめ続けた。やがて夜が明け、空が白んでいく。
すべては勝田のせいだ。なら、出社して彼を捕まえ、すべてを問い詰めればいい。
そう思うと、徹夜明けにもかかわらず、不思議と力が湧いてきた。身なりを整える。今度は鏡の中の自分を意識し、笑顔を作り、伸びた髭を剃り落とした。
早朝の東京は異常なほど静かだ。鳥のさえずりだけが聞こえる。コンビニ以外はどこも閉まっており、駅にも人はいない。
始発列車は空いていて、簡単に座れた。
早めに会社に着き、自分の席から三メートル先にある勝田の席を凝視した。彼が現れさえすれば、なぜあんな人間がこの会社にいるのか、問い詰めてやる。
二時間近く座り続けた。掃除のおじさんが入ってきて、重苦しいモップの音が無人のオフィスに響く。それはまるで、何かをカウントダウンする音のように聞こえた。
新人の後輩が定時ギリギリに入ってきた。挨拶を交わし、彼がパソコンを開き、コンビニのパンの袋を破る音が、静まり返ったオフィスで異様に大きく聞こえる。私は機械的に返事をしたが、視線は磁石に吸い寄せられるように、あの空席に釘付けになっていた。
その後、人が増え、キーボードの打鍵音、電話の呼び出し音、コーヒーメーカーの作動音が、苛立ちを誘う洪流となっていく。九時になり、組長や課長が席につき、いつものルーチンが始まった。
しかし、勝田の席だけは空いたままだった。
その机は異常なほど整頓されていた。書類一枚なく、コーヒーの染みもなく、私物すら残っていない。
その日、勝田は現れなかった。
翌週の月曜になっても、彼は来なかった。
そして奇妙なことに、勝田の席は別の誰かに占領されていた。
ついに我慢できず、上司との面談の際、勝田がいつ来るのかを尋ねた。
「ああ、その件は来週の組会で話そうと思っていたんだが」

中年上司は実年齢より一回り老けて見えた。彼は眉間に皺を寄せた。

「彼の仕事は、もう新しい人間が引き継いでいる。実は先週の木曜が、彼の最終出社日だったんだよ」
勝田は、二度と会社に来ることはなかった。



軽やかなピアノの音がロビーに響き渡っている。
私は両手を広げ、最高級の牛革ソファに深く腰を預けていた。
目の前を、洗練された装いのモダンな女性が歩いていく。グッチのバッグを肩にかけ、ジミーチュウのヒールを鳴らして大理石の床を歩くその足取りは、ひどく優雅だ。
私は目を細めて彼女を見つめた。彼女の漆黒の瞳が私をかすめ、一瞬だけ視線が重なった。彼女は口角を上げると、顎を少し突き出し、肩のバッグを直しながら私の座席を通り過ぎていった。背中越しに、バイレードの高級な香水の香りが漂う。
私はカクテルグラスを手に、その美しい後ろ姿に向けて軽く揺らした。透明なマティーニがグラスの縁で波打ち、私はそれを一気に飲み干した。
勝田さんが退社してから丸二年が経った。今の私は、なぜか東京中の高級店やホテル、レストランを、何の気後れもなく行き来できるようになっていた。
私は根気よく「勉強」を重ねた。ネットで膨大な知識を詰め込み、今では東京にしかない「高級」なものについて、誰よりも詳しくなれるほどになった。
勝田さんの言った通りだった。一度「開眼」し、東京のあの世界への好奇心が芽生えると、エンジニア特有の体系的思考が頭の中で立体的な地図を作り上げた。すべての価値が「価格」で決まることに気づいてからは、住宅価格、高級ホテル、レストラン、ブランド店の位置を次々と地図にプロットしていった。週末になると、特定のエリアをただひたすら歩き回った。皮肉なものだ。勝田さんに誘われるまで、私にとって東京はただ地元よりビルが多いだけの街で、ろくに探索すらしていなかったのだから。
今では、誰かに東京を案内してくれと言われれば、恵比寿から代官山を通り渋谷へ抜け、原宿、表参道を経由して国道246号線を南青山へ、青山霊園を抜けて六本木へ至るルートを提示できる。あるいは、渋谷の松濤から代々木上原、下北沢を抜け、三軒茶屋、駒沢公園、深沢を通り、自由が丘で一休みして田園調布へ南下するルートもいい。道の途中で、木々に囲まれた屋敷の洋館の尖塔が見えれば、立ち止まって塀の表札を覗き込む。勝田のような男は、きっとこういう場所に住んでいるのだろうと想像する。高級ホテルやレストランで見かけるような洗練された人々が、こうした住宅街の路地にも現れる。それが私の推測が正しいことの証明だった。私が住む東京北側のアパートの周辺には、決して漂っていない空気感だ。
誤解しないでほしいが、給料が劇的に上がったわけではない。今の給料でどんなに昇進しても、あの生活は夢のまた夢だ。仕事も順調とは言い難い。いつからか、以前のように仕事に打ち込めなくなっていた。残業しようとオフィスに残ると、あの鷹の鼻をした勝田さんの顔が浮かんでくる。途端に気力が萎え、集中できなくなるのだ。
だから、どれだけ同僚が残っていようと、私は早々に切り上げて、地図にマークした高級ホテルのロビーへ向かう。平日の夜に多くの高級ホテルを歩き回ったが、勝田の言う通り、そのほとんどは誰でも入れた。唯一拒絶されたのは、都心で屋上温泉を売りにする伝統的な日本旅館だけだ。ロビーに入った途端、着物姿の従業員が恭しく近づき、草履への履き替えと予約の有無を尋ねてきた。冷や汗をかいて逃げ出したのは良い思い出だ。それ以外の大抵の場所は、街の中に隠された高級な「公共の居間」だった。勝田に出会わなければ、こんな華やかな場所が誰にでも開かれているなんて、一生知ることはなかっただろう。
高級ホテルのロビーでは、バーで一杯やることもあるが、大抵はただ座って目を閉じ、瞑想している。だから金はほとんどかからない。今日もマティーニを注文し、革張りのソファに身を沈め、ピアノの音色に身を任せていた。
「ピピピッ」

突然、スマホが震えた。実家からの通知だった。
地元を離れて十年。働き始めてからは毎年盆に帰省していた。最近帰った時、故郷の変わらなさに息が詰まる思いがした。いわゆる「東京病」というやつだろう。学生時代に華やかだと思っていた駅前は、新宿や渋谷に比べれば寂れ果てていた。地元の友人たちは皆、結婚し、子供を育てている。勝田のような男が、あの退屈な故郷に足を運ぶことなんてあるのだろうか。
親戚や友人との食事会に無理やり参加したが、彼らが羨ましそうに「都会の生活」を尋ねてくるたびに、喉が詰まった。勝田の住む東京は禁忌のようで、言葉にできなかった。数日で耐えきれなくなり、新幹線で東京へ逃げ帰った。
数ヶ月後、教職を退いた母が私に会いに東京へやってきた。大学を出てから初めてのことだ。アパートは狭すぎるので、母は近くのビジネスホテルに泊まった。その時、ふと思った。勝田のおかげで知った東京の姿を、この素朴な母に見せてやりたいと。
観光地を案内した日、私は母を、あの夜の高級ホテルのロビーへ連れて行こうとした。
しかし、母はホテルの目立たない側面の入り口で、十分間も立ち尽くした。
何を言っても、ここが公共の空間だと説明しても、母は一歩も動かなかった。まるでそこに扉など存在しないかのように、セメントに釘付けになったままだった。
「あんた、変わったね」

最後に母は私をじっと見て言った。

「東京が嫌なら、いつでも帰っておいで。地元にも、あんたにできる仕事くらいあるはずだから」
頭が爆発しそうだった。私は母を置き去りにして、一人で電車で帰宅した。勝田が宴会で優雅に笑う姿と、入り口で怯え、困惑する母の顔が交互に浮かんだ。
母がどうやってホテルに帰ったのかは知らない。翌夕、無事に帰郷したとの連絡があったが、返信はしなかった。
数ヶ月後、家族から母が交通事故に遭い、重傷だと聞いた。だが、見舞いに行く気にはなれなかった。
私は家族を裏切ったのだ。故郷と勝田の東京の間で、真空地帯に浮いているような存在だ。裏切り者に、孝行の義務などあるはずがない。そう自分に言い聞かせた。
スマホのロックを解除し、画面を見た途端、血の気が引いた。
「母さんがさっき亡くなった。今どこにいるの。」
私は残りのマティーニを飲み干した。
私はどこにいるんだ? 朦朧とする視界で周囲を見回す。
生え際の後退した中年男が、退屈そうに腕のパテック・フィリップを弄んでいる。暗闇の中で、その高価な機械仕掛けが冷たく光る。彼の腕には、空気感のある前髪の若い女が寄り添っている。洗練されたメイクの下に隠しきれない青臭さが漂い、男の細い指が腰を這わせるのを大人しく受け入れている。向かいの男たちは、まるで審判でも下すかのように厳粛な面持ちで語り合っている。LOTOSの眼鏡の貴金属フレームが、冷徹な色を放っていた。
視線を反対側に移す。
大学生のような若い男が、バーカウンターの柔らかな革に寄りかかっている。サンローランのレザーが、ホテルの曖昧な暖色灯の下で冷たく光り、彼の華奢な肩を際立たせていた。二十歳そこそこだろう。襟元が開き、白く長い首が見える。前髪から覗く瞳は、どこか世を拗ねたような色気を湛えている。隣で若い恋人が微笑みながら何かを囁いているが、彼は漫然と聞き流し、指先でカウンターを叩いている。腕の金属製の腕時計が、氷のような光を反射していた。ウェイターが卑屈なほど丁寧に、金箔をあしらった酒のリストを差し出すが、男は怠そうに瞼を持ち上げ、極めて淡い笑みを浮かべるだけだ。
私はどこにいるんだ?
ふと、自分が滑稽でたまらなくなった。
立ち上がり、足を引きずりながらロビーを歩き回る。大理石の床は氷のように冷たく、私のふらつく影を映し出していた。
マティーニのせいで頭が回らない。体が宙に浮いているようだ。ピアノの旋律に合わせて、両手を広げ、つま先立ちで大理石の上を跳ねる。不器用な回転。
異様な光景に、客たちが目を向ける。
「お客様、困ります。他のお客様のご迷惑になりますので」

小柄なウェイターが小走りで駆け寄り、制止しようとする。その作り込まれた顔には、職業的で、冷酷なまでの礼儀が張り付いていた。
無視して、さらに大きく腕を振り回す。
「おやめください!」

制止の声が命令に変わる。客たちの視線が突き刺さる。
「フン、ハ、フン、フフン。ハ、フン、フン、フフン」

笑い声が混じる。私は踊りながら、乾いた笑いを漏らす。曲調は歪み、空虚なロビーに反響する。
「これが最後です。おやめください!」

相手の声が震えている。
ついに足を踏み外し、重心が崩れる。操り人形のように、大理石の中央に鎮座する巨大な陶器の盆栽へ向かって倒れ込んだ。重厚な盆栽の中、精密に剪定された古松が、冷酷なまでの高みから私を見下ろしている。指先が粗い縁に触れる直前、強引に重心を立て直した。
だが、体勢を整える間もなく、屈強な警備員たちが暗闇から黒豹のように現れ、私の行く手を塞いだ。彼らの太い手が私の筋肉に食い込む。支えを失い、生気のないゴミ袋のように玄関へと引きずられていく。
「ハハハハハハハハ!!」
私の笑い声が、優雅なピアノの音を完全に塗りつぶした。
ロビーから引きずり出される最後の瞬間、私は必死に首を捻って中を振り返った。
今度こそ、ようやく、そこにいる全員が、私を見ていた。



月曜の朝の東京。快適な週末を終え、また仕事へと向かう満員電車は、ほとんどの人間にとって決して愉快なものではない。車内は呼吸すら困難なほどの混雑だが、余計な音は一切聞こえない。ただ、線路を刻む列車の振動音だけが、絶え間なく鼓膜を叩き続けている。
月曜のラッシュアワーの乗客の顔ぶれは千差万別だが、その服装や行動パターンは驚くほど一律だ。乗客のほとんどが統一された姿勢を保っている。半目を閉じて寝たふりをする者、あるいは下を向いて機械的にスマホをスライドさせる者。政治的立場の異なるニュースサイトの朝刊に目を通し、脳を使わない課金ゲームに興じ、安っぽい美貌に支えられたショート動画をスクロールする。一本前の電車、この電車、一本後の電車。先週、今週、来週。こうした典型的な通勤電車の車内において、時間という概念は無意味なものと化す。
「仕事なんて行きたくなければ、行かなきゃいいじゃないか」

私は一車両の疲弊したサラリーマンたちに向かって、突然そう言い放った。
しかし、私の方を向く者はほとんどいなかった。まどろんでいた者はそのまま目を閉じ、スマホをいじっていた者は機械的な動作を止めない。それどころか、私が言い終わった後、車内は再び沈黙に飲み込まれ、ただ線路を刻む「ガタンゴトン」という音だけが残った。
「働くことに何の意味があるんだ? 日本で一生働いたところで、そんなに良い生活は送れないだろう? 銀座のような場所で豪遊することだってできないだろう?」

誰も相手にしないので、私は独り言のように持論を展開し始めた。
「おい、そこのおじさん。SEIKOの時計なんかしてて、何の意味があるんだ?」

私は隣で産経新聞を広げていた、白マスクの禿げたおじさんに話しかけた。
「今の時代、時間を確認するだけならスマホで十分だろう。時計なんて、結局はビジネスマンのイメージ作りだろ? でも、SEIKOなんて着けた瞬間に『自分はただのしがない会社員です』と自己紹介してるようなもんじゃないか」

おじさんは顔も上げず、スマホのニュースを読み続けている。
「そんなビジネス目的のために、なぜパテック・フィリップを着けないんだ? やっぱり買えないのか? パテック・フィリップのノーチラス、いくらするか知ってるか? 2000万、3000万だぞ! 普通の人ならその金でポルシェを買うか、地方都市なら立派な一戸建てが建つ金額だ。ポルシェを、一戸建てを手首に巻いてこそ、主人の真のビジネス能力が証明されるんじゃないのか?」

私は滔々と自らの経済学を説いた。体系的に学んだわけではないが、この一、二年で価格について知れば知るほど、この世界の不条理さが肌身に染みていた。
私の長広舌が終わっても、おじさんは頭を上げることさえせず、反対側へ少し座席をずらしただけだった。斜め向かいのOLが少しだけ顔を上げて私をチラリと見たが、すぐに視線を逸らした。数人のサラリーマンが席を立って隣の車両へ移動したが、残りの人間は木偶の坊のように微動だにせず、自分の世界に閉じこもっている。
「だから言ってるんだ、みんな。一体、俺たちの仕事の意義はどこにあるんだ? 年収1000万だって、日本では高い方だろう。それでも20年働いて、たったの2億だ。港区のタワーマンションの一室だって、10億はするんだぞ! 俺たちの仕事の多くは、中に住んでいる連中が、俺たちが外で暴れないようにと作り出した『時間潰し』に過ぎないんだ! 小さい頃から『良い会社に入って真面目に働け』と教え込まれてきた。こんな日本社会、おかしいだろ! 俺たちがみんなで働くのをやめれば、上の連中も気づくはずだ! 生まれた時から不平等なのに、ずっと騙され続けてきたんだ。みんなでストライキしようぜ!」
私はポケットからスマホを取り出し、電話をかけるふりをして耳に当てた。声は耳障りなほど高ぶっていた。

「もしもし、上司か? 今日は仕事に行かないよ! あんたも働くのはやめろ! みんなでストライキして、会長連中に何とかさせようぜ!」
当然、電話はかけていない。私は大げさに演じることで、誰かが自分の行動を模倣してくれることを願っていた。
しかし、列車の空気は死に絶えたままだった。誰も顔を上げず、ただ列車が黙々と前進する音だけが響く。
品川駅で乗り換えが必要だった。長い廊下を歩く。毎朝の光景だが、疲れ切った黒いスーツの群れが、足早にそれぞれのホームへ向かっていく。皆、暗黙の了解で他人と一定の距離を保ち、「シュッシュッ」という足音だけが巨大な廊下を埋め尽くす。それはまるで、抑圧された死の行進のようだった。
だが今回、私は歩道を変えてみた。Z字を描くように廊下を縫って歩いてみたのだ。結果、何人かのサラリーマンとぶつかりそうになった。何人かが嫌悪感を露わにしたが、それだけだった。人の流れは、まるで独自の生命意志を持っているかのように、私のZ字の軌道に何の影響も受けず、決まったルートを移動し続けた。まるで、個人の主観など関係なく、東京という街の執念によって支配されているかのように。ここには、彼らだけの「場」があるのだ。
「みんな、働くのはやめよう! 止まるんだ! 止まってくれ!」

私は軍隊のような足取りで歩みを遅くし、左手を高く掲げて号令をかけようとした。
しかし、変わったのは私だけだった。
周囲の人流は、無言の潮汐に再編されるかのように、私に近づく瞬間に収束し、偏向し、私の周囲に荘厳な空白を作り出した。サラリーマンたちは足早に、しかし奇妙な連帯感を持って、私の減速とは対照的に加速して私の脇をすり抜けていく。不可視の磁場に牽引される粒子のように。
やがて彼らは、下りのエスカレーターへと乗り込んでいく。五列に並び、左側に整然と立ち、右側を急ぐ人のために空けておく。これが東京の論理だ。
私の番になった時、背後の列はまるで公表されていない指令を受けたかのように、左右に分かれた。隣のエスカレーターは瞬く間に埋まったが、私の乗る列だけが空けられた。なんという不条理な光景か。左右には密集し、沈黙し、秩序正しく並ぶ群衆。中央には、私一人だけが立っている。
私はわざとふざけた態度でエスカレーターの手すりにもたれかかり、左右を見渡した。隣の列の人間は目をそらさず、どこか遠くを見つめているか、あるいはスマホと自分の思考の中に隠れこんでいる。男女老若男女問わず、誰もが直立不動で、無言の儀式を執り行っているかのようだ。
私はあえて後ろを向き、エスカレーターの起点と向き合ってみた。やはり、私の列だけが空いている。この街が私に専用通路を与えたかのように。その瞬間、あまりの不条理さに笑いが込み上げてきた。
声に出して笑った。
オフィスに着くと、15分遅刻していた。カバンを置いてパソコンを開こうとした時、課長がやってきて、個室の会議室へ連れて行かれた。
「武本さん、今日も遅刻だね。君の仕事への姿勢、何か問題でも起きたのか? 入社一年目の頃は、もっと一生懸命だったはずだが」

課長は黒縁の眼鏡を外し、目を揉みながら説教を始めた。
「そんなことをしていても、給料が減るだけだぞ。それに、態度が悪い人間が昇進できるわけがない。入社三年目だろう? 同期はもう昇級しているはずだ。誤解しないでほしい、責めているわけじゃない。だが、大人は自分の行動に責任を持つべきだ」

課長は40代半ばの洗練された中年だ。有名な旧帝大を卒業し、私と同じように新卒でこの会社に入った。エンジニアとして20年近く働き、今や現場を統率するリーダーだ。個人的な感情としては何の不満もない。仕事は誠実で、部下の指導も熱心な、いわゆる「古き良き誠実な上司」だ。
「最近、顔色が悪いな。何か生活で辛いことがあるなら、私にだけは話してくれ。秘密は守る。仕事に支障が出るなら、しばらく休職してもいい。東京で一人で頑張るのは大変だろう。私のもとで真面目に働けば、昇進も昇給も約束する。明るい未来があるぞ」

課長は眼鏡をかけ直し、私を真っ直ぐに見つめた。本当に良い上司なのかもしれない。
「おっしゃることは理解できます。でも、課長、仕事に何か意味があると思いますか?」

私は突然問いかけた。
課長は驚いた表情をした。「そうか、そんなことに悩んでいたのか」

彼は少し慰めるような微笑みを浮かべた。「真面目に働き、家族を養い、男としての責任を果たす。それこそが仕事の意義じゃないか」
「すみません、課長。あなた、なんだか変ですよ」

私は首を傾げ、決意を込めて課長を凝視した。課長は私の言葉に呆然としている。

「あなたはまるで、教科書通りの上司ですね。真面目で、熱心で、部下思い。でも、私の名前以外に、あなたは本当に私を知っていますか? 私も、あなたのことを何も知らない。あなたがどこに住んでいるのか、週末に何をしているのか、仕事以外のあなたの全てを、私は何も知らない」
「武本さん、私たちは仕事をしに来ているんだ。交際クラブじゃない。大人の成熟を持って、プロとして仕事に向き合ってくれ。もし気が向くなら、仕事の後にでも……」

課長は予想通りの答えを返した。
「もういい、そんな言い訳は聞きたくない」

私は遮り、会議室のテーブルを叩いて立ち上がった。「課長、勝田先輩を覚えていますよね。去年辞めた勝田先輩のことです」
「ああ、もちろん覚えている。彼が辞めたのは、彼自身の将来の計画だ」

課長は私の異常な行動に驚き、目を大きく見開いて困惑している。
「あなたは本当に勝田を知っていますか? 彼の家が何をしているのか、彼が毎日何を考えながら働いていたのか、知っていますか?」

私はテーブルに両手をつき、課長を覗き込んだ。「一生懸命働いたところで、俺は勝田のようにはなれない。俺だけじゃない、課長、あんたもだ! みんな、なれるわけがないんだ!」

私は叫んだ。
「なぜ勝田になる必要があるんだ?」

課長の声が苛立ちに変わり、慈愛の表情は消え、対立の眼差しに変わった。
「すべてが不公平なんだ! 仕事なんてやめるべきだ! 意味なんてない! 連中に見下され続けるだけだ! 課長もやめましょうよ! みんなで何か方法を考えましょう!」

私は支離滅裂になっていた。
課長は激怒した。「もういい。精神科医に診てもらった方がいい。それまで、出社はしなくていい」

課長は背を向け、この会議を不快な形で終わらせようとした。私の言動が期待を遥かに超えたことで、彼は慈悲の仮面を剥ぎ取り、役職としての権威を行使したのだ。
「やっぱりそうか。みんな俺を狂っていると言うんだな。でも、おかしいのはあんたたちの方じゃないのか? 日々仕事をして、自分の命を削って、名門国立大を出て、毎日脳みそをフル回転させてエンジニアの問題を解いて、30平米の靴箱のような部屋に住んで生活を維持して、一泊30万のホテルには一生泊まれず、3000万の時計の存在さえ知らない。あんたたちこそ、狂っているんじゃないのか! 会社は勝田のような連中のものなのに、あんたは彼らのために身を粉にして働き、それを人生の道だと信じている」

私は力いっぱい言い返した。勝田の鷹の鼻が脳裏に浮かび、あの男の笑い声が聞こえたような気がした。
課長の反論を待たず、私は会議室を飛び出した。目の前には典型的な月曜のオフィスが広がっていた。週末を終えた皆が、エネルギーに満ち溢れ、パソコンに向かって仕事をしている。
「みんな! 手を止めてくれ! 人生は、もっと価値のあることに使うべきだ!」

私はオフィスの中央に立ち、下手な指揮者のように両手を広げた。何人かの同僚が顔を上げた。その目には一瞬の困惑がよぎったが、すぐに磁石に吸い寄せられるように視線を下げ、終わりのないタイピング作業に戻った。その音が重なり合い、冷たく、絶え間なく続く背景音を形成していく。
「やめてくれ! この仕事に終わりなんてない! 前途もない! これこそ日本の悲劇だ! 俺たちは連中のために働くために生まれてきたんじゃない!」

私は幽霊のように、勝田も同じことを言っていたような気がした。しかし、誰も顔を上げなかった。みんな、聞こえないふりをしていた。
やがて、警備員たちがオフィスに駆け込んできた。あのホテルと同じように、私は力ずくで引きずり出された。
「みんな、なぜ俺の話を聞いてくれないんだ!」

私は最後の咆哮を上げた。その声はオフィスの防音壁の間で反響した。
「止まってくれ!」
同僚たちは誰も振り返らなかった。三年間共に働いてきた彼らの多くが、果たして私の名前を知っているのかさえ疑わしかった。私の人生の最後の出勤日は、こうして孤独に幕を閉じた。
最後まで、頭の中には鷹の鼻を突き上げ、意に介さず笑っている勝田の姿があった。


エピローグ
深夜を過ぎ、本来なら賑わうはずの銀座の街は、人っ子一人いなくなっていた。
私は宛てもなく街を彷徨っている。道沿いにはDior、Gucci、Hermès、LV、Rolex……。高級ブランドのビルが軒を連ねているが、今はどれもシャッターを下ろし、この街の上に墓石のように立ち並んでいる。
角を曲がると、遠くに岡本堂ホテルがかすかに見える。最上階は相変わらず金碧輝煌(きんぺききこう)と輝いている。
地下道を通ると、鼻を突く悪臭が漂ってきた。東京では珍しいが、ホームレスが一人か二人、そこに住み着いているのだ。
地下道から地上へ出ると、背後から突然スポーツカーの轟音が響いた。白いフェラーリが私の横を駆け抜け、六本木の方角へと消えていった。
私はただ、宛てもなく歩き続けた。歩いて、歩いて、自分がどこへ向かっているのかも分からないままに。
ポケットを探ると、勝田さんにもらった岡本堂ホテルの名刺があった。私はそれを取り出し、傍らのゴミ箱に放り投げた。
私はそのまま歩き続けた。
ある瞬間に至るまで。私はもう、空腹も寒さも感じなくなっていた。
この決して消えることのない街の中で、私はついに、真の「透明人間」になったのだ。
(完)


作者より:

親愛なる読者の皆様、本作を最後まで読んでいただきありがとうございます。これを読んでいる時、作者本人はもうこの世にはいないかもしれません。どうか私のことは心配しないでください。この作品が、もしあなたの手を仕事から止めさせ、勝田のように反抗するきっかけになったなら、それが本作の目的です。


黒田警部は首を振ると、印刷された原稿の束を横に放り投げた。
「どうですか、黒田警部。死者が亡くなる前に文芸雑誌『文芸』に投稿したこの小説、何か手がかりはありそうですか?」

傍らにいた若い助手の茂木巡査が、満面の笑みでコーヒーを差し出した。
「手がかりだと?」黒田は不機嫌そうに喉を鳴らした。「こんな神経質な狂人が書いたものなど、読まないに越したことはない。この世の中、こういう頭の硬い狂人が多すぎるんだ。自分たちが何者だと思っているんだ? 世界が自分を中心に回っているとでも思っているのか?」
「では、東京湾から引き揚げられた遺体は、この原稿の著者である武本健一本人で間違いありません。身辺調査の結果、鑑定課も判断を下しています。会社で狂ったような振る舞いをして解雇され、その後は家賃滞納でアパートを追い出され、しばらく放浪していたようです。最後には先週、雑誌『文芸』に投稿し、複数のサイトにもこの文章をアップロードしていました。彼の生前の経歴は、我々の調査によると、この『透明人間』という小説の記述と一致します」茂木巡査は恭しく報告した。「これは、彼の手記と見なして良いでしょう」
「精神を病んだホームレスが、最後は足を滑らせて自殺した。そんな話はこれまでも腐るほどあったし、これからも続くだろうよ」黒田警部は目を閉じ、特徴的な口髭を弄んだ。
「茂木、この文章だが、他にいくつものサイトに投稿したと言ったな? おそらく読む奴なんてほとんどいないだろうが、こんな狂人の宣伝などしたくはない。メディアの方には、あまりこの件を報じないよう釘を刺しておいてくれ」黒田警部は老練に指示を出し、茂木巡査は手帳に一つ一つ書き留めていった。
「後は任せたぞ、茂木巡査」黒田警部は熱いコーヒーを一口すすると、立ち上がって茂木巡査の肩を叩いた。「もう四時だ。息子の迎えに行かねばならん。今日はいい天気だ。後で息子と野球の練習でも付き合うか。そうそう、茂木、例の新しい彼女とはどうなっている?」
「最高ですよ! 今週末、恵比寿のフレンチに連れて行くんです。予約を取るのに苦労しましたよ。本当に楽しみで!」

茂木巡査の顔が花のようにほころんだ。
(完)

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