命の使い方
命。
いったい何に使うものなのか?
と言っても、
「人や社会のために命を使おう!」
という、ありがたいお説教につなげたいわけではないのです。
私自身、40年以上、自分の「命の使い方」がよくわからずに途方に暮れていました。
いえ、そもそも「命の使い方」なんて意識せずに生きていました。
でも今、私は生きづらい方たちの「命の使い方」を、共に見出すお仕事をさせていただいています。
生きていること自体が苦しいと感じる人にとって、その苦しみを与える根源でもある「命」。
それとどう向き合っていけばいいのか?
命の使い方。
現代の日本の社会を見まわしてみると・・・、
私たちは、主に自分の命を「満足」を得るために使っているのが現実ではないでしょうか。
楽しい、面白い、うれしい、おいしい、気もちいい。
そのような「満足」を得るために、命を使っている。
とくに、死ぬとき後悔しないように、やりたいことはやり切って「満足」して死にたい。
「DIE WITH ZERO」という本が、今、大ベストセラーになっているのも、そのあらわれかもしれません。
もちろん、他者のため、社会のためにまさに命をかけている方もたくさんおられます。
ただ、その先に「満足」を感じていない自分に気づくとき、自分だけ取り残されたような焦りに似た衝動を感じる・・・。
そのようなご相談も、よくお受けします。
「満足」を得られていない人生への焦り。
そのため、気がつくと私たちは「満足」を基準に命の使い方を選んでいる。
それは、命を「自分の願望を叶えるための道具」としてとらえていると言えるかもしれません。
そして、そのとらえ方は、私たちの共通の前提となっていて、わざわざ語られることもありません。
ごくごく自然な「命の前提条件」の一つとして、当たり前に成立しているのではないでしょうか。
だからこそ社会は、自分の願望を叶えるための商品やサービスであふれかえっている。
それによって経済がまわり、飢えることのない社会のサイクルまでつくりあげることに成功している。
そしてそのサイクルが、自分の願望を叶えるという「命の使い方」をさらに助長させていく。
より楽しく、より面白く、よりうれしく、よりおいしく、より気もちいい高品質の「満足」を得るために。
人生はそんな自分の「満足」を得るためのステージ。
その願望を叶えるための「命」。
しかし・・・、
本当にそんなことのために、私たちに「命」が与えられたのでしょうか?
自分のやりたいことを実現し、欲しいものを手に入れ、なりたいものになるために、この「命」が与えられたのでしょうか?
本当に、そんな身勝手でセコいことのために「命」は与えられたのでしょうか?
冷静に考えてみれば、そんなわけはないですよね。
この世界が、そんなにも自分にとって都合のいい場所であるはずがないのは、誰の目にもあきらかでしょう。
私たちは、大きな勘違いをしているのかもしれません。
じっさいのところ、この世界は、自分の「満足」のために生きられるほど平穏ではありません。
戦争、犯罪、病、大災害など、目を覆いたくなるような悲惨なできごとによって、いつでも容赦なく命は奪われていきます。
我が国もほんの数十年前まで戦争まっただ中であり、戦後もしばらく餓死者がいるのが当たり前で、たった10年ほど前には私自身も被災した大震災がありました。
そしてなにより私たち自身、日々、他の生物の「命」をムシャムシャと喰い散らかしながら生きています。
その過酷な環境の合間をぬって、たまたま今生きているこの場所と時代と立場が自分の命にとって奇跡的に平穏な状況であるにすぎない。
それを当然のもののよう感じすぎて、まるで命が自分の「満足」を得るための道具だというように勘違いしてしまっている。
それが今の私たちの姿なのではないでしょうか。
それは、学校でふいに与えられた自習時間に、
「よしラッキー!」
とばかりに好き放題、遊びにふけっている中学生と変わらない呑気な姿だと感じるのは、私だけでしょうか。
いや、自習時間だとかラッキーだとか自覚できているぶん、その方がまだマシなのかもしれません。
生きづらさに苦しみ半世紀。
そして生きづらさ専門カウンセラーとなって十数年。
自分自身、そして生きづらい方たちの「命の使い方」と向き合いつづけるなかで、私は今、痛切に感じていることがあります。
「命の使い方」は、自分で勝手に決められるものではない。
かと言って、世界から一方的に与えられるものでもない。
自分と世界が共に紡いでいくもの。
自分と世界が互いに果たし合える「役割」をとおして、自ら、そして自ずから見出していくものなのだ、ということです。
自分にしか果たせない「命の使い方」を。
この生き方でいいんだという、ゆるぎない「納得」が得られる「命の使い方」を。
では、どうすればそれを見出し、実現できるのか・・・?
この連載では、そんな「命の使い方」について、深く、濃密に探究していきたいと思っています。
生きづらさ専門カウンセラー
脱世間起業塾Adic塾長
しのぶかつのり
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