【金のテトラポッド登って】8話 灯台元暮らし――技術的には可能
パサッ、カコ……。
透明な牢から黄色いギロチンが外れた。
「……ん? ……ここ、どこ? 俺は……あ、生きてる」
複眼で周りを見渡すと――赤の天空、彼方まで広がる海。
下は硬い鉄骨、木の枝、色とりどりの針金。
「カァッカククク、クカァッ!」
黄色いギロチン。
スーは咄嗟に後退り。
「うわァ! ……あ、平気だ」
スーは「んげェ」と口から牙を吐き、そのまま咥え込んだ。
「……ペットボトル、何やっても開かないですね」
「ヤニでも吸うかな、ははは」
カモメは嘴を離すと、人間様が棄てたであろう白い筒――煙草を咥え込んだ。間抜け面は、それを嘴の右側で噛む。
「……食べたいな」
カモメの黒く濁った目。
右の眼窩には、触角二本分の太さの刺し傷。
「……あー……」
スーはカモメの傷、巣にある針金を順に眺めた。
「「……」」
見つめ合うフナムシとカモメ。
カモメは嘴を開き――ペットボトルをカパカパ、と噛み締めて鼻を鳴らした。
「……だめですねェ」
嘴に咥え込んだシケモクを揺らした。
カモメは器用にも右脚でシケモクを摘み、嘴の左側へ移した。
意味はない。
スーは口から黒い突起物を出したまま、カモメを真っ直ぐに捉えた。
「……ねぇ」
「お? なんでしょうか」
カモメの黒い目が目前。
透明な牢で歪み、多重の瞳。
「……取引しない? そうしたら、俺を食べるチャンスをあげるよ」
「『俺』? あー君は雄なんですねー雄雄」
「君、お歳は?」
「今日で丁度1年、ぴちぴちだよ?」
それを聞いたカモメは煙草をくわえ直し、両脚の水かきで鉄格子の脚場をぺたぺたと鳴らした。
白い首を左右に。
「……はぁ、私は雌が食べたいですねェ、出来れば子持ち」
「それから、薫る苦みでも……あなたは若いですねェ……」
「若いと味が淡白なんですねェ」
「なんでこう、フナムシは見分けが着かないんでしょうか……はぁ」
カモメは煙草を吐き捨てると、ペットボトルを嘴で咥えた。
透明な牢越しに見える、眩むほどの岸壁。
堕とされたら――フナムシは死ぬ。
「わ、わ、なんで持ち上げたんだよ! 俺を食わないんだろ?」
スーが牢をぺこぺこと叩くと、カモメは欄干に透明な牢を置いた。
「えぇ、巣にごみはいりませんで」
「ここは私の砦……生意気な若い子たちも、寄らない聖地」
「聖地にゴミは不要です。では」
カモメはそれだけ述べると、再び咥え込んだ。
「苦味を!」
スーは鰓を張り、鳴いた。
「苦味?」
カモメは再び、欄干に透明な牢を置く。
「……そう、苦そうな奴なら連れて来れる。俺を出してくれさえすれば――連れて来るよ、どうだい?」
スーはカモメの巣にあった針金を左触角で示した。
「ふむ」
カモメは目を細めた。
続けて、どこからかシケモク。
「いいですね、取引。でも、君、出られないのには変わりないです……技術的にどうするんですか」
「技術的には、どう助かるんですか?」
「そこの針金を取って来て欲しい」
スーが針金を示すと、カモメは嘴でかしゃりと挟んだ。
「で、このペットボトル? のそこの穴に差し込んでくれませんか?」
「くわっかか」
カモメは針金をペットボトルの飲み口に差し込んだ。
スーはカサカサと針金を伝い――「出れた!」と鳴いた。
続けてスーは、脚についた油を欄干に擦り付けてこそぎ落とした。
「あ、辞めなさい、私の聖地を汚さないでください」
「ごめんね。帰ってからすれば良かった……帰ってから……」
スーはそう鳴いて、鉄格子の下へ目をやった。
シケモクの破片が飛び散り、彼方へ飛んでいく。
「……乗せてって貰えたりしない? ……いや、俺をテトラポッドまで乗せてって」
「元々、ここまで運んだの君だし」
「くわっか。技術的には可能ですね、いいでしょう」
カモメは噛んでいたシケモクを大切そうに針金の巣へ戻すと、翼を降ろした。
スーは飛び乗り、カモメの頭へ。
欄干がカコン、と鳴った。
カモメは灯台下へ身体を傾かせ、飛び降りた。
緑が繁茂した岸壁が少し近づいた。
遠方彼方では、小さな黄色い光。
灯台が灯り、夜の海に道を掛ける。
「おぉー……」
湿った潮風がスーの触角を揺らす。
身を屈め、落ちないように。
「くわっかかかか……潮溜りにない景色でしたか?」
「うん、そうだね」
スーは小さく鰓を鳴らした。
「苦い苦いエサ、楽しみに待ってますよ。技術的な打ち合わせは降りた後で」
「わかってるよ」
触角が少し張った。
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