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英語が全くできないまま、ラスベガスに留学した冬——2017年の思い出。少しの勇気が人生に与えた影響。

2017年の冬。
アメリカ・ラスベガスに3ヶ月の短期留学を決意しました。
英語のレベルは私はほとんどゼロと言っていいほど話せませんでした。

勿論、義務教育の過程や大学で少しの英語の勉強はしましたが、大学3年生との時に休学をして行ったので、自信もなくほどんど忘れていました。

どれぐらいできなかったかというと、スピーキング、リスニングは特にひどく多分中学生一年生程度の英語も言えるかどうかのレベルだったと思います。
それは勉強してなくて忘れたのもありますが、今まで英語で話した事がないので、自信がなかったのもありました。

アメリカに3ヶ月間語学留学したいと思った理由は、
英語を学びたいというのも、もちろんありましたが、アメリカという世界ナンバーワンの国をこの目で見て体験したかったですし、
大学時代にしかこんな経験はできないと思い、
不安ももちろんありましたが「自分を変えたい」「挑戦したい」という気持ちで飛び込んでいきました。

飛行機代の現実と、出発までの期待と不安。未知の世界への挑戦。

ラスベガス行きの航空券は高かったです…。確か往復で20万円ぐらいしたと思います。
それでも、今思えばそのお金を出していく価値は十分にありました!

チケットを買った瞬間のワクワクを覚えています。
でも、行くと決めたものの、正直不安も大きかったです。
海外に留学するということ自体が挑戦ですし、一度も経験したことがないことなので、未知の世界でした。

でも、そこには何か自分を成長させてくれるのではないかという希望もありました。
そんな期待と不安が入り混じったまま、人生初の“本格的な海外生活”が始まりました。

アメリカ到着、ラスベガスの街。今まで見たことがない世界。衝撃の感覚。

アメリカ、ラスベガスまでは、韓国の仁川空港で一回、乗り継ぎをしたのを覚えています。


仁川空港で乗り継ぎ

仁川空港で確か半日以上、ラスベガス発の便を待ちました。

アメリカの空港の手続きは怖いことで知られていますが、全く英語ができない自分はさらに緊張していました。

手続きの人に真顔でいろいろと質問されましたが、全くわからず、困っていたら、体のでかい警備さんの人が来て「follow me」と言われました。。

どこに連れていかれるのかと思ったら、日本語ができる優しそうなおばさんのところに案内され、無事にアメリカに入国することが出来ました。
ホントに良かったです。


富の町、ラスベガス


今まで日本の九州にずっといた少年がいきなり、ラスベガスに行って感じた全く違う世界はほんとうに衝撃そのものでした!!

僕は熊本出身で大学は佐賀大学です。

そんな私が、ラスベガスで見たものは、夜に到着したのですがどこを見ても光、光、光!
眩しく、大きく、どこを見ても美しいホテルや建物が並んでいました。


佐賀の田んぼに慣れていた私には、最初から衝撃でした。


ラスベガス自体は、実際に住んでみると、観光地エリアを離れればとても静かで穏やかな場所です。


ラスベガスの語学学校クラスメイトとの出会い

私が通った語学学校では、クラスメイトの国籍が本当にバラバラでした。
韓国、ブラジル、ロシア、中国、台湾、スペイン…世界中から学生が集まっていました。

英語が全くできずに心配しましたが、旅行のエージェントの人が沢山助けてくれて無事に学校に通い始めました。

学校は、授業に全くついていけなかったらどうしようと不安でしたが、
英語がほぼ初心者のようなクラスもあり、赤ちゃんに話しかけるように教えてくれたのでなんとか大丈夫でした。

英語ができない中で気づいたこと、行動、挑戦の大切さ!

英語が話せない私にできたことは、「とにかく話しかけること」でした。
留学しても自然に友達が増えて、いろんな遊んだり体験したりする機会があるわけではありませんでした。

むしそその逆で最初はホントに暇でした。

でも、せっかくお金を払ってアメリカに来たんだから行動しよう、できない英語でもたくさん挑戦しようとしていく中で、
元々学校で学んで単語や文法の知識もあったので、自身もついて少しずつ話せるようになりました。

そうして、少しずつ友達が出来ました。

グラウンドキャニオンにクラスメイトと
一緒に行きました

初めての海外クリスマスと年越し

ラスベガスで迎えたクリスマスニューイヤーは、今でも忘れられません。

街中がライトアップされて、どこもキラキラしていて、
ショッピングモールには巨大なクリスマスツリー。
友達の家では、手作りの料理を囲んで「Merry Christmas!」の声が響きました。

クリスマス、友達に誘われて行きました
知らない人も沢山いましたが
楽しかったです

ニューイヤーの夜には、
ストリップ通り(メイン通り)で花火が一斉に上がり、
みんなが抱き合って「Happy New Year!」と叫び合う。

すごい人が多かったです

文化の違いを肌で感じた瞬間でした。

留学を終えて——「できない」から始まる成長、僕の世界を変えてくれた

3か月の留学を終えて思ったのは、
「できない」ことは恥ずかしいことじゃない、ということ。

英語が話せなかった私でも、現地の人たちに助けられ、
少しずつ自分の言葉で気持ちを伝えられるようになっていきました。

語学だけでなく、自分の殻を破る勇気を学んだ時間。
そして、「挑戦する自分を好きになれた」3か月でした。

また、何よりも大学生時代の海外の経験することによって私の世界観がぐんと広がりました。

また、アメリカはいろんな人種の人がいて、和を重んじる日本とは違い、個性を強調します。
世界には沢山の人種、宗教、文化、価値観が存在するということ、その中で個性を持つことすばらしさを感じました。

自信があんまりない私でしたが、1人1人違っていい!そんな感覚が持てて自信を持てるようになりました。

また、アメリカは年齢に関係なく、とってもフレンドリーに接します。
敬語はありませんし、道行く人にも普通に声をかけられます。
道端でくしゃみをしたら、「bless you」と普通に言われます。人と自然と距離を作ってなかなかフレンドリーにいけない事がコンプレックスでしたが、hey brotherって言ってハグしてくれるアメリカ人の友達から、心を開いて接することを学びました。

たまに、まだ、連絡を取る友達もいます。
そんな海外の友達が出来たことも貴重な経験だと思います。


3ヶ月の期間で得たもの


もし今、留学を考えているが「英語ができないから不安」と思っている人がいたら、
僕は迷わず挑戦することをオススメします。

語学留学は、「語学を学ぶ場所」であると同時に、
自分を成長させる旅」でもあります。

3ヶ月間の短い期間なので、
英語は少ししか出来るようになりませんでした。
しかし、それでもその少しが、沢山の変化をもたらしてくれました。

全く話せないのと、少し話せるでは天と地ほどの差があります。
お陰で海外に旅行行った時に低レベルの英語でも役に立ちますし、
海外の人と会う時は友達になることもできます。
仕事で海外の人と交流する機会があって、簡単な会話しかもちろん出来ませんが、それでも仲良くなる事が出来ます。

また、今の台湾の彼女とも英語が全く出来てなかったら出会っていないです。

大学生の時、
世界には広い世界が広がって
沢山の人がいることを
肌で感じた僕は、
多少自分と違う人や、
難しいことがあっても受け入れて肯定的に捉えられるようになりました

最後に

海外に行って生活する、それは単なる言葉を習得するだけではないと思います。
難しいこともあるからこそ、
僕の中で確かに価値観を広げて、
少し成長させてくれた気がします。

あの冬、ラスベガスの夜空に打ち上がった花火のように、
少しずつでも、自分の中で光が広がっていく——
そんな体験を、あなたにも味わってほしいと思います。

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