見出し画像

【金のテトラポッド登って】7話 透明な牢、黄色嘴

 暗いテトラポッド下の砂地をスーはカサカサと歩く。

「あっちの巣のが……いや、俺は馴染めないかな……はぁ」
 鰓が鳴り、砂は擦れる。

「……最悪、移虫もありか」

 煌めく銀バッチが見えてきた。
 フナムシ達は潰れた赤い半球の周りで両前脚を合わせ、祈っている。

 スーはその中、銀バッチの傍に立つ青褐色の雄フナムシへ近寄り、声をかけた。
「アキラさん、ただいま戻りました」

「……スーだけか。チロはどうしたんだ?」

「姉ちゃんは、波止場の向こう側に暫く滞在するそうです」
「子を孕んだら戻って来ます。それまでは、登攀の護衛は俺だけです」
「任せてください」
 スーは少しだけ脚を伸ばし、鳴いた。

「ローチ! とうとう……あの強い雌が、聖母になるのか……素晴らしいッ!」
 アキラは触角を機嫌良さげに右左。

「あー……多分、姉ちゃんは……登攀拒否すると思いますよ」
 スーがそう吐くと「なんだと?」とアキラは複眼を細めた。

 カサカサとした祈りの鳴き声。
 テトラポッドに、ほんの小さく響く潮騒のカンテホンド。
 その中にスーとアキラ、二匹の鳴き声はない。

「……彼女を説得するしかないな」
 アキラは「必ず」と吐いた。

 彼は、続けて前脚を擦り合わせ、少しだけ姿勢低く、スーへ近づいた。
「……そうだ! 君の望みを叶えよう! チロの説得を手伝ってくれるか?」

「聞く耳持たないと思いますけど……それなら、雌を紹介してくれるんなら、説得してみますよ?」
「その時は、俺も登攀しますけどね」
 スーは少しだけ背伸びし、鰓を小さく鳴らした。

「リギア! それはならん。それに君には雌を紹介できない」

「なんでですか?」
 スーは複眼を細めた。

「まず、雄は金のテトラポッドへ登ってはならん! 決してだ!」
「それに、君の思想が広まると……山田さんが管理できなくなる! いかん!」

 スーが鰓をズッ、と鳴らすとアキラは「見張りの時間だ」と前脚を払い、スーの鳴き声を潰した。

「……」
 スーは口から砂を吐き、テトラポッドをぴょんぴょん登っていく。

 アキラはそれを見届けると、海水を口に含んでは、吐き出した。
 幾多の砂利が混じる。

「……面倒な姉弟だな、ほんとうに」
 群れは祈りの歌を捧げている。
 一心不乱に。

「……お前達といい……はぁ」

 ダン、ダパン、と潮が暴れる。
 灯台の火が夜霧を照らす中、スーはテトラポッドの円を次々と飛ぶ。

「……姉ちゃんなら、何ていうかな」
「『雌? テキトーなの捕まえてテトラポッドの下へ引き摺り込めばいいじゃない』」
「『悩む意味がわからないわ』」

「……ぐらいは言うか、いや、バカスーが着くかな」

 パサパサ、と羽音。
 振り向く――灯台とテトラポッド。
 見上げると――灯台に照らされた潮風。

「お腹すいた……」

 ダン、ダパン。

「……あのカモメはいないか」

 スーは複眼を前に戻して、口をモゴモゴさせ「んげェ」と黒い突起物を吐いた。

 周りを見渡しても、テトラポッドだけ。

「……」
 節くれだった『牙』はすぐにしまった。

「……姉ちゃん戻ってきたら、カサゴの巣に引っ越そう、かな」

 ふと、下に複眼をやると――美味しそうな白い魚の切り身。
 透明で四角い箱のようなものに置かれ、食欲を唆る磯の匂い。

「お、ご飯だ……これはカサゴかな?」
 周りには何もいない。
 涎がテトラポッドの一角に黒い跡を残す。

「へ……へへへ、いただきまーす」
 カサカサ、スタン。

 スーはシャモシャモ……と白い宝石に大顎を這わせる。
 触角はピンピン張り、尾肢はビタンビタンと透明な箱を叩く。

「うまうま……ん?」
 ボロロロロロ、と轟音。
 テトラポッドに乗った砂粒が揺れ、触角がぞわりと逆立つ。

「人間様か。ご飯は……持って帰ろ」
 スーはカサゴの切り身を千切ると、口や殻の隙間に詰め込み透明な箱へ脚をかけた。

――登れない

「え、え、は?」
 十四本の脚はツルツルと滑り、透明な箱の底面に背中が叩きつけられた。

――ボロロロロロ

「あ……やばいやばいやばい」
 スーは鰓をぜひぜひ鳴らし、脚を透明な箱――牢獄へかける。

 夜霧を光が切り裂いた。

 ザク、ザク、と大きな死の脚音。

 スーが鰓から潮を流し、触角をしなだれさせた時――黄色い嘴が見えた。

「カモメカモメカモメ……ここまでか……」
 スーは登るのをやめた。

「子ども……欲しかったなぁ」

 パクン。
 パサパサ……。

 人間様の怒鳴り声がテトラポッドへ消えていった。

▼8話(……)


▼6話(フナムシは戻る)


いいなと思ったら応援しよう!