ただの“広告”と思う勿れ|#読後エッセイ #創作大賞感想
私は、求められていないかもしれない何かを差し出すのが苦手だ。
居酒屋勤務時代、ビラ配りがどうしても好きになれなかった。
コールセンターで働いていた時も、相手から掛かってくる受信業務は得意だったけれど、こちらから電話をかける発信業務は、2日で嫌になった。
所属している楽団の演奏会の宣伝や、ノルマ分のチケットを人に売るのも、いつも気が重い。
自分が主宰しているこの「本気レビュー企画」もそうだ。
能動的に誰かに勧めにいくわけではない。ただ、そっとビラを置いておくように、自分の言葉を置いておく。それだけのことに、ジェンガのてっぺんに生卵でも置くんか、というほど緊張した。
それでも、物事の見え方が変わる瞬間って、ふとしたところにあるらしい。
私にとっては、つる・るるるさんの『ビラ配リスト入門』がそうだった。
※以下の本文では作品の内容に触れています。新鮮な気持ちで味わいたい方や「ビラ配りのコツ自体に興味がある」という方は、ぜひ先につる・るるるさんの作品をお読みください。
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「届ける」という行為に、私はずっと憶病だった。
売り込みだと気づかれた瞬間、相手の目に「営業か……」というフィルターが掛かる気がする。
断られると、「あっ、はい、ですよね!」と自分から秒で撤退したくなるのは、もはや条件反射。
もっと言えば、私は届ける前から、断る側の気まずさや労力まで想像してしまう。
たぶん私は「断られること」が怖いのではなく、そもそも相手にとって”不要な何か”を差し出すこと自体に、どこか後ろめたさを感じてしまっていたのだと思う。
本当は誰かに知ってほしい気持ちがあるのに、どうしたら押し付けにならず届けられるのか。
そんな問いを抱えながら読み進めていると、指が止まった。
ウェブ上にはネットショップがずらりと並び、「あなたへのおすすめ」として使用者の検索履歴や購入履歴から類似の商品が次々に表示されるいま、ビラ配りが担うべき役割とは何なのでしょう。
私は、「自分の知らない、いいものとの出合いを作ること」だと思っています。
その一節を読んだとき、思わずはっとした。
「買ってください」ではなく「よかったら、こんなものもありますよ」。
「ぜひぜひ」と詰め寄るのではなく「そっと差し出してみる」。
届けることって、もっと気楽でいいのかもしれない。
押し売りでも説得でもなく、あなたの知らないかもしれない世界を、そっと差し出してみること。
そう考えれば、少しだけ勇気を出せる気がした。
「ずっと気になっていたけど、なんだか取りにくかったの!」と喜ばれたことがあります。
あるいはお子さん連れのお客様に「今度田植え体験あるので、よかったら」とビラを渡して「こんなイベントあったんですね! 気づかなかった」と言われたこともありました。
自分にとっての少しの勇気が、相手にとって何倍もの有意義に変わる可能性がある。
相手のなかに”気づき”や”行動”が生まれ、誰かにとって「あってよかった」と思える出合いになることがある。
「ビラ配り」は私が思うよりも奥が深く、人に希望を与えられる行いなのかもしれない。
つる・るるるさんは、「ごり押しもできないし、セールストークもそれほど上手ではない」と自認しながらも、だからこそ入念に準備をし、相手と出会う場を丁寧に整える。
その姿勢には、営業テクニックとは異なる温度があった。
何を意識し、どんな準備をし、どのように立ち振る舞えば、必要な誰かにちゃんと届くのか。
観察し、選び、探し、届け方を考える——
これはもう、ただの”ビラ配りのノウハウ”ではない。
自分が良いと思うものを信じて、誰かの手にそっと渡していく。
そんなふうに「届ける」という行為が、相手の世界を明るく広げる営みなのだとしたら。
それは臆することではないのかもしれない。
その発見は、思いがけず、私自身の活動にもつながっていく。
いま私は「aeuの本気レビュー企画」と称して、応募作の読後エッセイをnoteに綴っている。
やっていることは、言うなれば「ビラ配り」に近い。
その作品を必要としている誰かに、そっと手渡すように、記事を届けたいと思っている。
だから私は、応募作を受け取ったとき、まずじっと読む。
自分がどこに心を動かされたか。なぜそこに引っかかったのか。
何を伝えたくて、それをどう言葉にしようとしているのか。
上辺の言葉では響かないことを、私自身がよく知っている。
だからこそ、自分が「いい」と思えるところを、誠実に、深く掘り下げようとする。
——あれ、それってまさに『ビラ配リスト入門』でつる・るるるさんがやっていることと、すごく似ていないか?
しかも本作では、それをもっと俯瞰的に、体系的に言語化してくれていた。
届けることに向き合い続けた人の言葉には、不思議な説得力がある。
つる・るるるさんは、11年ものビラ配りのキャリアのなかで試行錯誤を繰り返し、ひとつずつコツを掴んできたのだ。
・ビラの終点を意識すること(個人的に目から鱗だった!)
・その終点に合った、配り方やターゲットをイメージすること
・心構え、大切な準備、声のかけ方、立ち位置……
一つひとつ丁寧にビラ配りの奥深さを教えてくれる。
果ては、5歩前、4歩前、2歩前、1歩前……お客様の一歩一歩に合わせたモーションまで。(言っておくが、これは比喩ではない)
ちなみに本作では、実際に3種類の商品ジャンルやタイプの異なるビラを見ながら学べる。そう、もはや学べる。
ウィットに富んだ回転寿司の例え話はぜひ本文で。切ない玉子のくだりがお気に入り。
さて、本筋から少し逸れてしまったが、とにかく本作では、その積み重ねのなかで見えてきた”届け方”のコツが丁寧に語られている。
印象的なのは、それらすべてが“相手の立場”から逆算されているということだ。
届けることを、自分都合ではなく、受け取る側の目線で見つめている。
その視点は「人との関わり方」にも通じる気がして、私は何度も頷きながら画面を追った。
そして最終話で、つる・るるるさんはこう語る。
私にとってビラ配りは、
自分を含めた誰かが一歩踏み出そうとするのを応援するための技術であり、
自分の好きを言語化して広めていく技術でもあり、
自分の心身の健康を守るお守りでもあります。
誰かの大切な作品を預かって、読んで、言葉にして返すこの「本気レビュー企画」も“届ける”営みだ。
自分の琴線に触れた作品の魅力を言語化して、願わくばそれが響きそうな人にもそっと差し出したい。
うまく言えない日もあるし、迷う日もあるけれど、それでも「届けよう」と思って言葉を紡ぐことが、私自身を支えてくれているように思う。
そしてそれは、ビラ配りでも作品レビューでもなくていいのだ。
大きな実績も、特別な才能も必要ない。
もし自分に、真摯に向き合い続けてきたものが一つでもあるなら——それはきっと、いつか誰かの背中を押し、自分を守る”お守り”になる。
届けるというのは、ひとりよがりではできない行為だ。
でも、自分が本当に「良い」と思えるものなら、それを“誰かの余白に吹き込む風”として、そっと差し出してもいいのかもしれない。
「届けるの、こわい。でも伝えたい」
つる・るるるさんのnoteは、そんな私の気持ちに効いた、
まさに“一枚のビラ”だった。
(2,568文字)
※この記事は、「創作大賞2025|あなたの作品の魅力を深掘る“本気の感想記事”書きます!」企画の応募作に寄せた読後エッセイです。
つる・るるるさんの『ビラ配リスト入門』は、
届けることに気後れしてしまう方
「届けること」を、ちょっと見つめ直してみたい方
伝えることに、技術的なヒントが欲しい方
ビラ配りのコツを知りたい方
そんなあなたに、ぜひ読んでみてほしい作品です。
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現在、記事構成の最適化を段階的に進めています。作品ごとに最もふさわしい届け方を模索しているため、記事の構成は内容に応じて都度異なる場合があります。
すべての作品に敬意をもって全力で向き合っており、その過程で工夫を重ねていますが、今後、安定した形が見つかれば全体で統一する予定です。
どうかご理解いただければ幸いです。
