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【金のテトラポッド登って】 4話 カモメと増える山田さん

 登攀の翌夜。

 チロとスーが山田さんの巡回をしていると、フナムシの幼体が三十匹やってきた。
 テトラポッドの斜面に留まり、曇りなき複眼を向けている。

「やぁ、僕たち。どこから来たんだい?」
 スーはやや高い鳴き声で群れに向かって聞いた。

「……」
 子フナムシたちは一斉に、テトラポッドの上――金のテトラポッドの方向を見た。

「アキラ預かりね。さ、帰るわよ」
 チロは山田さんの方へ駆け足。

「あっ、行っちゃった……僕たちも行こっか」
 スーはチラチラと振り返りながら帰る。
 子フナムシたちはゾロゾロと着いてくる。



 子フナムシを引き渡すと、アキラは触角をぶるりと振るわせ、鰓から潮を噴き出した。

「ローチ! 聖母の子がヒィ、フゥ、ミィ、……こんなに沢山!」

 若いフナムシたちが、彼らを一匹ずつ前脚でひっくり返した。

 その後、アキラは子フナムシたちの腹部を触角で腹部――保育嚢の有無を見た。
 手際よく「こっち」「あっち」と仕分けしていく。

 仕分けされた子フナムシたちは、
 赤い半球へ半分――雌が行き、
 青い円柱へ半分――雄が行った。

「あの……なんで、彼らを分けているんですか?」
 スーは右前脚を挙げ、問いかけた。

「あぁ、雌雄で分けているんだよ」
「山田さんは、雌に沢山与えないといけないからね」
 アキラは「これで終わり」と前脚を擦り合わせた。

「……それだと、雄が小さくなるんじゃないですか?」
 スーは、アキラの周りにいる群れを見つめた。雄は小さく、雌は大きい。

「雌のが大事だ。雄は聖母になれないからね!」
「……本来なら、君へ渡す山田さんは多すぎるんだ。全く……雄な癖に贅沢だよ贅沢」
 アキラは触角をピンと張る。

 思想が強い大学教授のような眼差しでスーをジロリと睨め付けた。

 スーが目を細めて口を動かそうとすると、チロの尾肢が砂を叩いた。

「あ、もしかして」
「いや! 君たち用心棒は強くないとな。贅沢は言い過ぎたよ……はははは」
 チロの鳴き声を遮るようにアキラは続けた。

「……それだと、雄が可哀想じゃ」
「ほらスー。行くわよ、仕事よ仕事」
 スーが鳴きかけると、チロはさっさとテトラポッドを登っていった。

「あ、姉ちゃん待ってー」

「……はぁ」
 アキラは二匹が去るのを見つめ、左前脚で砂を蹴り、若いフナムシ達がいる方へ振り返った。

「……お前たちはどう思う?」

 群れのフナムシ達は口々に「強い」「こわい」と騒めいた。

「……聞いた私が悪かったようだな」

 チロとスーは、青に光るテトラポッドを目印に、次々飛び移っていた。

「これ、なんで光ってんのよ。青灯台にはなかったわ」
 チロは「便利ね」と呟き、前脚で光る石を突いていた。
 続けて「うわベタベタする」と前脚を振るって液体を飛ばした。

 一滴がスーの触角へかかり、彼は複眼を細めた。

「もう!」
「わざとじゃないわよ。ところで、なんで光ってるの?」

「……多分、人間様の道具じゃない?」
 スーは「ほらアレ」と、前脚を伸ばした。
 その先遠くには、大きな影。

 長くてしなる棒の先には、光る魚。

「あの人間様が寝たら、奪えないかしら?」
「あーでも、変な霧を撒かれたら、ダメね」
「やっぱりなし」
 チロはそう言うと、次の一部が青く光るテトラポッドへ飛び移った。
 海藻を踏み締めると小さな羽虫が飛び、彼女はそれを食べた。

 それを見て、スーは小さく鰓を鳴らした。
「姉ちゃん。さっきのことなんだけど」

「あー山田さんでの雄差別?」
「別にいいじゃない。アンタは充分食べてるんだし」
 チロは振り向きもせず、次のテトラポッドへ。

「でも、あの子達が可哀想で……雄ってだけで痩せ細るのは、あんまりじゃないか?」

「そんなに気になるなら鳴いて見れば?」
「アキラたちは変わらないと思うけどね……掟ってそういうものよ」

 灯台が遠方遥かの船を照らした。
 人間様はそれを見ると、嘆息し、道具を片付け始めた。

「鳴いてダメなら、ぶちのめせばいいわ」

「それは……そうだけど。仲間だしなぁ」

 その時――灯台から黒い影四つ。
 不穏なシルエットを描き、静かに飛翔。
 二匹の触角はピンと垂直に張った。

「姉ちゃん、下へッ!」
「わかってる!」

 蛍光青のないテトラポッドの下へ。

 二匹が安全地帯から、黒い影――カモメを眺めていると、人間様へ飛びかかった。

 後ろから頭を突き、背中を突く。

――キャア、キャア
――ギャアアアアアアアアア

「な! あっ、うわああああああッ!」
 人間様はよたよたとバランスを崩し……テトラポッドへ消えていった。

「え?」
「は?」
 二匹は触角をぶるりと震わせ、カモメ達とテトラポッドを見つめた。

――クルルルル、クルルルル
 カモメ達はテトラポッドの淵へ止まり、下を覗き込んでいた。

「が! 誰かー!」
 テトラポッドから聞こえる、人間様の大きな声。

 カモメ達はどこからか青くて水を通さない布を持ってきた。
 布から嘴を同時に放すと、吸い込まれるように人間様へ。
 布は人間様を覆い隠した。

「がももももも……」
 人間様の声は、潮溜りに溶けていく。

――キューン

「……喜んでる、アイツら」
 チロがボソッと呟いたのを合図にしてか、声は聞こえなくなった。

 カモメ達の雄叫びが宵闇に轟く。
 かと思えば、飛び立った。
 元の灯台、羽を休める安息の地へ。

「これは……チャンスね!」
 チロは尾肢をブンブン振るう。

「いや……姉ちゃんダメだ」
 スーは前脚で彼女の脚を掴んだ。

「何言ってのバカスー。行かない理由がないわ! さっさと行きましょう!」

「……カモメの罠かもしれない。行くなら下から行こう」

「それもそうね」

 その夜、引っ越しが決まった。


▼5話(フナムシは進む)

▼3話(フナムシは戻る)


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