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【金のテトラポッド登って】5話 逸れ者の小さな雄、旅立つ粗暴な雌

 潰れた赤い半球の上でアキラは触角をブルルン、と三回揺らした。

「……チロとスー。日が浅いとは言え、君たちは山田さんに無くてはならない存在だ」
「前の山田さんは骨だけになっていた……これで、聖母も増えるだろう」
「本当にありがとう」
 アキラの口元は赤黒く、背中は脂で光っている。

 群れからは「ありがとう」「導き手」「灯台の光」と聞こえてきた。

 チロは触角をゆっくり左右に振るう。
 スーは群れの中、雄達を見つめていた。

「いいのよいいのよ。二匹でこんなに食べきれないし……私達は腑が貰えれば、それで構わないわ」
「あ、それと強い雄はいるかしら?」
 チロは群れを見つめ、鰓を鳴らした。

「……ふむ」
 アキラは左側の触角を曲げ、群れを見渡した。雄は細い。

「……チロの複眼に適うものは、いなさそうだな」

「それはアキラさんが、雄に餌を与えないからではないでしょうか?」
 スーが鰓から、ほんの少し潮を流した。

 群れからは「悪雄」「異端者」など、カサカサ聞こえてきた。

 アキラの触角はピンと張り詰め、複眼はギョロリとスーを捉える。
「与えていない訳ではない!」

 テトラポッドに乗っていた砂が揺れ、三粒ほどこぼれ落ちた。

「私は……古からの教えに従い、聖母を増やすため、日々、努力しているのだ!」
「リギア、それを侮蔑するのは……許さんッ!」

「「……」」
 チロとスーはピクリと震えた。
 群れの連虫は、ジッとアキラを仰ぐ。

「第一……私は雄が外へ行き、餌を取ってくるのは邪魔していない!」

 すぐ側まで波がきた。
 群れの雄の一匹が流されたが、誰も目に留めない。

「……あっそ。じゃあ、私は外で雄を探してくるからいいわ」
 チロは尾肢でスーの背中をペチン、と叩いた。

「でも、姉ちゃん……」

「アンタには関係ないことでしょ? 腑を食べたら行くわよ」
 チロはそう言うと青い大きな布へ向かっていった。

 アキラは憮然として砂を吐き、スーをジロリと眺めた後、触角をピンと立てた。

「チロ、君には資格がある。子を孕んだ際には……次の聖母は君だ」
「私はパスで」

「は?」
 アキラの触角がしなだれた。

「私は聖母にならない。他の子に回してあげて」

「き、君は! なんてことを……ッ! なんてことを言い出すんだ!」
「鰓に砂でも詰まったのか?」

 群れからは「不信心者」と罵りがカサカサと聞こえてきたが、チロが睨むとピタリと止まる。

 続けて、チロは腹部にある鰓を見せ、右前脚で触った。

「ほら、見ての通りよ」
「話は終わり。私はお腹が空いた」
「バカスー、行くわよ」

 チロはさっさと行ってしまった。
 スーはアキラ、群れと一瞥した後に姉に続いた。

「移虫はこれだから……」
 アキラは口から砂を吐き出した。



 灯台の火によって夜霧は薄橙。
 サザザン、サザザン、と柔らかい波がテトラポッドを叩いていた。

「明日から、雄探しに行ってくるわね」
「山田さんの見張りはアンタ一人でもいいかしら」
 チロの触覚は少しだけ揺れる。

「ちょっと不安だけど……姉ちゃんの子が優先だね」
「見張りは俺に任せて」
 スーは鰓を小さく鳴らした。

「だけども、近くに……他の巣はあったっけ?」とスーは問う。

 チロは後部脚で少し背伸びし、前足で灯台を示した。
 灯台の火は遠方遥か、黒い海原を橙に照らしていた。

 チロはその火をぼんやりと眺め――尾肢でコンクリートをペシンと強打した。

「巣は、灯台の向こうにありそうね!」
「それなら、今から偵察に行くわよ」
「ほらドンくさスー、早く。フナムシの命は短いの!」

「え……え? 見張りの仕事は?」

 サザザ、と潮の音。
 遠来からはボォーっと、何かは分からぬ低音が響いてきた。

「カモメは見えない。善は急げよ!」
 チロはそう言うとカサカサと光へ向かっていってしまった。

「あッ! ……もう」



 テトラポッドを次々飛び、埠頭へ立った。係船柱は整然と並び、足場は硬くてザラザラとしている。

 灯台の方向には、別のテトラポッド群。

「向こうまで、後フナムシ三百匹分ね!」
「アンタも雌探せば?」
「そうね、それがいいわ!」
 チロは振り向きもしない。

「早い早い早い、待ってよー」
 スーは必死に姉の後部を後を追う。
 チロは埠頭からテトラポッドへ飛び移った。かと思えば、下を覗き込んでいた。

 追いついて覗き見ると――痩せた子フナムシ。仰向けに夜空を眺め、ピクピクとしていた。
 腹部に保育嚢はない、雄だ。
 黒い薄青の殻に力はない。

「不運な子ね。さ、行くわよ」

「いやいや、助けてあげようよ」
「母さんの教え『同胞は守れ』……姉ちゃん、忘れたの?」

「余裕があればね」

「いいよ、俺のオヤツあげるから……ほら僕、食べれるかい?」
 スーは殻の隙間から肉が着いた骨片を取り出し、子フナムシの口へ入れてあげた。

「……あむあむ……美味しい……ありがとう……」
 子フナムシは、モゴモゴと口を動かして咀嚼すると、起き上がった。

「もうダメかと思ったよ……ふぅ……」

「潮にでも攫われたのかい?」
 スーは少し目線を下げ、問いかけた。

 チロは足をせかせかさせていた……かと思えば「先行ってるわね」とテトラポッドの下へ潜って行った。

「うん……多分」
「気がついたら、ここにいたんだ……」
 子フナムシは、ポリポリと咀嚼を続けていた。

「じゃあ行く宛はないよね? 俺たちの巣に来ないかい?」
「いくー!」
 子フナムシは、ピンと触角を張った。

「よし、じゃあ、俺に着いてきて」
「あっちの怖いお姉ちゃんの用事が終わったら、巣にいこっか」
 スーはそう言うと、触角で子フナムシを掴み上げ、背中に乗せた。

「バッテンがある!」
「カモメと戦った時の傷だよ」
「すげー!」

 スーが子フナムシをあやしていると、長い棒が見えてきた。
 側にはチロが佇んでおり、同胞が三十匹はみえた。

「こっちにも仲間がいたんだね」

「ドンくさスー、やっと来たわね」
 傍には大きな青い雄。

「私、こっちで住むことにしたわ!」


▼6話(フナムシは進む)

▼4話(フナムシは戻る)


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