見出し画像

【金のテトラポッド登って】9話 カモメとの約束、粗暴な雌の登攀

 夜のテトラポッドの表面はよく湿っており、十四本脚が安堵を覚える。
 スーは、カモメと打ち合わせを終えると、右前脚を挙げた。

「…………こんなとこだね」
「それからカモメさん、運んでくれてありがとうね」
「俺、約束は守るから」
 複眼を周りに巡らせる――他はいない。

「えぇ、頼みましたよ。では」
 カモメはそう言って、シケモクをどこからか取り出して咥えた。
 嘴の左側、灯台の残光が塵となる茶褐色の草を照らす。

 白く僅かに煤けた翼を広げた、かと思えば下ろした。
「……私はリーベと言います。君は?」

「俺はスー」

「分かりましたよ、えぇ。では」
 それだけ聞くと、カモメのリーベは翼を広げて羽ばたき、飛んでいく。
 風が触角を揺らし、シケモクのカスが複眼にかかった。

「あっ! ……汚いなぁ、もう!」
 スーは触覚と前脚で複眼を擦って、鬱陶しいカスを除去。

 よく見えるようになった複眼を凝らす。

 フナムシ五千匹分先には、薄ぼんやりと黄色のテトラポッド。
 灯台の火がかかると、僅か煌めく。

「金のテトラポッド……遠いな……」
 スーは鰓を小さく鳴らすと、テトラポッド下へ飛び降りて行った。

 次の日の夕刻。

「はぁ……疲れた」
「もう、カサゴの切り身は見たくないな」
 スーから見てフナムシ十匹分先には、潰れた赤い半球。

 黄灰色のフナムシーーアキラがその頂上で前脚を擦り合わせ、
 赤半球の周りを取り囲むフナムシ達も同じく祈りを捧げていた。

「ただいま戻りましたー」
 スーは傍にあったテトラポッドの縁へ飛び乗り、アキラに向かって鳴いた。

「スーか。随分と長旅だったな」
「その間、君の姉は帰って来たぞ……ほれ」
 祈るフナムシ達の中央部を見ると、水を通さぬ青い布。その上にはチロ。
 チロの腹は膨らんでいた。

「姉ちゃんただいま」
「お腹のはカデットさんの子ども? おめでとう!」
 スーは触覚をピンと立てた。

 一方のチロの触角はしなだれ、尾肢もしおれている。
「……バカスー」

「ん? 姉ちゃん元気がないけど……何があったの?」
 スーは、チロ、アキラと順に複眼を巡らせた。

 チロの脚には緑のペレット片。
 アキラの触覚は天を突く。

「ローチ! 君は知らなんだが、彼女が聖母となったのだ!」
「あと少しで登攀へ行く、君は護衛だ!」

「え?」

「さぁ、共に聖歌を響かせよう!」
 アキラはふごふごと鰓を鳴らした。

 スーは、チロへ問いかける。
「姉ちゃん、なんで?」

 チロは首を振った。
 周りには、針金を持った雌フナムシが四匹。
 先端はチロの保育嚢へ向いていた。

「そっか……子持ちだから、か……」
 スーは複眼を細めてアキラを睨みつけた。

「おっと、スーよ。そんな目つきはしないでくれ」
「君のその気骨、護衛の時に使ってくれたまえ」
 ザリ、と砂利が揺れた。

 雌フナムシ達の切先がチロへ。

「……」
 スーは口から砂利を吐き出した。

「よろしい、さぁ、君も歌うんだ。心を一つに」
 アキラは両手を掲揚した。

 フナムシ達は鰓を鳴らし、肺を空気で満たした。

「「嗚呼、テトラポッド登攀」」
「「頂上先睨んで」」
「「海辺へ子を残そう」」

 チャリ、チャリ……と擦れるペレット片。
 カツン、カツン、と銀バッチに当たる小石。

 サ、サザザ……と潮が引く。

 潮騒の夕暮れ。
 夕日に照らされたテトラポッド、赤と金。

 金のテトラポッドは眼前。
 先頭はチロ、その後ろにスーとアキラ。
 更にその後ろに針金を咥えた雌フナムシ五匹。

「さぁ、ここからは聖なる登攀」
「チロ、君一人の力で登るんだ」

「私が戻ったら……あなたや、山田さんに群がるフナムシは……私の子どもの餌ね」
「ぶっ殺してやる」
 チロは尾肢をバシンとテトラポッドに打ち付けた。
 振動で微細な砂が落ちる。

「ローチ、それは無理だ」
「登攀せし聖母は天空へ抱かれる……潮騒には降りないのだよ」
「さぁ、登攀を暖かく見守ってやろう……行くんだ」
「行けェ!!」
 アキラは触覚でチロの背中を押した。
 揺れるチロの脚の緑ペレット片。

「ちっ……!」
 チロは脚取り重く、金色の冷たい山を登る。

「リギア! 我々は引き上げるぞ」
「スー、行くんだ」
 アキラがそう言うと、針金雌が突いて来た。
 スーは複眼で睨むと「何よ」「雄のくせに」とカサカサ。

 チロは中程まで登り切った。

「……姉ちゃんを助けるため、俺も登ってもいいか?」
 スーは突かれた腹部を触覚で触り、アキラを見据える。

「ならん。早く行け」

「そうなんだ、よくわかったよ」
 スーは前方に向き直り、小さく「んげェ」と吐き戻した。

 その後、右側にいた雌へと素早く振り向き――横っ腹に顔を擦りつけた。
 雌フナムシの腹部には――風穴

「……あ、あぁ……が」

「んな!?」
 アキラは複眼を見開いた。

「針金と牙、雌と雄。試してみようか」

「「き、きゃあああああああああ!」」
 残る雌四匹はカサカサと方々へ逃げた。

「貴様らァ! こんな時だけは……!」
「さ、アキラさん……俺たちも登攀しようか」
 スーは牙を突きつけ、殻の隙間から緑の紐を取り出した。

「雄の登攀は初めてなんだろ? 落ちないように縛ってやるよ」


▼最終話(フナムシは進む……登攀の先には何が?)

▼8話(フナムシは戻る)

いいなと思ったら応援しよう!